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第四章

高遠さんの部屋へ

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 運がいいのか悪いのか、今日はお母さまは久しぶりの同窓会に出席していて不在だ。
 なにも告げずに家を出る事で、後々騒動になってしまうと困ると思い、お母さまの携帯に電話を掛けた。

「はい、もしもし。桐子?」
「あ、お母さま。今、お話しても大丈夫?」
「少しだけなら」

「あの、私のお友達の美乃梨さんの所に、……一週間ほどお泊りすることになったの。急に決まって慌てて出て来ちゃったから、坂崎さんにもお父様にも何も言わずに出て来ちゃったの。お母さまにご報告した方が良いかなと思って連絡したのだけれど……」

「まあ、呆れたわね。もう美乃梨さんの所に着いているの?」
「いいえ、向かっている最中です」

「そう。じゃあ今からでもいいから、お家の方に連絡しなさい。桐子が急にいなくなったって分かったら、みんな心配するでしょ?」

「はい」
「それにしても一週間もお邪魔するだなんて、美乃梨さんのお家の方には、迷惑では無いの?」

「あ……、お父様が急な転勤で県外に行かれることになったので、お母さまもご一緒にしばらくついて行かれるそうなの。美乃梨さんは一人っ子で、はじめは一人暮らしを満喫できると思っていたらしいのだけど、いざ一人になってみると淋しくて仕方がないって私に泣きつく羽目になっちゃっているから、却って私に迷惑だと思ってくれているみたい」

「まあ、そうなの」
「ええ。おまけに子供みたいで恥ずかしいから、誰にも言わないでねって言われちゃったわ」
「あらあら、可愛いわね」

 お母さまがすっかり信じてくれたように笑ってくれたのでホッとした。
 この話は、ほぼ真実だ。美乃梨さんのお父様の件は本当のことで、ただ、美乃梨さん自身は本当に現在一人暮らしを満喫していて、淋しいだなんて一言も聞いたことは無い。

「じゃあお母さま、同窓会楽しんできてね。私は今からお家に連絡するわ」
「ええ、そうなさい。じゃあね」

 ほうっと一息ついて、電話を切り、すぐにタクシーを呼び寄せた。そしてこっそりと家を出て、高遠さんのマンションに向かった。
 家への電話はタクシーを降りてすぐにして、坂崎さんにお母さまと同じ説明をして電話を切った。

 高遠さんの部屋の玄関前に立ち、インターホンの押しボタンを押そうと思って人差し指を近づけ、指が震えていることに気が付いた。

 どうしよう、緊張してきたわ。

 指が震えているだけではない。緊張を自覚したせいで、掌に額、背中や足からも、冷や汗が滲み出てきているようだ。心臓だってさっきから、壊れそうなくらいに早鐘を打ち続けている。

 何度も何度も深呼吸をし、震える右手の人差し指を左手で支え、グッとインターホンの押しボタンを押した。

「はい」
「桐子です。あの……お話したいことがあるので、中に入れていただけませんか?」
「…………」

 多少の覚悟はしていたけれど、私の名前を告げた途端無言になった。だけどここで逃げ出すわけにはいかない。

「お願いです、高遠さん! とても大事な話なんです」
「……君と話すことは何もない。こないだ話したことが総てだ」
「それは……、あのっ……! そのことでは無くて。とにかく私、ここを開けてくださるまで待ってますから!」
「いい加減にしろ。さっさと帰れ」
「高遠さん……!」

 本当に鬱陶しいと思われてしまったのだろう。インターホンをガチャリと切られてしまった。

 だからと言ってこんなことで怯んで家に帰ってしまったら、誰が高遠さんを守ってくれる?
 私以外には、誰もいないのだ。

 最初からすんなりと部屋に上がらせてもらえるだなんて思ってなんていなかったから、却って腹を括ることが出来た。
 大丈夫、ちゃんと暖かい恰好して来たもの。風邪をひくようなことは無いはず。
 私は長時間粘る覚悟で、なるべく体に負担にならないようにと、バッグを膝に抱えてしゃがんだ。
 それでもやはり、夜風は冷たい。マフラーを巻きなおして、鼻まで覆うようにした。

 ゴンッ。

「イタッ! ……え?」

 どうやら私はドアの真ん前でしゃがみ込んでいたらしい。高遠さんが扉を開けたせいで、それが私の腰にゴツンと当たった。

「あ、ごっ、ごめんなさい!」

 慌てて荷物を抱えて飛び上がるように立ち上がった。どこかに出かけるのなら邪魔だろうと脇に寄ると、高遠さんは渋面を作った。

「……入れ。いい加減、そんなとこで蹲れると迷惑だ」
「……はいっ!」

 言葉も邪険だし、いかにも迷惑そうな顔つきだけど、それでもそんなに長い時間を置かずに私を招き入れてくれた。
 やっぱり高遠さんは、優しい。どんなに冷たい言葉を吐いていても、その中に隠れている優しさまでは隠しきれていないのだもの。

「……?」

 高遠さんの視線が下に移動して、訝しい表情に変わった。なんだろうと思って、その視線の先に目をやって苦笑した。

 彼の視線の先には、私が手にしているボストンバッグ。「何の荷物だ?」と思っているのだろう。
 私は変に気取られる前にと、開けてくれたドアにそそくさと入って部屋に上がらせてもらった。
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