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プロローグ
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王宮から少し離れたところに、ビクソールという小さな村があった。そこは肥えた土壌に恵まれていたため、農業が盛んな村でもある。
この時期、畑にはたくさんのキャベツが葉を巻き始めていて、瑞々しい緑が広がっている。そんな光景をルウクは、なだらかな小さな丘の上から眺めていた。寝ころんで空を見上げる。そこには夕日に映えたオレンジ色の空が、広がっていた。
まどろんでのんびりしていると、人の気配がした。ルウクは起き上がって背後を見上げる。そこにはオレンジ色の夕日を浴びた、今まで見た事も無い美しい青年が立っていた。
初めに目を引いたのは綺麗な青味がかった長い銀髪だ。風になびくその様は、夕日を反射してキラキラと光り幻想的だ。
ルウクが見惚れること数分。
彼の視線に気が付いたその青年が下を見下ろす。顔をこちらに向けた事で、青年の顔も先ほどよりはっきりと見えた。
彼の顔立ちは鼻筋が通っていて高く、彫が深い。ルウクを不思議そうに見つめるその瞳は、澄んで怜悧だ。
ルウクは我に返って焦り、青年に軽く会釈をして目を逸らした。
(初めて見る顔だよな…。どこの人だろう。それにしてもあんな綺麗な男の人もいるもんだな。自分とは、大違いだ……)
ルウクがそんな事をぼんやりと考えていたら、その青年が彼に近寄って来た。
「お前、この村の者か?」
「は、はい。そうです」
「そうか」
突然声をかけられて、焦ってどもってしまった。そんなルウクを、その青年は目もそらさずにじっと見つめ続けている。
「な、何ですか?」
戸惑って問うがそれには答えず、青年は目を細めて別の質問をルウクにぶつける。
「この村は、好きか?」
「え……? 好き、ですけど」
いきなり突拍子もない質問をされて、変な事を聞く人だなと怪訝な気持ちでルウクは答えた。そして青年に視線を向けると、彼は驚くほど優しい表情でルウクを見ていた。
「そうか、私もだ」
その静かな柔らかな声に、変な緊張もほぐれてくる。
その感覚にルウクは、自分らとは住む世界が違うような青年に知らないうちに緊張していたのだと思い知り苦笑いが浮かんだ。
「私もこの土地が……いや、この国を愛している。それぞれがみな額に汗して働いて、小さな幸せがそこかしこにある。大事にしたい大切なものだ」
青年は澄んだ真っ直ぐな瞳で、国への思いを吐露した。
ルウクは目を見開いた。
誰でも自分の住んでいる村や国を好きだとは思う。だけどこんな風に話題にするほど、普段からそのような事を考えている人間はルウクの周りにはいないし、彼自身だってそうだ。
青年が身に纏っている上着は、柔らかそうで光沢を放っている。自分らが着ているごわごわとした素材の服とは違って肌触りも良さそうだ。身なりが良いから、きっと良い生活をしているのだろうと容易に想像がつく。だけどそういう人たちは大抵庶民の暮らしぶりとは違って、遊びや恋愛に興じてばかりいるものだと、ルウクは勝手にそう考えていた。
「お前は今、何をしているんだ? 学生か?」
「はい。高校生です。今は終了課程なので、もうすぐ卒業です」
「そうか。その後は? 進学するのか?」
「いいえ。家はそれほど裕福でもないですから、家業を継いで農業をと考えています」
初めて会う人なのに、なぜかルウクは、ぺらぺらと自分の事を話してしまっている。
普段はそんなに警戒心が無い人間ではないはずなのに、どうもこの青年には気持ちを許してしまっていると思い苦笑した。
「誇りのある仕事だな」
「……え」
ルウクは、そんな事を考えたことは露ほども無かったので、驚いて青年を見た。
すると青年は、どうした? という顔をする。どうやらお世辞ではなく、本当にそう思っているらしい。
「人は、食物を摂らずには生きてはいけないだろう? まあ、それだけではないけど。だから、そういう基本的な事に携わっている人たちを、私は尊敬するけどな」
初めて聞く考え方に、ルウクは言葉を無くして唯々その青年を見つめる。そして、この青年の事をもっと知りたいと思った。
「あの……」
呼びかけられて青年が、ルウクの方を向く。
「もし良ければ、お名前、教えて下さいませんか?」
「……セレンだ。お前は?」
「ルウクと言います」
「良い名だな」
「あ、有難うございます。あの、…貴方も…」
明らかに自分より身分が上に感じられるセレンにどういう言い方をすればいいのか迷い、ルウクは遠慮がちに伝える。セレンはそんなルウクの気持ちに気が付いたのだろう。ルウクの言葉に、緩く笑う事で返事をした。
「セレン様―、セレン様、どこにいらっしゃいますか―」
背後から、誰かが彼を呼ぶ声が小さく聞こえてきた。セレンは、小さくため息を吐く。
「どうやら時間のようだな。お前、よくここに来るのか?」
「はい」
「そうか……。じゃあ、また会おうな」
セレンの言葉に一瞬ルウクは目を見開く。こんな身分の低いルウクに対し、まさか彼が会おうと言ってくれるとは思ってもいなかったのだ。
「何だ。会いたいと思っているのは私だけか?」
いつまでたってもぽかんとしているルウクに、セレンは少し拗ねたようだ。
「い、いえ! とんでもないです。僕なんかに、また会ってもらえるとは思っていなかったから……!」
ルウクの焦った様子に、今度はセレンがキョトンとする。そしてすぐに意味を理解し破顔した。
「そうか。じゃあまたな」
「はい!」
ルウクの返事にニコリと笑って、セレンはルウクに背を向けて、振り向きもせずに帰って行った。
