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第2章 大学編

公園のベンチ

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 週末のよく晴れた日の午後、ディメンションの扉を開く男がいた。

チリンチリンチリンチリンチリーン。

「お前が時間通りに来るなんて珍しいな」

そんな言葉で客人を出迎えた九条薫はわざと驚いてみせた。

「失礼だな。俺だって大切な用事の時くらい、時間は守るさ」

九条彼方かなたは当然だとばかりに胸を張った。

「お兄ちゃんの大切なことは、美味しいものを食べることの方でしょ」

遙加の言葉を聞いた薫がマジマジと彼方を見据えた。そんなことを気にすることなく彼方は答える。

「そんなの当然だろ、他に何があるっていうんだよ……」

「違うでしょ、ちゃんと私の質問に答えてくれないと美味しい食事なんて出てこないんだからね」

「嘘だろ、薫」

「いや、何も間違っていないが?」

「約束を守らない人はお食事無しです!」

「冗談だよ……」

素振りだけは落ち込んだふりをする彼方だった。


 3人は中央にあるテーブルに向かって歩いて行った。
今日は3人なので通常仕様の丸テーブルに各々が椅子に腰掛けた。

遙加は話を逸らされないようにすぐに本題に入ることにした。

「お兄ちゃん、この前電話で話したことちゃんと教えてくれなかったら、ブルーローズでのお食事は本当に無しだから覚悟してね。代わりに私が全部いただきます」

痩せの大食いの遙加なら本当に全部食べそうで怖い。
異様に迫力を込めてニッコリと笑う遙加を見た彼方は背筋を正した。

「分かったよ、それで遙加は何が聞きたいんだ?」

「私が5歳の時にお兄ちゃんと2人で公園に行った時のこと覚えてる?」

「ああ、遙加が突然眠りこけた時のこと?」

「……せめて、気を失ったと言って欲しかったけど。その時に何があったのかを教えて欲しいの」

彼方は薫の方を見た。薫がゆっくりと頷いたのを確認して安心したように話しをし出した。


「あの時は、薫も知ってるあのベンチのところに行ったんだ。あの日も1人ベンチに座っている霊が居たんだけど俺たち2人が近づくに連れてどこからともなく霊が増えて行ったんだ。
まさか外に出てまで、遙加目当てに霊が近づいてくるなんてその時の俺は思ってなかったから不用意に近付き過ぎてしまったんだ。その霊達に」

「なんでその後、遙加が気を失うように眠ってしまったんだ?」

「薫も知っての通り霊は俺には近寄れないんだ、普通ならね。でもその時は何故かそいつらが遙加のすぐ近くまで来ようとしてたのを見て、焦った俺は咄嗟にそいつらを祓ってしまったんだ。その力が強すぎたみたいで遙加が当てられて気を失ったっていうのが本当の話」

「じゃあ、お兄ちゃんは私を守ってくれたってこと?」

それに答えたのは彼方ではなく、薫だった。

「多分だけど……遙加は彼方が霊を祓うその瞬間、遙加自身に無意識に結界を張ったんだと思うんだ。だから気を失う程度で済んだんじゃないかな。そうだよね彼方。それから遙加は生まれた頃から彼方に守られていたこと知ってた?」

「……そんな前から?」

「そうだよ。遙加のご両親には全くそういう力はないけど、私や彼方はそこそこ強い力を持っているんだ。遙加が小学生の時、彼方が大学の研究で忙しくて家にいられなかった時ですら式神を使って守っていたんだからね、恐れ入るよ。でもさっきの話の時は、遙加じゃなければ彼方の無意識下の力には耐えられなかっただろうな」

「薫、その辺にしといてくれよ。恥ずかしいから……」

「いいじゃないか。でないと遙加は同じバンド仲間の烏星達也が自分を守ってくれていたと勘違いしたままだぞ? いいのか?」

「えっ、どういうこと? 薫」

「どうもこうもないさ。今言ったとおりだよ。烏星達也にも少しは霊を寄せ付けない力はあるけれど、祓うことはできないんだ。だから本当に危険な時、いつも守っていたのは私か彼方だよ」

「全然知らなかった……。ごめんなさい」

薫と彼方は顔を見合わせた。

「遙加が謝ることじゃないさ。俺たちが勝手にやってたことだから。それに今後それは薫に任せることになったから俺も一安心さ。それに遙加も以前より自分をコントロールできるようになってきたみたいだしね」

「お兄ちゃんは、大丈夫なの?」

「大丈夫とは?」

兄の彼方だけでなく、遙加のことなら何でも理解していたつもりの薫の頭の中まで『???』だった。

「九条本家から何かされたりしない? 大丈夫?」

それを聞いた彼方と薫は顔を見合わせた。2人はクスクスと笑っていた。

「大丈夫、次の本家当主と側近もこれまでとは比べ物にならない程凄いから。今のところはこっちのことまで気が回らないはずだよ」

「だったらいいけど……、遠くに行っちゃ嫌だからね」

「はいはい、分かりました。薫のお姫様」

「うぉっほん! では話はこれくらいにして食事に行くとしようか」

「薫『うぉっほん』て……、胡散臭さに磨きが掛かってるぞー」

「誰のせいでだと……、全くお前は。昔から一言多いんだよ」

「いや、無口な方だぞ。本音を言うのはお前だけだ、薫」

「はいはい。でも無口は違うだろう……」

薫の小さな囁き声は彼方と遙加には聞こえていなかった。

だが、幾つになっても仲の良い従兄弟同士なのには変わりない。

 
 その後3人は、少し早めのディナーを取るために隣のレストラン・ブルーローズへと移動した。

その日のメニューは彼方の大好物であるローストビーフや口当たりの良いピノノワールが用意されていたのは単なる偶然ではない。
それに彼方が気付いたかどうかは定かではないのだった。





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