不思議な縁に導かれました

らいち

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第二章

ざわめく周囲 3

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「なあに~? あんな変人は、眼中に無いって?」

「いえ……、そうじゃなくて。多分高科さんの方が、私の事なんか眼中に無いですよ。あの人研究以外、本当になんにも興味無い人ですから」

「それねえ……」

 小杉さんが然も困ったと言うように、笑いながら顔を横に振っている。

「なに言ってるのよ、そんな高科さんをあんな風に変えられたんだから、だから相性がいいはずなんじゃない」
「ああ、なるほど~。って、のんびりしてる時間なんか無いわよ。さっ、早く仕事にかかりましょ」
「はいっ!」

 お昼休みまで、もうそんなに時間はない。小杉さんの一言でみんな我に返り、残りの作業に取り掛かった。

「日替わり二つに、肉野菜炒め定食一つ」
「はーい」
「日替わり一つ追加ー」

 いつも通りの戦場だ。無駄口をたたいている暇なんかあるわけもなく、私たちは必死で持ち場の作業をこなした。

「ふうっ。やっとピークが過ぎたわね」

 時間を確認すると、もうそろそろ一時になろうかというところだった。ホッと一息ついた私の目に、食券を購入する高科さんの姿が入って来た。

「……え?」

 心臓がギュウッと、鷲掴みでもされたかのように痛む。
 ぼさぼさヨレヨレのベールを剥ぎ、何処かの王子様かモデルのように変貌した高科さんの傍に、以前にトイレで彼の悪口を言っていたショートボブの可愛い人が立っていたからだ。あんなにバカにしていたくせにと思う半面、それでも凄くお似合いに見える二人がなんだか悔しくて、寂しかった。

「これ、頼む」
「これもね」

 食券を私に手渡す高科さんの隣で、その人もさっと私に食券を手渡した。

「はい」

 受け取り返事を返した私に、高科さんが小さく微笑む。たったそれだけの事なのに、ふわっと心の中が温かくなった。

 表情が分かるって、本当、凄いことだよね。

 出会った当初は別として、最近は私が高科さんにご飯をよそったり洗濯物を畳んだ時だって、ちゃんとお礼を言って微笑んでくれるようになっていた。それは前髪が長い時だって、口許がほころんでいたのでちゃんと分かっていた。

 だけどやっぱり目元とか顔全体の表情が分かる方が、ダイレクトに私の心に響いてくるから……、何て言うのかな、それだけで……、それだけで……。

「あら、やだ。早速虫がくっついて来たわね」

 思わず物思いにふけっていた私の横から、ニョキッと大谷さんが顔を出した。

「うわっ、びっくりした!」
「白山さん、あんな子に負けちゃダメよ」
「えっ? あっ、でも……、今の高科さんだったら私なんかよりも……」
「心配しなくても大丈夫よ。見て御覧なさいよ。高科さん、あの子の事ちっとも相手にしてないじゃない」

 小杉さんや山本さん達までやって来て、高科さん達の様子を窺い始めた。

 言われてよくよく見てみると、高科さんは確かに彼女の相手をしていない。女性の方が一方的に喋っているといった具合いだ。

「ほら、白山さん、大谷さんも。日替わり出来たからお昼にして」
「はい」

 私と大谷さんは各々トレイを持って、厨房を出た。

 普段なら高科さんと同じテーブルで食べるところだけど、今日は止めておいた方がいいかなと思ってすぐ傍のテーブルで食べようと思っていたのに、何を思ったのか大谷さんは、スタスタと一直線に高科さんの方へと向かって行った。
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