その背中を、オレンジ色の夕日が明るく照らす。
二人の、運命的な出会いだった。
この時期、畑にはたくさんのキャベツが葉を巻き始めていて、瑞々しい緑が広がっている。そんな光景をルウクは、なだらかな小さな丘の上から眺めていた。寝ころんで空を見上げる。そこには夕日に映えたオレンジ色の空が、広がっていた。
まどろんでのんびりしていると、人の気配がした。ルウクは起き上がって背後を見上げる。そこにはオレンジ色の夕日を浴びた、今まで見た事も無い美しい青年が立っていた。
初めに目を引いたのは綺麗な青味がかった長い銀髪だ。風になびくその様は、夕日を反射してキラキラと光り幻想的だ。
ルウクが見惚れること数分。
彼の視線に気が付いたその青年が下を見下ろす。顔をこちらに向けた事で、青年の顔も先ほどよりはっきりと見えた。
彼の顔立ちは鼻筋が通っていて高く、彫が深い。ルウクを不思議そうに見つめるその瞳は、澄んで怜悧だ。
ルウクは我に返って焦り、青年に軽く会釈をして目を逸らした。
(初めて見る顔だよな…。どこの人だろう。それにしてもあんな綺麗な男の人もいるもんだな。自分とは、大違いだ……)
ルウクがそんな事をぼんやりと考えていたら、その青年が彼に近寄って来た。
「お前、この村の者か?」
「は、はい。そうです」
「そうか」
突然声をかけられて、焦ってどもってしまった。そんなルウクを、その青年は目もそらさずにじっと見つめ続けている。
「な、何ですか?」
戸惑って問うがそれには答えず、青年は目を細めて別の質問をルウクにぶつける。
「この村は、好きか?」
「え……? 好き、ですけど」
いきなり突拍子もない質問をされて、変な事を聞く人だなと怪訝な気持ちでルウクは答えた。そして青年に視線を向けると、彼は驚くほど優しい表情でルウクを見ていた。
「そうか、私もだ」
その静かな柔らかな声に、変な緊張もほぐれてくる。
その感覚にルウクは、自分らとは住む世界が違うような青年に知らないうちに緊張していたのだと思い知り苦笑いが浮かんだ。
「私もこの土地が……いや、この国を愛している。それぞれがみな額に汗して働いて、小さな幸せがそこかしこにある。大事にしたい大切なものだ」
青年は澄んだ真っ直ぐな瞳で、国への思いを吐露した。
ルウクは目を見開いた。
誰でも自分の住んでいる村や国を好きだとは思う。だけどこんな風に話題にするほど、普段からそのような事を考えている人間はルウクの周りにはいないし、彼自身だってそうだ。
青年が身に纏っている上着は、柔らかそうで光沢を放っている。自分らが着ているごわごわとした素材の服とは違って肌触りも良さそうだ。身なりが良いから、きっと良い生活をしているのだろうと容易に想像がつく。だけどそういう人たちは大抵庶民の暮らしぶりとは違って、遊びや恋愛に興じてばかりいるものだと、ルウクは勝手にそう考えていた。
「お前は今、何をしているんだ? 学生か?」
「はい。高校生です。今は終了課程なので、もうすぐ卒業です」
「そうか。その後は? 進学するのか?」
「いいえ。家はそれほど裕福でもないですから、家業を継いで農業をと考えています」
初めて会う人なのに、なぜかルウクは、ぺらぺらと自分の事を話してしまっている。
普段はそんなに警戒心が無い人間ではないはずなのに、どうもこの青年には気持ちを許してしまっていると思い苦笑した。
「誇りのある仕事だな」
「……え」
ルウクは、そんな事を考えたことは露ほども無かったので、驚いて青年を見た。
すると青年は、どうした? という顔をする。どうやらお世辞ではなく、本当にそう思っているらしい。
「人は、食物を摂らずには生きてはいけないだろう? まあ、それだけではないけど。だから、そういう基本的な事に携わっている人たちを、私は尊敬するけどな」
初めて聞く考え方に、ルウクは言葉を無くして唯々その青年を見つめる。そして、この青年の事をもっと知りたいと思った。
「あの……」
呼びかけられて青年が、ルウクの方を向く。
「もし良ければ、お名前、教えて下さいませんか?」
「……セレンだ。お前は?」
「ルウクと言います」
「良い名だな」
「あ、有難うございます。あの、…貴方も…」
明らかに自分より身分が上に感じられるセレンにどういう言い方をすればいいのか迷い、ルウクは遠慮がちに伝える。セレンはそんなルウクの気持ちに気が付いたのだろう。ルウクの言葉に、緩く笑う事で返事をした。
「セレン様―、セレン様、どこにいらっしゃいますか―」
背後から、誰かが彼を呼ぶ声が小さく聞こえてきた。セレンは、小さくため息を吐く。
「どうやら時間のようだな。お前、よくここに来るのか?」
「はい」
「そうか……。じゃあ、また会おうな」
セレンの言葉に一瞬ルウクは目を見開く。こんな身分の低いルウクに対し、まさか彼が会おうと言ってくれるとは思ってもいなかったのだ。
「何だ。会いたいと思っているのは私だけか?」
いつまでたってもぽかんとしているルウクに、セレンは少し拗ねたようだ。
「い、いえ! とんでもないです。僕なんかに、また会ってもらえるとは思っていなかったから……!」
ルウクの焦った様子に、今度はセレンがキョトンとする。そしてすぐに意味を理解し破顔した。
「そうか。じゃあまたな」
「はい!」
ルウクの返事にニコリと笑って、セレンはルウクに背を向けて、振り向きもせずに帰って行った。
その背中を、オレンジ色の夕日が明るく照らす。
二人の、運命的な出会いだった。
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