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それから
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工藤が片桐と約束してから1週間後。
彼は親友と一緒にホワイトバカラにやって来た。
「いらっしゃいませ」
テーブル席は埋まっているものの、どう言う訳かカウンター席はがらんとしていた。
迷うことなく2人は片桐の前に座った。
「片桐さん、こいつが俺の親友、渡辺裕司」
人の良さそうな笑顔を浮かべた渡辺が軽く頭を下げる。
「初めまして渡辺です。工藤がいつも大変お世話になっているようで、ありがとうございます」
「いいえ、今日はお越しいただきありがとうございます」
挨拶を済ませ世間話をしながら片桐は例のカクテルを作って2人の前に置いた。
「レモンで作ったギムレットです。さっぱりした飲み心地ですのでどうぞ」
2人は勧められたカクテルを少し眺めてからグラスに口をつけた。
「美味しいですね、私は好きです。工藤はどう?」
「俺も大丈夫、美味しい。ありがとう片桐さん」
「お口に合ったようで何よりです。そういえば渡辺様にはお姉様がいらっしゃると伺いました。お姉さまもお酒は嗜まれるのですか?」
姉の話が出た途端、工藤は食い入るように渡辺を見た。
「姉も酒が好きなんですが、今はちょっとした事情で飲めないんですよ」
「それはまた、理由をお聞きしても大丈夫ですか」
「はい。実は、工藤には伝えてなかったんだけど……姉は去年結婚して今お腹に赤ちゃんがいるんです。工藤、事後報告になって悪い」
渡辺は工藤の方へ向き直り深く頭を下げた。
工藤は親友の爆弾発言に目を大きく開けたまま固まってしまった。
その姿を見ていた片桐は落ち着いた口調で話を続ける。
「それはおめでとうございます。ご出産はいつ頃の予定ですか?」
「それが来月なので今旦那さんと一緒に里帰りしてるんです、我が家に。心配性は旦那さんで姉と離れたくないからって一緒に居候中です。でもうちの両親は賑やかになったって言って喜んでいるんですけどね。あっそうだ、姉さんに今日工藤と会うって話したら久し振りに会いたいって言ってたぞ」
そんな話を聞かされた工藤は今度は恨めしそうに渡辺を見た。
「…………何で教えてくれなかったんだよ、絵梨香さんが結婚したこと…………」
「結婚式は身内だけの質素なものだったし、俺も仕事で忙しかったから落ち着いたら話そうと思ってたんだよ。それにここの所お前他の女の子と会うのに忙しそうだったから男の俺とは会えなかっただろ……。だからもう姉さんのこと諦めたのかと思ったんだよ……悪かった……」
すると片桐が意外なことを言い出した。
「いいえ渡辺様。あなたは少しも悪くありませんよ。最近の工藤さんと言ったらこれでもかと言う位女性を取っ替え引っ替え。見ていて呆れる程モテていらっしゃいましたから」
工藤は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「まさか、やっと自分の気持ちに素直になったらもう既に手遅れだったなんて……何やってたんだよ俺は…………。あー、でも自業自得か……クソっ」
渡辺は言葉には出さずに心の中でだけ呟いた。
『工藤には悪いけど、昔から姉さんの恋愛対象ではなかったなんて言えなかったんだよ。本当にごめん。それにあれだけ仲の良い姉さん夫婦の間に入ることは天変地異が起きても不可能だと思うし』
渡辺が工藤にかける言葉を選んでいると先に片桐が言葉を発した。
「工藤さん。多分初恋だと思われるその恋の芽は、摘まれるどころか綺麗さっぱり根っこごと抜き取られたのです。土ごと持ち去られてしまったのですからすっぱりと諦めましょう。忘れた頃にまた次の花が咲くはずです」
「そうだな、姉さん結構鈍いから工藤の気持ち伝わってなかったと思うよ。俺が言っても説得力ないけど、またいい人見つかるよ。きっと」
工藤はジト目で順番に2人を睨むと大きくため息をついた。
