上 下
28 / 42

雪になりきれない雨

しおりを挟む

「待てよ」
夕方の少し前、随分とトゲのある声で呼び止められた。
「待ち伏せかい?」
見た事ある顔だ。勿論こうして会うのは初めてだが。
「キミは、シャズ君のお友達だったかな?」
「まーな」

ビトリー君はお喋りだと報告を受けていたが、案外無口だ。下を向いている。
「・・・て・・・れ」
何か呟いた。プライド高く、謝っても頭を下げることを嫌うと聞いていた。報告に問題ありか?

「アイツに、返してやれ・・・」
「何を?言うならさっさと言ってくれないか?僕は君たちと違ってヒマじゃないんだ」
キッとコッチを睨みつけてくる。
「アイツに!リーシュを返してやれ!!」
「クスッ。それだけ言う為にわざわざここで待ち伏せしていたのかい?ヒマなんだね~羨ましいよ」
「そんな事どうでもいい!どうなんだ!」
「・・・キミは僕の怒りに触れた。1つ僕の時間を無駄にした事。2つリーシュを物扱いした事
「な!!それは!」
「あ、今ので増えてしまった。3つ僕の話を遮った事。そして最後の4つ目。キミは僕に頼んでいるんだろ?そんな顔していると命令されているみたいでとても気分が悪いね」
「・・・っ!わ、悪かったよ」

中々言う事を聞かない性格の人間に命令するのは気分が良い。悔しがりながらも言う通り、思う通りに動くのは正解しかないクイズだ。人通りが少ないこの場所でなら存分にクイズができる。
「それだけかい?第一、ボクの婚約者を横から攫っているのはキミたちの方じゃないか。キミ達こそ、ボク達のテリトリーから出て行けよ!!」
「っ・・・!」
シャズは案外手よりも口で勝つタイプだ。普段の口の悪さがこういう時には役に立つ。
あの時は見事に打ち負かされてしまったが、彼の場合はシャズのストッパーとなり、止める方が向いている。
平和主義の熱血お節介は引っ込んでいてほしい。

彼は膝をついて頭を下げた。肩が震えている。
なるほど。プライドが高いのは間違いないが、友情とやらに熱い男という報告は当たっていたみたいだ。
ビトリーはガバッと頭を下げる。
「頼む。何でも言う事聞くから!リーシュを諦めてくれ!一生かかってでも、いい女みつける!だから・・・」
「何でも?一生?どうしてキミがそこまで言うんだよ。関係無いだろ」
「シャズが!・・・シャズ、リーシュと会う前はホントにヤベー奴だったんだよ。笑わないし、喋んねーし、泣かねーし」
「よく聞く話だね」
「ああ、そうだな。・・・昔の話だけどさ、何でアイツ、引き取られてからすぐに施設に戻ったかは知ってるのか?」
「いいや。誰も喋らなかったよ」
「だよな。引き取られて直ぐはみんな普通大人しくしてるもんだよな」
「引き取った家族が全員亡くなっているらしいね。毒でも盛ったんじゃないか?」
「あー、そう考えてんのか」
「違うのかい?」
「・・・引き取ったのは若い夫婦と婆さんの家族だった。婆さんは友達を作るのが何より苦手で、嫌いな奴と関わろうとしたシャズを見抜いて優しかったよ。散歩だー。つってオレらの孤児院近くに来てはよく遊んでもらった。でもな、その婆さん、家族と上手くいってなかったんだよ」
「なるほどね」
「オレらのいた孤児院に通いつめてたのがバレて、関係は益々悪化しちまった。シャズはたまたま婆さんが虐待されてるの見ちまってさ、カッとなって、旦那さんは病院送りだよ」
「当時はまだ子供だろ?」
「ああ、小学校低学年だよ。ヤバすぎだろ?」
「そうだね」
「シャズもボロボロだったから、喧嘩だって処理された。病院から施設に戻ったシャズに、先生達は大抵怖がって近づきもしない。腫物みたいに扱われてたよ。その後、婆さんは亡くなったって聞いた。旦那さんと奥さんは引っ越す事になった。それを聞いてシャズ、反省して、家に行って車を綺麗に洗ったんだ。でも、その車で運転して事故で亡くなった」
「それは疑われるのが当たり前だね」

