嫌われ者の皇族姫

shishamo346

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戦争準備

保証人詐欺

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 王国からの使者が来ていないので、戦争のお話なんて進められない。結局、顔合わせと契約による強制的な口止めをして、解散となった。
「ナックル先輩、お茶しましょう」
「い、いや、この後、仕事が」
「ナックル先輩の仕事、持ってきて」
「はいはい」
 文官ナックルの逃げ道は、筆頭魔法使いナインの妖精によって塞がれた。
 他の文官たちが、ナックルのことを哀れみをこめて見送った。えー、皆さん、一緒にお茶してくれてもいいのにー、帰っちゃうのかー。
 皇帝の執務室にナックルを強制連行である。ナックル、真っ青になって、筆頭魔法使いナインに背中を押され、部屋にどんと押されて入ることとなった。
「ナインのお茶とお菓子は絶品ですよ。さあさあ、座ってください」
「女帝陛下、先ほどは、大変失礼しました!!」
 座ってほしいのに、ナックルは膝をついて、ひれ伏した。
「先輩ー、そういうのはやめてください。わたくしとナックル先輩の仲ではないですかー。どうして、結婚、延期になったのか、ぜひぜひ、教えてください」
 とっても知りたいなー。わたくしは普通に座って、ナックルが語るのを待った。
 女帝と一文官だからか、ナックル、なかなか姿勢を崩してくれないし、口もそれ以上、開いてくれない。仕方なく、わたくしが勝手に話すことにした。
「今回の組織作りには、人選はしましたが、絶対に受けなければいけない、というものではありません。もともと、多めに声をかけることとなっています。戦争に行くかもしれませんから、ほとんどは、拒否されますね。だから、組織の一員となった人たちは、昇進か、訳アリか、です」
「………」
「ナックル先輩は、訳アリですよね。だって、婚約者との結婚を延期にしてるのだから、戦争に行くかもしれない、この組織に関わる危険を侵さないでしょう。もしかしたら、戦死するかもしれませんからね」
「………」
「だから、特別手当がそれなりに出ることとなっています。ナックル先輩が借金するなんて、騙されましたか?」
「………僕じゃ、ない」
 とうとう、文官ナックルは、重い口を開いてくれた。






 文官ナックルの生家は子爵家である。子爵といっても、名ばかり貴族の一員だ。爵位をどうにか守る程度の、ちょっとした貴族である。
 お屋敷には、社会見学のために、お邪魔したことがありました。使用人は二人三人いるだけの、大家族です。すでに長男が跡を継いで、三男であるナックルは、貴族と残るためには、文官や騎士になるしかなかったという話です。
 生家は無難な商売で、無難に、平凡に、貴族していました。
 ナックルの兄は、人望のある男でした。だから、貴族の学校でも友人が多い人でした。
 ある日、貴族の学校で特に仲良くしていた友人が、保証人を頼みにやってきました。
「絶対に迷惑かけない!!」
「しかし、この額はなー」
 万が一、目の前の友人が踏み倒した場合、守ってきた子爵家の財産全てを失うこととなる金額だった。ナックルの兄は、子爵として、保証人になるわけにはいかなかった。
「そんなぁ、もう、お前しか、頼る奴はいないのにぃ」
 友人がボロボロと泣き出した。友人は、貴族の学校での友人たちに頼みに行って断られた、と泣き言を言ったのだ。
 それを聞いて、ナックルの兄は、悩んだ。
「辺境の食糧庫を知っているか? あそこで採れた綿で作った布が、本当にすごいんだ!! 俺は、これに一目惚れしたんだ」
 説得の材料として見せてくれた布は、確かに素晴らしかった。
 辺境の食糧庫というと、禁則地周辺の領地のことだ。辺境は不毛の地で、食糧を得る手段がない。だが、辺境にあるという禁則地周辺だけは、妖精の加護により、緑豊かで、辺境全体を支えるほどの実りを生み出す、奇跡の地と呼ばれている。
 辺境で育てられた食糧は、一般的には出回らない。基本、辺境で消費されるか、高額に取引されるか、城の奥深くにいる皇族の食事に使われるか、である。
 嘘かもしれない。しかし、手渡された布は、確かに素晴らしいものだった。
「なら、この布をわけてもらおう。弟がもうすぐ、結婚するんだ。これで、花嫁衣裳を作ってやりたい」
「ああ、いくらだってやるよ!!」
 そうして、ナックルの兄は、保証人になった。