「玉砕もできなかった代わりに渡辺、今夜はとことん付き合え。もちろんお前の奢りで」
「どうして俺の奢りなんだよ、お前から呼び出しておいて普通割り勘だろ……。でも分かったよ。今日はお前の気が済むまで付き合ってやるからちゃんと諦めるんだぞ、姉さんのこと」
「……努力する」
「工藤、諦めるための努力はするな。姉さんだけじゃなくて、女性のことを考えなくて済むように何かスポーツでもやってみたらどうだ。若い女性がいる小洒落たスポーツジムには行かないで、クライミングとかストイックに1人でできる方がいいんじゃないか」
それを聞いてやっと顔を上げた工藤。しかしその忠告には答える気は無いようで。
「……片桐さん、美味しいつまみをお願いします。あとおすすめのバーボンをロックで」
そして工藤は目の前にあるカクテルを一気に飲み干した。
その様子を見ていた片桐と渡辺は顔を見合わせる。
「マスター私にも同じものをお願いします。今夜は長い夜になりそうです……チーズの盛り合わせもお願いします」
「ありがとうございます。すぐご用意いたします」
その後、どれだけ工藤が彼女を好きだったかという話を延々と2人は聞かされた。
流石が親友とバーテンダー。嫌な顔をせずにそれに付き合った。
忘れられない程好きな相手に、知らない内に恋の芽を摘まれてしまっていた男。
本当は恋の芽どころか花を咲かせる寸前の大きな蕾にまで成長していた心。それが無惨にも一瞬で刈り取られてしまった。
その花は咲かせることができないまま、その命を終わらせてしまった。
だからなのだろう、未練たらたら工藤の話は続くのだった。
散々2人に失恋話を聞かせた工藤の復活は思いの外早かった。
それは周りが余りの立ち直りのあまりの速さに半ば呆れるほどだった。
『こいつは本当に恋をしていたのだろうか、それは単なる執着だったのではないのだろうか』と。
その直後にホワイトバカラで工藤好みの女性に遭遇するのは片桐によって巧妙に仕組まれた偶然という名の必然。
それを次の恋にするかどうかは工藤涼介、本人次第。
工藤が片桐に惚気話を語る日は、実はすぐ近くまで来ているのかも知れない。
彼は親友と一緒にホワイトバカラにやって来た。
「いらっしゃいませ」
テーブル席は埋まっているものの、どう言う訳かカウンター席はがらんとしていた。
迷うことなく2人は片桐の前に座った。
「片桐さん、こいつが俺の親友、渡辺裕司」
人の良さそうな笑顔を浮かべた渡辺が軽く頭を下げる。
「初めまして渡辺です。工藤がいつも大変お世話になっているようで、ありがとうございます」
「いいえ、今日はお越しいただきありがとうございます」
挨拶を済ませ世間話をしながら片桐は例のカクテルを作って2人の前に置いた。
「レモンで作ったギムレットです。さっぱりした飲み心地ですのでどうぞ」
2人は勧められたカクテルを少し眺めてからグラスに口をつけた。
「美味しいですね、私は好きです。工藤はどう?」
「俺も大丈夫、美味しい。ありがとう片桐さん」
「お口に合ったようで何よりです。そういえば渡辺様にはお姉様がいらっしゃると伺いました。お姉さまもお酒は嗜まれるのですか?」
姉の話が出た途端、工藤は食い入るように渡辺を見た。
「姉も酒が好きなんですが、今はちょっとした事情で飲めないんですよ」
「それはまた、理由をお聞きしても大丈夫ですか」
「はい。実は、工藤には伝えてなかったんだけど……姉は去年結婚して今お腹に赤ちゃんがいるんです。工藤、事後報告になって悪い」
渡辺は工藤の方へ向き直り深く頭を下げた。
工藤は親友の爆弾発言に目を大きく開けたまま固まってしまった。
その姿を見ていた片桐は落ち着いた口調で話を続ける。
「それはおめでとうございます。ご出産はいつ頃の予定ですか?」
「それが来月なので今旦那さんと一緒に里帰りしてるんです、我が家に。心配性は旦那さんで姉と離れたくないからって一緒に居候中です。でもうちの両親は賑やかになったって言って喜んでいるんですけどね。あっそうだ、姉さんに今日工藤と会うって話したら久し振りに会いたいって言ってたぞ」
