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第一章

頼もしいボディーガード

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「…混んでるほどじゃないけど、座れそうな席は無いね」

 秋永君が言うように、ほぼ座席は埋まっていた。いつものこの時間と比べると、今日は少し混んでいるようだ。仕方が無いので、二人で一番空いている所に立った。

「……みんなに羨ましがられるな、きっと」
「え?」
「これ」

 そう言って秋永君は、私が渡したランチボックスの袋をゆらゆら揺らした。

「ええっ? でも私、秋永君意外に作ってあげる気無いからね!」
「もちろんだよ! 俺以外に作ってあげちゃダメだからな!」

 ……? 変な秋永君。なにが言いたいんだろう。わけ分かんない。

 首を傾げて秋永君を見ると、ため息を吐かれてしまった。何で!?

 電車が止まり、結構な人が乗り込んできた。ぎゅうぎゅう詰まででは無いけれど、それなりに車内は混んできた。私達が立っていた場所も、人波のせいで少しずつ奥へとズレていく。

「混んできたね。いつも、こう?」
「ううん。こんなに混むこと、めったにないよ。何かあるのかな?」
「ふうん……」

 車内が混みあってきたせいで、私と秋永君の距離も縮まった。不意打ちじゃないから咄嗟に拳が発動されないのは当然のこととしても、いつもと感じが違う気がして首を傾げる。
 だっていつもの私なら、それでも距離が近すぎると、イライラモヤモヤを抑えきれなくて機嫌が悪くなるはずなのに。今、秋永君とこんなに近くに居るのにちっともイライラなんてしていないんだ。

「未花ちゃん、もうちょっとあっちに……、おいっ!」

 私を誘導しようと動きかけた秋永君が、突然低い声で威嚇して誰かの手をパシッと掴んだ。

「すみませんけど、そこに手を伸ばすのは止めてくれませんか? 、してしまいますから」

 なるべく未然に、そして穏便に済ませようと思っているのだろう。秋永君はあえて勘違いという言葉を使っているけれど、表情はちょっぴり険しい。恐らく私に触ろうと手を伸ばしてきたと確信しているのだろう。

 それにしても私、ちっとも気付かなかった……。秋永君、本当に私の周りをしっかり気にしてくれてたんだな。

「……あ、ああ、悪い。……分かったから手を離してくれないか?」

 バツの悪そうな表情のその人に、秋永君は素直に手を離した。見た感じ、私たちよりも年上で、大学生のようだ。その大学生らしき人は気まずそうに、そのままコソコソと後ろの方へと離れて行った。

 この一連の秋永君の凛とした対応に、なぜか私の方が落ち着かなくなっていた。
 ……どうしよう。なんだかムズムズしてじりじりして、我慢できない。

 私はどうしようもなく溢れだしてくる不可解な自分の気持ちに正直に、そっと手を伸ばして秋永君のシャツをキュッとつまんでみた。
 反射的に、秋永君がパッと勢いよくこちらを振り返った。少し丸みがかったくるんとした瞳が、さらに大きく見開いている。

「あ、ご……、ごめ……」

 普段他人にむやみに近づくなとか触るなとか言っといて、自分は良いだなんて何様だって感じだよね。
 おずおずと離しかけた私の手を、今度は秋永君が反射的にその上から抑えた。

「いいよ! 離さないで」
「……っ、え……?」

 は、離さないではいいけど、手……、秋永君、私の手を握ってるよ?

「…………」

 ……変。なんだか変な気持ちが湧いてきてるけど、嫌とか不快とか、いつものそんな感じじゃない。それどころか急に触られたのに、足も何も反応していない。

 ……あ、そうか。それどころか自分から秋永君のシャツを摘まんだんだものね。キックが炸裂するわけないか。

 正直戸惑ってる。すごくすごく戸惑って、そっと秋永君を見ると目が合った。秋永君は、嬉しそうに微笑んで私を見ていた。彼が驚いたのは確かだとは思うんだけど、決して迷惑だとか呆れたとか、どうやらそんな感情では無かったようだ。

 ゴトン、ゴトンと揺れる電車の中。私は自分の気持ちの変化に戸惑いながら、秋永君のシャツをずっと握りしめていた。
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