「保証人詐欺にあったのですね」
「もっと語らせてくれよ!!」
 結果はわかっているので、わたくしがずばっと結果を言ってやれば、文官ナックルは半泣きである。もう、皇帝の暇な時間って、あまりないのよ。
「ほら、座って座って」
 憐れに感じた筆頭魔法使いナインは、文官ナックルを椅子に座らせた。きちんと、わたくしの正面に座らせないナインは、警戒心高すぎ。わたくしとナックルの仲をまだ、疑っているのだ。ただの先輩後輩なのにぃー。
「布は手に入りましたか?」
「ああ、それは、まあ、あるといえばある」
「ぜひ、見せてください」
「………」
「詐欺に使われた布がどんなものか、見せてください。皇族のお膝元で、こんな詐欺が横行しているなんて、許してはいけません」
「わかった」
「シーア、何をするつもりだ!!」
 間に筆頭魔法使いナインが割り込んできた。
「お前は女帝である前に皇族だぞ。皇族が、一個人のことに関わることは、権力の濫用になる」
「ちょっと、見せしめにしてやるだけですよ。丁度いい、口実にもなりますし」
「何をするつもりだ? 今すぐ、ここで話せ」
「女帝のお披露目をなくしてやるんです」
「おい、僕の生家を使って、何をするつもりだ!!」
 もう、文官ナックルは、相手が女帝といえども、つかみかかってきます。それを筆頭魔法使いナインがが間に入って止めてくれました。
「落ち着け」
「シーア嬢には、在学中、散々な目にあわせてきたんだ!!」
「おい、シーア、何やったんだ?」
「椅子になってもらったり、馬になってもらったり、犬になってもらったこともありますね」
「お前、貴族の学校で、何やってるんだよ!!」
 筆頭魔法使いナインは、わたくしが貴族の学校でやらかした事、知らなかったので、驚いて、わたくしの頭をまた書類で叩いた。
「いったぁーい」
「お前が悪い!! これ以上、お前に振り回されたら、この男が可哀想だろう!!!」
「だってぇ、シオンが、皇族たるもの、貴族を支配するものだよ、と言ったんだもん。シオンに報告したら、いい手下が出来たね、と誉めてくれたんだもん」
「あいつに子育てなんかさせちゃダメだったな」
「シオン、わたくしが皇族失格になった時は、それなりの貴族にしてくれるって約束したから、いう通りにしただけなのにー」
 間違った方向にいってるなー、とは気づいていた。やらかした後、わたくしは先帝シオンを責めたのだ。しかし、先帝シオンは、「公爵家の養女になるのだから、それくらい出来ないといけないよ」と言ったから、貴族の学校での失敗は帳消しになるな、なんて思ったのである。
 でも、目の前に、ちょうどいい材料が転がり込んできたのだ。使うでしょう。
 わたくしは、ナインが淹れてくれたお茶を一気飲みする。これ、社交の場でやってはいけない作法なのだけど、時間がないので、やっちゃうのよね。
「ナックル先輩、わたくしが、力になってあげます」
「何もしなくていい!!」
「幼馴染みの婚約者、いつまで待ってくれますか? わたくしがちょっと介入すれば、戦争前には、立派な結婚式が行えますよ。ナックル先輩の婚約者、さぞや可愛らしい人でしょうね。ぜひぜひ、花嫁衣裳を着たところを見せてください」
「………」
「戦争、行かなくて済みますよ」
「………わかった」
 死ぬかもしれない戦争に行きたくない文官ナックルは、とうとう、折れた。






