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シザク王の死

突然の訃報

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 昼休みを一時間挟んだ後、バツアーヌによってもたらされる恩恵などの説明に入った。そしてその後、開発にかかる期間などを想定した具体的なやり取りに入っていく。そこでは必要な設備にかかる費用や人件費、そして人災を防ぐためのマニュアル作りなど、多岐にわたっての話し合いがもたれた。

 夕方になってやっとひと段落着いたところで、サントー伯爵が皆に声を掛けた。

「今日は実のある時間が持てましたことを心から感謝いたします。セレン様には是非、今日の事をシザク王にお伝えいただき、開発のための援助を後押ししていただきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します」

「分かった、任せてくれ。明日の現地視察もよろしく頼む」
「畏まりました」
「よし、ではお開きにしよう。みんな、長い時間ご苦労だったな」
「お疲れさまでした!」

 会議終了のあいさつの後、それぞれ立ち上がり伸びをする。みんな真剣に取り組んでいたため、思いのほか肩が凝っているようだった。

 そんな緊張の解れた皆のところにバタバタと走り寄る音が近づき、ドアが勢いよくノックされる。サントー伯爵の「入れ」という声にドアが開き、従者が駆け込んで来た。

「どうしたんだ、マチスタ。セレン様の御前だぞ」

「はっ、すみません。実はその、ナイキ侯爵の下で働いているというカトス殿がいらしてまして、シザク王が殺されたとの報告がありました!」

「兄上が!?」
「カトスはどこだ」

 突然の訃報に皆がざわつく中、ナイキ侯爵が立ち上がりマチスタの前に歩み寄る。すぐにドアの向こう側から声がかかった。

「ここにおります」

 そう返事をするものの、カトスは中に入って来ようとはしない。だが、ナイキ侯爵はそれを咎めることはせず、それどころか彼の方からドアに足を向け、そのまま外へと出て行ってしまった。
 それを横目で確認したセレンも何かを察したのか、侯爵の後に続きドアの外に出て行った。

 ルウクは頭の中が真っ白になってしまっていた。シエイ王が崩御してまだ間もないというのに、今度はシザク王の死。国王が立て続けに亡くなるという異例な事態に動揺した。
 そしてそれとともに、一挙に身内が二人も亡くなるという不幸な事が、セレンをどういう気持ちにさせているのかと思うと胸が痛くなった。

 何事かをドアの外で話をした後、セレンは部屋に戻りサントー伯爵に声を掛けた。

「すまないが、明日の視察は延期させて欲しい。これからすぐに城に戻らなければならなくなった。バツアーヌの話は必ず進めさせてもらうから、しばらく待っていてもらえるか?」

「もちろんです。もし何かお役に立てることがあれば、何なりとお申し付けください」
「ありがとう。……ルウク! マルコもダンジーも急いで帰る支度をしろ!」
「はい!」

 ルウクら三人は、セレンに呼ばれてすぐさま走って自分らに割り当てられた部屋へと急ぐ。さっと荷物をまとめた後、今度はそれぞれの主の部屋へと向かい、テキパキと主の荷物を鞄に詰め込んでいく。