そんな話を聞かされた工藤は今度は恨めしそうに渡辺を見た。
「…………何で教えてくれなかったんだよ、絵梨香さんが結婚したこと…………」
「結婚式は身内だけの質素なものだったし、俺も仕事で忙しかったから落ち着いたら話そうと思ってたんだよ。それにここの所お前他の女の子と会うのに忙しそうだったから男の俺とは会えなかっただろ……。だからもう姉さんのこと諦めたのかと思ったんだよ……悪かった……」
すると片桐が意外なことを言い出した。
「いいえ渡辺様。あなたは少しも悪くありませんよ。最近の工藤さんと言ったらこれでもかと言う位女性を取っ替え引っ替え。見ていて呆れる程モテていらっしゃいましたから」
工藤は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「まさか、やっと自分の気持ちに素直になったらもう既に手遅れだったなんて……何やってたんだよ俺は…………。あー、でも自業自得か……クソっ」
渡辺は言葉には出さずに心の中でだけ呟いた。
『工藤には悪いけど、昔から姉さんの恋愛対象ではなかったなんて言えなかったんだよ。本当にごめん。それにあれだけ仲の良い姉さん夫婦の間に入ることは天変地異が起きても不可能だと思うし』
渡辺が工藤にかける言葉を選んでいると先に片桐が言葉を発した。
「工藤さん。多分初恋だと思われるその恋の芽は、摘まれるどころか綺麗さっぱり根っこごと抜き取られたのです。土ごと持ち去られてしまったのですからすっぱりと諦めましょう。忘れた頃にまた次の花が咲くはずです」
「そうだな、姉さん結構鈍いから工藤の気持ち伝わってなかったと思うよ。俺が言っても説得力ないけど、またいい人見つかるよ。きっと」
工藤はジト目で順番に2人を睨むと大きくため息をついた。
「玉砕もできなかった代わりに渡辺、今夜はとことん付き合え。もちろんお前の奢りで」
「どうして俺の奢りなんだよ、お前から呼び出しておいて普通割り勘だろ……。でも分かったよ。今日はお前の気が済むまで付き合ってやるからちゃんと諦めるんだぞ、姉さんのこと」
「……努力する」
「工藤、諦めるための努力はするな。姉さんだけじゃなくて、女性のことを考えなくて済むように何かスポーツでもやってみたらどうだ。若い女性がいる小洒落たスポーツジムには行かないで、クライミングとかストイックに1人でできる方がいいんじゃないか」
それを聞いてやっと顔を上げた工藤。しかしその忠告には答える気は無いようで。
「……片桐さん、美味しいつまみをお願いします。あとおすすめのバーボンをロックで」
そして工藤は目の前にあるカクテルを一気に飲み干した。
その様子を見ていた片桐と渡辺は顔を見合わせる。
「マスター私にも同じものをお願いします。今夜は長い夜になりそうです……チーズの盛り合わせもお願いします」
「ありがとうございます。すぐご用意いたします」
その後、どれだけ工藤が彼女を好きだったかという話を延々と2人は聞かされた。
流石が親友とバーテンダー。嫌な顔をせずにそれに付き合った。
忘れられない程好きな相手に、知らない内に恋の芽を摘まれてしまっていた男。
本当は恋の芽どころか花を咲かせる寸前の大きな蕾にまで成長していた心。それが無惨にも一瞬で刈り取られてしまった。
その花は咲かせることができないまま、その命を終わらせてしまった。
だからなのだろう、未練たらたら工藤の話は続くのだった。
散々2人に失恋話を聞かせた工藤の復活は思いの外早かった。
それは周りが余りの立ち直りのあまりの速さに半ば呆れるほどだった。
『こいつは本当に恋をしていたのだろうか、それは単なる執着だったのではないのだろうか』と。
その直後にホワイトバカラで工藤好みの女性に遭遇するのは片桐によって巧妙に仕組まれた偶然という名の必然。
それを次の恋にするかどうかは工藤涼介、本人次第。
工藤が片桐に惚気話を語る日は、実はすぐ近くまで来ているのかも知れない。
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