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ルナイ姫との縁談
広がり始める波紋
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セレンが言った通り、それから間もなくして王宮内のあちらこちらでセレンとルナイ姫の事が囁かれるようになった。
――どうやらルナイ姫は、シザク王よりもセレン様の方がお気に入りらしい。
下っ端のルウクにまで聞こえてきた噂だ。もしかしたらセレンや、果てはシザク王の耳にも届いているかもしれない。そう思うとルウクは居ても立っても居られない気持ちになる。
セレンが仕掛けているという事は知っていたが、なるべくなら事があまり大きくならなければいい。もちろんそんな事は無理な事だと分かってはいても、出来る事ならセレンには辛い思いはして欲しくないとルウクは思っていた。
「それにしても、さすがセレン様だよな」
「え?」
ナイキ侯爵の部屋で、頼まれた資料の整理をしながらハイドが感心したように口を開いた。
「ほぼ間違いなく仕掛けたのはセレン様の方だろう? だけど噂では、ルナイ姫の方がセレン様を気に掛けて、追い求めてるって言っている」
「ああ……」
(確かにそうだ。セレン様の方がカッコイイから好きなんだろうって、言ってる人もいたよな)
「そういうところなんだよな、きっと。ナイキ侯爵がセレン様を買っているのは」
「…………」
(以前言っていた、狡賢いとかそういう事か)
だけど、きっと違うだろうとルウクは思っていた。セレンは狡賢いというよりは、どうすれば一番国のためになるのかとそういう事だけを考えて行動しているから、傍から見るとそう見えるっていうだけなのだろうと、ルウクは確信していた。
「セレン様」
少し前までルナイ姫は、セレンの事をマラダンガム侯爵と呼んでいたのに、今はセレンと呼ぶようになっていた。
「ルナイ姫。……兄上が私たちの事を勘ぐり始めています。あまり親しいそぶりはしない方がいいかと」
「……どうしてですの? 私は……、シザク王ではなく、あなたの事が好きなんです」
「私も好きですよ。ですが姫は兄上と一緒になるのでしょう? ……これ以上あなたを好きになったら、辛くなります」
「セレン様、私……」
何かを言いよどむように俯くルナイ姫を、セレンはじっと観察するように見つめる。そして項垂れて見せた。
「いいのです。あなたを追い詰めるつもりはありませんから。……すみませんでした」
自嘲するような声音に、ルナイ姫がハッとしたように顔を上げる。ルナイ姫と目が合うと、セレンは寂しそうに微笑んだ。
「セレン様……」
ルナイ姫が手を伸ばして、セレンの腕にそっと触れる。セレンはそのままルナイ姫を引き寄せて、強く抱きしめた。ルナイ姫は一瞬息を呑むが、そっとセレンの背中に腕を回した。
愛しくてたまらないというように、セレンの手がルナイ姫の背中を強く撫でる。ルナイ姫もセレンの胸に頬を擦り寄せた。
傍から見ると、まるで恋人同士だ。
そんな二人を、頭上の月が冷たく見下ろしていた。
※※※※※※※※※※※※
「ルウク」
読み終えた本を返し、新しく借りてくるように指示された資料を手にして主の部屋に急ぐ。その途中後ろから声をかけられた。振り返るとシザク王の側近、フリッツ・マルコニーが立っていた。
王の側近に突然声を掛けられて、ルウクは戸惑い緊張した。
「……はい、何でしょうか」
「君は、セレン殿に随分信頼されていると聞いたが」
「あ、ありがとうございます」
どう答えたらいいのか分からず、ルウクは無難な返事に止めることにした。セレンの兄であるシザク王とあまり仲が良くないことは知っているので、何か今回のルナイ姫とのことで探りを入れられるのかと警戒したのだ。
「……噂は、君も知っているだろう?」
「噂、ですか?」
「ルナイ姫との噂だ」
出来れば知らないふりをして恍けてしまいたかったのだが、単刀直入に切り出されてはそうもいかない。しかもあれだけ噂になっていることをいくら新米とはいえ、従者が何も知らないと突っぱねることは、要らぬ詮索を招きかねない。
「聞きました。侍従らの中でもたいそうな噂になっています」
「君は何かセレン殿から聞いてはいないか?」
「いえ、特に何も。僕は裏方での雑用やセレン様に必要な資料の管理などを主にしていますので、実際にはルナイ姫とはお会いしたこともございません。ですがセレン様に浮ついた感じはありませんので、噂はただの噂であって全くのデマではないかと思っています」
「そうか……」
フリッツは顎に手をやり、何かを考えている風であった。
「セレン殿は部屋においでか?」
「はい、何も急用が無ければいらっしゃると思います」
「ご一緒しても?」