「纏め終わったか」

あらかたの作業が済んだ頃に、セレンが部屋に入ってきた。

「はい。念のため、忘れ物がないか確認をお願いします」
「ああ。……大丈夫だ、行こうか」
「はい」

 部屋を出ると、すでにナイキ侯爵らは城外に出た後のようだった。ルウクらも足早に馬車のもとへと急いだ。

 大事な資源開発を進めるための旅だったはずなのだが、それどころでは無くなってしまっていた。サントー伯爵とは手短に挨拶を終え馬車に乗る。

 ルウクが心配してセレンを窺うが、その顔はどこか青白くも見えた。

「兄上を暗殺したものを捕まえたと言っていたが、その者の素性はもう分かっているのか?」

 連絡に来ていたカトスにセレンが問う。

「いえ。私が出立する時には、まだ分かってはいませんでした」
「そうか……」

 セレンは険しい顔をして顎に手をやり、視線を下に落とす。そのまま微動だにしないセレンの表情に、そこにいる皆が心配した。

 しばらく重苦しい雰囲気のまま皆は口を閉ざしていたが、ナイキ侯爵が静かに口を開いた。

「……セレン様。こんな時に失礼かとは思いますが、心の準備をなさっていて下さいね」
「そんな話は後にしろ。……それに、私には蚊帳の外の話だ」
「失礼しました。……ですがそういう訳にはいかないと思います」

 ナイキ侯爵の言葉に心底いやそうな顔をしてセレンが睨む。だが、侯爵は相変わらず動じる様子も無かった。

 そのやり取りを見ていたルウクも嫌な予感がしてならなかった。シザク王が亡くなったという事は正当な後継者が現状ではいないという事だ。セレンは本来なら庶子なので、王位継承権は無い。そうなると誰を王位に就けるのかという事が問題になってくるわけだ。

 おそらく王族の中からシザク王に一番近い男子が決定されるのであろうが、ナイキ侯爵の言いようでは、セレンもその主要な人物として名前が挙がると思われているようだ。

 馬車は一旦食事をとるためのわずかな時間を休憩とし、城へと急いだ。それでも城に到着したのは、日付を跨いだ深夜になっていた。

「セレン様、ナイキ侯爵、お待ちしておりました」

 馬車の到着と共に、シガとハイドが顔を出した。ナイキ侯爵の配下の者はここにはいなかった。

「どういう状況だったのか、説明できるか?」

 足早に歩きながら、セレンがシガに尋ねる。

「はい。クラウンが警護の一端で城外の見回りをしている際に、逃げていく怪しい人物を捕まえたことで発覚しました。……シザク王はクラウンが駆け付けた時には……、すでに息を引き取っておられました……」

 悲痛な表情で現状報告をするシガの話を聞き、セレンが唇を噛んだ。その青ざめた表情の中には、怒りの色が見える。

「……兄上は?」
「……皇太后が付いておられます。お会いになりますか?」

 セレンは皇太后という言葉に一瞬ピクリと反応し、細く息を吐いた。

「いや……。後にしておこう。……皇太后も私がいると余計に心が乱れるだろう。親子の時間に水を差すわけにはいかない。ご苦労だったな、シガもハイドも今日はこれで休んでくれ」

「セレン様……。畏まりました。それではお先に失礼します」

 2人は何かを言いたそうにしていたがすぐに言葉を呑み、セレンの言葉に従った。

 戻って行く2人を横目にルウクはため息を吐く。セレンとシザク王は腹違いといえども兄弟なのだ。今まであまり仲が良くないとは聞いていたが、ルナイ姫の一件が片付いて以来少し距離が近くなってきているようにルウクには見えていた。
 きっと今のセレンなら、シザク王の手を握りしめて別れを惜しむ時間を欲しいはずなのに、こんな時ですら遠慮しないといけないセレンの立場が悲しすぎて、胸が痛んだ。

「ルウク」
「は、はいっ」
「今日はご苦労だった。もういいから、お前も部屋に戻りなさい」
「え……、ですが」

 おそらくセレンもナイキ侯爵らも、捉えた刺客のもとに行くのだろう。シガたちが戻った今、せめて自分だけでも辛い思いを抱えたセレンの傍にいたいと思い躊躇した。

「いいから休め。今、ルウクに出来ることは無い。しっかり休んで英気を養ってもらった方が、却って私の為になる」
「……わかり、ました」

 セレンの言葉に少し傷ついたルウクだったが、確かに現時点で己が出来ることは何も無い。役にも立たないうえに傍でウロチョロして目障りになるよりは、明日に備えて休んだ方が確かに主の役に立つだろう。

 ルウクはペコリと頭を下げて、自室へと戻って行った。
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