ビトリーは下を向きながら力なく笑う。
「シャズはただ洗っただけだよ。夫婦は車が好きだったから」
「ふーん。それより、シャズ君はコックよりも格闘家の方が向いているんじゃないかな?」

何も知らないくせに、上部だけで決めつけてシャズの古傷を抉った奴が許せない気持ちがキッと睨ませる。
「アイツ、加減を知らないんだよ!ガキの頃虐待されて育ったから!!痛いってわからないんだよ!」
「感覚が無いんじゃないかい?」
ユージュアルは腕を組んで壁にもたれた。興味無さそうにして段々とイライラしてくる。
「感覚はある!そん時も何本か骨折れてたよ。痛みに耐えすぎて心で痛いって感じられなくなっちまった。自分の事全く大事にしないだけだよ。でも、リーシュと出会ってアイツ変わったよ!穏やかな顔して、スゲ~幸せそうで・・・」

施設に戻ったシャズに優しかったのは園長先生だけだった。その先生に不満を溜め込みすぎるな。嫌だったら嫌だって言っていいと言われて、少しずつ時間をかけてシャズの心の傷を癒やしていったんだ。
それでも古傷はカサブタみたいになって残っていた。触られると強く拒否反応を示すようになり、自分にとって少しでも敵になりそうな人が現れると酷く警戒してしまう。
それはもう人間不信に近い状態だった。

リーシュと出逢ったのはそんな時だ。いつのまにかトゲが取れていき、近寄る事さえしなかったクラスメイトがリーシュとの仲をからかう事が出来るようになったんだ。
なのに、カサブタが剥がれようとしてしまっている。もう少しだけ、せめて以前の環境に戻ってほしい。

いきなり視界が揺れた。
蹴り飛ばされたと気づくのに時間がかかった。
「暑苦しいね?それが友情かい?頼まれてもいないのに?」
「頼まれなきゃ心配しちゃいけねーのかよ!?崖から落ちそうなヤツ助けちゃいけねーって言うのか!?」
上体を起こしながら睨まないように下を向く。頼んでいる身だ。我慢だ。
「泣かないでくれないかい?みっともない。ボクには関係ないよ」
「俺、もうあんなシャズ見てらんねーんだよ!頼む!」
あの頃のシャズに戻ってほしくない。土下座でも何でもする!
「じゃあ見なければいいんじゃないかな?話は終わりだ。君たちに光溢れたリーシュは似合わないよ。じゃあね」
こっちを見ようともしない。ヤバい。このままシャズが・・・!
「ま、待ってくれ!!頼むよ!」
ビトリーは泣きじゃくりながら立ち上がるのも忘れて何とかユージュアルの足首を掴んだ。
ユージュアルはニコリと笑ってビトリーの手を足で払い飛ばした。ビトリーは地面を転がり、ゴミ捨て場でうつ伏せの状態で止まった。
ユージュアルはそのまま歩いて去っていった。

「くっそおおおおおオオオオ!!」
ビトリーはそのままの体制で拳を地面に打ちつけ、いつまでも泣きじゃくっている。その背中には雪になりきれない雨が降り出しはじめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

夫が妹と駆け落ちしました。二度と戻れないようにしたうえで、私は新しい旦那様と生きていきます。

Hibah
恋愛
ある日、置き手紙が残されていました。内容は、旦那様と妹との駆け落ち……。私は怒りと悲しみでいっぱいになりました。二人を二度と帰って来られないようにし、私は私で幸せを掴みます。

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

【完結】何も知らなかった馬鹿な私でしたが、私を溺愛するお父様とお兄様が激怒し制裁してくれました!

山葵
恋愛
お茶会に出れば、噂の的になっていた。 居心地が悪い雰囲気の中、噂話が本当なのか聞いてきたコスナ伯爵夫人。 その噂話とは!?

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...