「はい、もちろんです」
(本当はお断りしたいけど、そういうわけにもいかないもんな……)
本音はともあれ、ルウクは先に立って歩き出した。
――どうやらルナイ姫は、シザク王よりもセレン様の方がお気に入りらしい。
下っ端のルウクにまで聞こえてきた噂だ。もしかしたらセレンや、果てはシザク王の耳にも届いているかもしれない。そう思うとルウクは居ても立っても居られない気持ちになる。
セレンが仕掛けているという事は知っていたが、なるべくなら事があまり大きくならなければいい。もちろんそんな事は無理な事だと分かってはいても、出来る事ならセレンには辛い思いはして欲しくないとルウクは思っていた。
「それにしても、さすがセレン様だよな」
「え?」
ナイキ侯爵の部屋で、頼まれた資料の整理をしながらハイドが感心したように口を開いた。
「ほぼ間違いなく仕掛けたのはセレン様の方だろう? だけど噂では、ルナイ姫の方がセレン様を気に掛けて、追い求めてるって言っている」
「ああ……」
(確かにそうだ。セレン様の方がカッコイイから好きなんだろうって、言ってる人もいたよな)
「そういうところなんだよな、きっと。ナイキ侯爵がセレン様を買っているのは」
「…………」
(以前言っていた、狡賢いとかそういう事か)
だけど、きっと違うだろうとルウクは思っていた。セレンは狡賢いというよりは、どうすれば一番国のためになるのかとそういう事だけを考えて行動しているから、傍から見るとそう見えるっていうだけなのだろうと、ルウクは確信していた。
「セレン様」
少し前までルナイ姫は、セレンの事をマラダンガム侯爵と呼んでいたのに、今はセレンと呼ぶようになっていた。
「ルナイ姫。……兄上が私たちの事を勘ぐり始めています。あまり親しいそぶりはしない方がいいかと」
「……どうしてですの? 私は……、シザク王ではなく、あなたの事が好きなんです」
「私も好きですよ。ですが姫は兄上と一緒になるのでしょう? ……これ以上あなたを好きになったら、辛くなります」
「セレン様、私……」
何かを言いよどむように俯くルナイ姫を、セレンはじっと観察するように見つめる。そして項垂れて見せた。
「いいのです。あなたを追い詰めるつもりはありませんから。……すみませんでした」
自嘲するような声音に、ルナイ姫がハッとしたように顔を上げる。ルナイ姫と目が合うと、セレンは寂しそうに微笑んだ。
「セレン様……」
ルナイ姫が手を伸ばして、セレンの腕にそっと触れる。セレンはそのままルナイ姫を引き寄せて、強く抱きしめた。ルナイ姫は一瞬息を呑むが、そっとセレンの背中に腕を回した。
愛しくてたまらないというように、セレンの手がルナイ姫の背中を強く撫でる。ルナイ姫もセレンの胸に頬を擦り寄せた。
傍から見ると、まるで恋人同士だ。
そんな二人を、頭上の月が冷たく見下ろしていた。
※※※※※※※※※※※※
「ルウク」
読み終えた本を返し、新しく借りてくるように指示された資料を手にして主の部屋に急ぐ。その途中後ろから声をかけられた。振り返るとシザク王の側近、フリッツ・マルコニーが立っていた。
王の側近に突然声を掛けられて、ルウクは戸惑い緊張した。
「……はい、何でしょうか」
「君は、セレン殿に随分信頼されていると聞いたが」
「あ、ありがとうございます」
どう答えたらいいのか分からず、ルウクは無難な返事に止めることにした。セレンの兄であるシザク王とあまり仲が良くないことは知っているので、何か今回のルナイ姫とのことで探りを入れられるのかと警戒したのだ。
「……噂は、君も知っているだろう?」
「噂、ですか?」
「ルナイ姫との噂だ」
出来れば知らないふりをして恍けてしまいたかったのだが、単刀直入に切り出されてはそうもいかない。しかもあれだけ噂になっていることをいくら新米とはいえ、従者が何も知らないと突っぱねることは、要らぬ詮索を招きかねない。
「聞きました。侍従らの中でもたいそうな噂になっています」
「君は何かセレン殿から聞いてはいないか?」
「いえ、特に何も。僕は裏方での雑用やセレン様に必要な資料の管理などを主にしていますので、実際にはルナイ姫とはお会いしたこともございません。ですがセレン様に浮ついた感じはありませんので、噂はただの噂であって全くのデマではないかと思っています」
「そうか……」
フリッツは顎に手をやり、何かを考えている風であった。
「セレン殿は部屋においでか?」
「はい、何も急用が無ければいらっしゃると思います」
「ご一緒しても?」
「はい、もちろんです」
(本当はお断りしたいけど、そういうわけにもいかないもんな……)
本音はともあれ、ルウクは先に立って歩き出した。
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