 帝国中で、また、大騒ぎとなった。何故って、女帝のお披露目が中止となったのだ。その理由を帝国中、新聞を使って、喧伝されたのである。
 女帝のお披露目に使う予定だった布が仕入れられなかったというのだ。
 もともと、女帝のお披露目用ではなく、先帝シオンの娘の花嫁衣裳として、その布を仕入れる契約をしていたという。その仕入れ元は、シオンの娘が貴族の学校に通っていた時に世話になった先輩の生家だという。見本の布を見て、また、娘の恩人ということで、先帝シオンは、花嫁衣裳の布としての契約を行った。すでに支払いも終わっていたという。
 ところが、貴族が詐欺にあったのだ。
 手元にきた布は、見本とはまるで違う、酷いものだったという。貴族がそれを仕入れたわけではなく、布を買い付けるための保証人になっただけだ。元は、別の貴族が布を買って、商売することとなっていた。だが、その別の貴族は、金を持って、そのまま連絡がとれなくなったのだ。
 それでも、布は買ったのだ。それは、とても売り物にはなならない、酷い布が、貴族の元にやってきたという。






「父がわたくしのためにと買った布を使って、女帝のお披露目をすることにしたのですが、まさか、詐欺にあうなんて」
「契約書を見せてください」
「これです。本当に、酷い!! 父の良心を裏切る輩がまさか、貴族にいるなんて。粛清です!!」
 わたくしは、文官ナックルの生家が結んだという契約書の写しを貴族議会でばら撒いてやった。しっかり、詐欺をした貴族の名前、金を出した貴族の名前まで、貴族議員たちに晒してやった。
「これもきっと、神と妖精、聖域が、わたくしを女帝にしてはならない、と啓示しているようなものですね。はやく、立派な皇帝を選任するように、ナインに訴えていきますね」
「先帝はすでに、この布の費用を払っているという話ですが」
「まだ、支払ってはいませんが、契約はしました」
 日付が入っていない、だけど、皇帝印がどーんと押された契約書の写しをばら撒いた。これには、貴族議員たちも真っ青になった。
 先帝シオンのサインはない。だけど、皇帝印がどーんと押されてしまっているのだ。日付がなくても、この契約は絶対に行わなければならないのだ。
 明らかに、不正で作ったと見える契約書だが、貴族議員たちは黙り込んだ。皇帝印が押された物を否定することは、神から天罰を食らうほどの覚悟を持たないといけないのだ。
「父上ったら、一人娘には甘かったのね。布はあります。ただ、見本とは全く違うものでした。でも、契約は契約です。その布に対して、お金は支払ってください。ですが、この詐欺を許してはいけません。詐欺をした貴族ども、それに関わった者たち全て、粛清です」
「しゅ、粛清、とは」
「皇帝を騙したのですから、妖精の呪いの刑です。一族郎党、呪われてもらいます。無実ならば、呪いは発動しません。神と妖精、聖域に裁いてもらいましょう。というわけで、傷物になった女帝のお披露目は縁起が悪いので、なしです。女帝のお披露目の予算は、そのまま、戦争への予算に追加投入しましょう。戦争、派手にしましょうね」
 一生懸命、宰相、大臣たち、文官たちが予算を組んでくれたから、きちんと有効活用しなきゃ。







 貴族は足の引っ張りあいをする、とはよく言ったものです。わたくしがあえて、新聞で、この詐欺を喧伝してやったら、すーぐ、貴族議員が食いついてきました。
 だいたい、くいついてくる貴族議員が、この詐欺に関わっていたりするのですよね。
 その予想は見事、的中。わたくしを大々的にコケ下ろそうとした貴族議員は、この、小さな詐欺に関わっていた。ちょっと、口止め料を貰っていたのだ。
 ナックルの生家だって、この詐欺を訴えたのだ。だが、さらに上の貴族たちが、口止め料とか貰っているので、この訴えを握りつぶしたのである。
 そういうことは、新聞で喧伝した後から、調べられて、発覚した。
 わたくしはただ、女帝のお披露目を潰したくて、後から契約書を捏造しただけである。捏造といっても、皇帝印を押された契約書だから、誰も文句は言えない。あの女帝はヤバい!! とは陰口たたくだろうけど。
 でも、さすがに本物の皇帝印を使うわけにはいかないので、偽の皇帝印なんだけどね。
 本物が手元にあるのだ。偽物なんて簡単に作れる。捏造した契約書に押された皇帝印は、筆頭魔法使いナインお手製の偽物である。本物の皇帝印は、今も、ナインが隠し持っている。皇帝印は魔道具なんだけど、使えるのは皇帝のみだ。だから、わたくしが悪用しないように、ナインが隠しているのだ。
 こうして、先帝に対しての詐欺にまで発展した契約は、金貸し貴族と金を持ち逃げしたかもしれない貴族を犯罪者にした。
 幸い、ナックルの生家が行った保証人契約は、ただの紙きれである。手酷い取り立てをしていたそうだが、一夜にして、犯罪者となった金貸し貴族は、貴族議会が開かれる前に捕縛となった。新聞に出る前だから、呑気に、ナックルの生家にやってきたのだ。筆頭魔法使いナインが捕縛します。だって、亡き皇帝シオンが騙されて終わりなんて、ナインが許さない。
 そして、そこから、金を持ち逃げした貴族も捕縛され、ナックルの生家の借金はなくなった。






