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第一章

私の罪

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 弟の翔は体が弱く喘息持ちでもあった。無理もきかず風邪も引きやすかった弟は、寒い冬の日は特に、暖かい部屋でゆったりと過ごすのが常だった。おまけに運動とも相性が悪かったようで、ほかの子どもたちのように走り回ったりはしゃぎすぎたりしないように、お母さんたちはかなり気を遣っていたようにも見えた。

 そんな弟がいるというのに私はスポーツ大好き少女で、特にバレーボールに夢中だった。というのも、ちょうどその頃地元出身の川崎洋子選手が、女子バレーボールのオリンピック選手として大活躍していたからだ。すごい人気で、私も佳奈も憧れていた。

 地元の大盛り上がりを背景に、第二の川崎選手を目指せとばかりに初の地域女子バレーボール倶楽部までできたくらいだ。それを思い起こせば、当時どのくらいお祭り騒ぎだったのかも想像がつくだろう。

 その倶楽部ができたと同時に、佳奈はすぐにその倶楽部に一緒に入ろうと私を誘ってくれた。私も心底入りたいと思ったのだけど、お母さんたちの返事はやはりノーだった。
 体の弱い翔にお母さんが付きっきりだったのは分かっていたので、やっぱりなという気持ちが強かったからそれほど落ち込みはしなかったのだけど。一緒に入れると信じていた佳奈の方が、私以上に落ち込んでいたのを覚えている。

――そして、それから数ヶ月経ったある寒い日。佳奈が興奮しながら私のところにやってきた。

「楓、大変! 大変だよ!」
「えっ、なに? なにかあったの?」
「日曜日! 今度の日曜日に、川崎かわさき選手が倶楽部に来てくれるんだって!」
「ウソ!」
「ホント、ホント! でね? なんと、その日は特別に、倶楽部以外の子も参加オッケーなんだって!」
「マジで?」
「そっ! すごいでしょ? だから楓もおいでよ。楓も行けるんなら、お母さんが送り迎えしてあげるって、そう言ってた」
「うん、頼んでみる!」

 あの時は本当に、ただただうれしかった。私もみんなとバレーができる、おまけに川崎選手にも会えるんだって、そう思ったから。
 お母さんもすぐに許してくれて、しかも私以上に喜んでくれた。ちょっと驚いたけど、素直にうれしいと思った。

 翔には川崎選手に会えるだなんていいなあと羨ましがられた。サイン貰ってくるねと言ったら、「絶対だよ」と何度も何度も念押しされた。そして、何時に帰ってくるの? と聞かれたので、四時半と答えた。終了時間が三時半だったので、そのくらいになるだろうと推測したからだ。

 川崎選手を迎えて行われたバレーボール教室は、とても楽しかった。小学生相手ということもあり、教えてくれた内容はすべて基本的なものだったから、佳奈たちにとっては退屈なものだったかもしれないけれど、倶楽部に入っていない私やほかの子たちにとってはとても有意義なものだったのだ。

 教室が和やかに進んだことを見て取った倶楽部の監督が、私たちのために特別に川崎選手への質問タイムを設けてくれた。川崎選手もとても明るく優しい人だったので、みんな遠慮なく白熱し、それは一時間以上に及ぶ楽しい時間となった。
 おそらく、教室が終わって解散した時には、既に五時を少し回っていたと思う。

 その時の私は、翔との約束の時間が既に過ぎていることなど気にもしていなかった。それどころか楽しい時間を満喫していて、翔のことなど頭の片隅にもなかったのだ。
 だから車で送ってもらう際に、佳奈がハンバーガーを食べたいと言いだしたときも私はうれしいと思った。だって、初めてだったのだ。そんな時間に友達と一緒に過ごせるということ自体が。

 だけどお店に着いた直後に私の携帯電話が鳴り、私の楽しい時間は幕を閉じることになった。
 翔が病院に運ばれたのだ。
 それからの私は、ファーストフード店に迎えに来たお父さんと一緒に病院へ向かったのだけど、以降のことはあまり覚えていない。
 分かっていることは、ずっと体調が悪かった翔が、その日は回復傾向にあったこと。それで油断して、あんな寒い日に私の帰りを待ちわびて窓を開けてずっと外を見ていたのか、その傍で倒れていたこと。それから肺炎を起こし合併症も相まって、弟は亡くなった。

 私のせいじゃないと、お母さんは言ってくれた。家にいたのに気が付くのが遅くなった、自分のせいなのだと。

 だけどあの日の弟の体調は良かった。もしもあの日、私が約束通りの時間に帰っていたら、弟はいつものようにベッドでおとなしくしていたはずだ。
 どんなに考えても悪いのは私だ。あの日、川崎選手のバレーボール教室に行かなければ、そうじゃなくても、約束の時間にちゃんと帰っていれば、あんなことにはならなかったはずなんだ。
  
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