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第三章
急変
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「何だ、またそれ見てるのか?」
高科さんと出掛けたあの日から三日経った火曜日の夕食後、高科さんと一緒に撮った写真や動画を見ていたら、それに気付いた高科さんが呆れた感じで私の手元を覗き込んできた。
「だって、楽しかったんですもの」
そう、楽しかった。あの日ランチを終えた後、まだ時間があるからと言ってしばらく公園内を散策した。その時一斉にユリが咲いてる綺麗なところがあったので、たまたま傍を通った人に頼んで高科さんと二人の写真を撮ってもらったんだ。
最初は渋々といった感じだったけど、結局数枚撮ってもらったんだよね。
「……確かに楽しかったな。俺はああやって、誰かと何処かに出掛けるのはかなり久しぶりだったが」
高科さんの顔は、ちょっぴり感慨深いものだった。
もしかしたら社会に出てからは、あれが初めてだったんじゃないかな。美容院に行ったのも、学生の時以来だって言ってたから。
ブー、ブー。
「えっ?」
「ああ、俺の電話だ」
高科さんはひょいと立ちあがり、携帯電話を確認した後電源を切った。
「高科さん?」
「父からだった」
「…………」
「何だ?」
「え?」
「いや、いま何か言いたそうな顔してたから」
「ああ、はい……」
そうだった。高科さんは興味のない事は多いけど、鈍感だけの人じゃない。
「勿体無いことするなあって、思って」
「勿体無い?」
「……はい。だって私はもう、どんなに会いたくても父には会えないし。もっといろんなこと話してみたかったし甘えたかったなって……」
「いいお父さんだったんだな」
「はい、凄く。私のことも可愛がってくれたし、……母のことも大好きでした」
「そう、か」
「はい。母がひとりっ子だったので、父が白山家の養子に入ったんです。その時、松尾の家と少し揉めたそうなんですけど、母と一緒になれるのなら、それくらい構わないと言って」
「……松尾? 君のお父さんの苗字は松尾だったのか?」
「はい、そうですけど……」
……何?
「―― そうか。もしかして君のお父さんって、康浩さん?」
「あっ、違います。幸雄です」
「―― ―― 」
え?
「……そうか、違ったか。もしかしたら父の知り合いなのかと思ったんだが。そんな偶然は、そうそう無いか」
「あ、そうですよね」
何だろう、さっきの高科さん。一瞬表情が強張ったような気がした。
「それにしても、君が少し羨ましいな」
「え?」
「俺の両親は子供から見て、そんなに愛し合ってるようには見えなかった。だからまあ、離婚したわけなんだけど」
「高科さん……」
「ああ、悪い。しんみりしてしまったな。……さてと、少し頭の整理をしてくる。酵素の使い方が浮かびそうだ」
高科さんは携帯電話を手に取り、席を立った。
「あんまり根詰めないで下さいね」
「ああ」
私の言葉に振り向いて返事をした高科さんは、そのまま部屋へと戻り、その後戻って来る事はなかった。
高科さんと出掛けたあの日から三日経った火曜日の夕食後、高科さんと一緒に撮った写真や動画を見ていたら、それに気付いた高科さんが呆れた感じで私の手元を覗き込んできた。
「だって、楽しかったんですもの」
そう、楽しかった。あの日ランチを終えた後、まだ時間があるからと言ってしばらく公園内を散策した。その時一斉にユリが咲いてる綺麗なところがあったので、たまたま傍を通った人に頼んで高科さんと二人の写真を撮ってもらったんだ。
最初は渋々といった感じだったけど、結局数枚撮ってもらったんだよね。
「……確かに楽しかったな。俺はああやって、誰かと何処かに出掛けるのはかなり久しぶりだったが」
高科さんの顔は、ちょっぴり感慨深いものだった。
もしかしたら社会に出てからは、あれが初めてだったんじゃないかな。美容院に行ったのも、学生の時以来だって言ってたから。
ブー、ブー。
「えっ?」
「ああ、俺の電話だ」
高科さんはひょいと立ちあがり、携帯電話を確認した後電源を切った。
「高科さん?」
「父からだった」
「…………」
「何だ?」
「え?」
「いや、いま何か言いたそうな顔してたから」
「ああ、はい……」
そうだった。高科さんは興味のない事は多いけど、鈍感だけの人じゃない。
「勿体無いことするなあって、思って」
「勿体無い?」
「……はい。だって私はもう、どんなに会いたくても父には会えないし。もっといろんなこと話してみたかったし甘えたかったなって……」
「いいお父さんだったんだな」
「はい、凄く。私のことも可愛がってくれたし、……母のことも大好きでした」
「そう、か」
「はい。母がひとりっ子だったので、父が白山家の養子に入ったんです。その時、松尾の家と少し揉めたそうなんですけど、母と一緒になれるのなら、それくらい構わないと言って」
「……松尾? 君のお父さんの苗字は松尾だったのか?」
「はい、そうですけど……」
……何?
「―― そうか。もしかして君のお父さんって、康浩さん?」
「あっ、違います。幸雄です」
「―― ―― 」
え?
「……そうか、違ったか。もしかしたら父の知り合いなのかと思ったんだが。そんな偶然は、そうそう無いか」
「あ、そうですよね」
何だろう、さっきの高科さん。一瞬表情が強張ったような気がした。
「それにしても、君が少し羨ましいな」
「え?」
「俺の両親は子供から見て、そんなに愛し合ってるようには見えなかった。だからまあ、離婚したわけなんだけど」
「高科さん……」
「ああ、悪い。しんみりしてしまったな。……さてと、少し頭の整理をしてくる。酵素の使い方が浮かびそうだ」
高科さんは携帯電話を手に取り、席を立った。
「あんまり根詰めないで下さいね」
「ああ」
私の言葉に振り向いて返事をした高科さんは、そのまま部屋へと戻り、その後戻って来る事はなかった。
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