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第1章 高校編

人形

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 4月になり新学期も始まろうというのに九条家には未だに雛人形が飾ってある。

 九条家の子供は遙加の他にすでに成人した兄が1人いる。だから雛人形は遙加のためにだけ生まれてから毎年飾られている。

雛人形がこんな時期まで飾ってあるのにはこんな理由があった。

 遙加の母は年末から年度末の3月まの繁忙期にだけCADオペレーターとして毎年とある企業で働いている。1級建築士として以前設計事務所に勤めていた頃の縁で繁忙期だけ手伝う契約をしているのだとか。最近は3D CADも使うようになり目が疲れるとよくこぼしている。日頃の母はよく気がつく料理上手な母なのだが、この期間だけはまるで別人になる。

「疲れたー、何もしたくないー」

連日の残業の影響なのかこの言葉が口癖になる。それに加えて遙加が大好きな母の手料理までもが食べらなくなるのだ。そして事態はそれだけではなく、雛人形を飾ることすらすっかりと頭から抜け落ちてしまうのだ。去年はとうとう3月になって急いで飾ったくらいだった。

雛人形は早く片さないと娘の嫁入りが遅くなると言われているが、出さないからといって嫁に行けなかったという話を聞いたことはない。

 しかし、今年異変が起こった。

またしても今年も忙しかった母は、2月最後の土曜日に花粉症の薬の処方を受けるために病院に行った。連日の残業で疲れていた母はアスファルトの小さな出っ張りに躓いて派手に転んだ。ラーメン店の前の出来事でちょうど出前から帰ってきたバイトのお兄ちゃんにまで心配される有様だった。

幸い骨折には至らなかったがアスファルトと喧嘩した手のひらと膝は見るからに痛々しかった。その時、遙加とは違って霊感はないが勘の鋭い母の頭によぎったのは雛人形のことだった。

本来雛人形は子供の健康と幸せを願って飾られるものである。そしてヒトガタとはその対象者の身代わりになるとも言われている。

親が子供を思って飾る雛人形。一般的には飾らないと子供に何かよくないことが起こると思われている。だかしかし、九条家では違っていた。なぜか遙加に何かが起きるのではなく母に異変が起きるのだ。

 これまでは飾らなくてもいつも雛人形のことを気にしていたのでそれは起こらなかった。しかし今年の母は忙しさと加齢のためか、すっかりと雛人形のことを忘れていた。すると何かを知らせるかのようにコメディー映画のようにバッタンと倒れてしまう事態に陥ってしまったのだった。

今年は怪我だったが、5年ほど前はインフルエンザにかかっていた。仕事が忙しすぎるせいだと思っていたがどうやら原因は他にあったようだ。

 九条家ではあまりにも遙加の霊感や彼女を守る力が強すぎるために、弾かれた災厄は母が身代わりとなって受け止めている。それは父よりも母の方が九条の血を濃く受け継いでいたからだった。

父は姓こそ九条だがかなりの遠縁で本家との繋がりは薄い。しかし母の母、遙加の祖母が九条本家の血を受け継いでいるので遙加の霊媒体質はその系統からだったのだ。遙加の母は勘は鋭いが霊能力はない。祖母の持つその能力は隔世遺伝で遙加へと受け継がれたのだった。

 4月の最初の日曜日。新学期も始まろうとする頃九条家の雛人形はやっと今年の仕事を終えた。

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