 そして、わたくしの元に残ったのは、商品にならない、酷い状態の布である。
「保存状態が悪かったのですね。立派な材料を使っても、こんな物になっては」
 実は、その布、正真正銘の本物なのだ。辺境の食糧庫で育てられた綿花から作られた布だ。本当なら、あの金額での取引は、正当なのだ。
 だが、保存が悪かった。大事に保存していれば良かったのだが、それを怠ったため、商品価値をなくしたのである。
 嘘ではない契約だが、見本とは違う商品をわかっていて仕入れた貴族。二束三文の値段で仕入れたが、借金はその十数倍だ。きちんとした商品であれば、その借金はすぐに返済出来るし、その数倍の利益が得られるのだ。
 辺境の貧民街で、唆されたという、本当か嘘かわからない証言があった。
「まともな布ならば、お得に手に入ったと言っていいんだがなー」
 筆頭魔法使いナインが、山積みになった、酷い状態の布を見て呟く。捏造した契約書通りに支払いして手に入れた布は、お得なのだ。
 皇族御用達の布地だと、この数倍である。
「ナインー、どうにかしてくださいー」
「出来るわけがないだろう!! これ、本物だぞ。禁則地周辺は、俺様の魔法もうまく作用しないんだ」
 辺境にある禁則地は、別名、妖精の安息地と呼ばれる、妖精のための領地である。あそこでは、野良の妖精の力が強く作用するため、妖精憑きといえども死ぬことがあるという。
 辺境の食糧庫で育った綿を使った布には、禁則地の力が作用しているという。いくら、千年の化け物といえども、禁則地の力には勝てないという。
「うーん、でも、禁則地産の綿花を使っているのに、こんな風になるなんて、おかしな話ですよね。保存方法が悪かった、という説明ですが、それだけではないような気がします」
 実際に、この布地を保管していた業者からは、そう説明されたが、納得いかない。禁則地周辺は、妖精の加護がすごいという。そんな所で育った綿花を材料としたのだ。こんな酷い状態になるのは、解せぬ。
 実は、同じような布地、城にも保管されている。それを少しだけ持ち出して、比較検証してみると。
「え、移った?」
 なんと、城で保管されていた布地が見る見るうちに、酷い状態になった。
「もしかして、この布地、妖精に呪われてる?」
「………そういえば、大昔、あの領地で、妖精憑きを虐待した、という話があったな。もしかしたら、その時、作られた綿花かもしれないな」
「かの有名な、禁則地に愛された皇族アーサーの時代ですね」
「それより少しだけ前だ。皇族アーサーの父親が、領地で虐待されていた妖精憑きだ」
「あの、浮気者の妖精憑きですね」
「そこは、色々と解釈される部分だが」
 禁則地に愛された皇族アーサーの伝説は、神殿でも面白おかしく語られるほど、帝国民全てが知っている。
「真実の愛に目覚めた浮気者の妖精憑きは、少女アーシャと苦難を乗り越えたと言います。きっと、この布地の呪いは、真実の愛によって、解けるのでしょうね」
「そんなわけあるか!!」
「このまま、保管庫に置くわけにもいきませんし、筆頭魔法使いの地下に保存してください。この呪いが解けたら、わたくしも、観念して、女帝になりますよ」
「俺様でも解けないってのに!!」
「だからです」
 わたくしは、笑顔で、呪われた布地を筆頭魔法使いナインに押し付けた。
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