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第四出動 月花の心の扉を壊せ! ④
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●●●
月花は食材を買いにスーパーに足を運んでいた。
料理は苦ではない。自分で献立を考え、スーパーで食材を自分の目で選んで買い物をして調理するのは飽きが来なくて楽しい。
今この時くらいは嫌なことも全て忘れて楽しむ――
「学院は休んでるくせに、買い物には来るのね」
――ことは簡単には許されないようだ。
「大平、さん……」
声をかけてきたのは月花のクラスメイト、大平だった。
ここで遭遇するとは夢にも思っていなかった月花は動揺を隠せない。危うく買い物カゴを落としかけた。
「体調が悪くても、料理は私がしないと、だから」
「ふぅん」
大平は月花が持っている買い物カゴの中身を一瞥するも、それ自体には興味がなかったのか月花の顔に視線を戻す。
「ねぇ、買い物済ませたら近くの公園に行かない? 話がしたいんだけど」
「うん、平気だよ」
月花は買い物を終えると、エコバッグを半分持ってくれた大平と公園に向かった。
公園に辿り着くと、ベンチにエコバッグを置いた。
月花は立川との一件を嫌でも思い出してしまい、苦い気分になる。
「立川くんへの告白、残念だったねー」
公園のベンチに腰掛けた大平は邪悪な笑みを作り、
「でもね。私、はじめっからこうなるって分かってたんだぁ」
自分より背が高い月花を相手に、足を組んで見下ろすように顔を上げて言い放った。
「………………」
月花は大平から初めて放たれる雰囲気に圧されて言葉が出ない。
「分かってて、あんたの想い人をみんなの前でバラして、あんたが動かざるを得ない状況を作り上げたの」
彼女の語り草から悪気は感じられない。
つまり、後ろめたい気持ちなど微塵も持たずに一連の流れを生み出したようだ。
「ワースト5? レンジャー? どっちでもいいけど――アイツらがあんたのサポートをしたのも私にとっては好都合だった。何もかもが私の思うがままの展開になったわ」
「こんなことをしたのには、何か、理由が……?」
ようやく声が出せる状態に戻った月花は大平に理由を尋ねた。
「理由?」
月花の問いに、大平は整ったつり眉をピクリと反応させてベンチから立ち上がると、
「私は高等部に進学してからずっとあんたが目障りだったのよ。お高くとまって、高嶺の花とか揶揄されて、ちやほやされていい気になって。自分から行動しない、ただ止まって誰かから手を差し伸べられるのを待つだけの花だったあんたがね!」
月花の顔に指を差して感情むき出しで強く言い放った。
「だから私はあんたが綺麗で無傷な高嶺の花ではいられないようにしてやろうと考えたの」
大平は視線を落とし、地面を見つめながら続ける。
「今のあんたはタンポポの種よ。私が息吹いて飛ばして、どこに向かうか分からず、ただ風の流れに身を任せるだけ」
種がついたタンポポを一房見つけた大平は、しゃがみこんで息を吹いて飛ばす。
タンポポの種は風に押し流されて、やがて人の目では見えないところまで飛んでいった。
「けれど、着地した場所がどこであれ、もう自分の力で踏み締めるしか道は残されてないのよ」
大平は再度、矢のような視線で月花を見据える。
その迫力に、月花は瞬時に目を逸らしてしまった。
「――どう? 何か言いたいことでもあるかしら?」
「…………わ、私は」
月花は震える声と唇を必死に抑え込みながら言葉を吐き出そうとする。
「……私は、はじめから高嶺の花なんかじゃ、ない」
「は?」
立ち上がって嫌悪の目を向けてくる大平に対して、月花は俯きながらも声を張り上げる。
「私は……! 自分を高嶺の花なんて思ってないし、望んでも、いなかった……! 周りに囃し立てられて、勝手に高嶺に植えられただけ……!」
「なにそれ――だったら尚更どうして、それを自分の口で叫ばなかったの!? あんたに足りないのはそこじゃないの!? 他人のせいにしたって意味ないでしょ!」
強い風が二人の髪を靡かせる。
大平は左手を腰に当て、右手で靡く髪を押さえて「あとさ」と前置きして続ける。
「あんたは一人なのよ。一人じゃないと言ってくれる人がいたとしても、その人は本当にあんたのことを受け入れてくれてるのかなぁ?」
事実、月花は立川にフラれた。受け入れてはもらえなかった。
「仮に立川くんがあんたをひとりぼっちじゃいさせなかったとしても、彼の大切なたった一人とはまた別のお話」
立川は小沢を選んだのだ。彼の中のオンリーワンポジションは小沢だけの特等席だ。
「立川くんはあんたのネガティブを直す道具でも治療薬でもないのよ」
大平の言葉が月花の脳裏にずしんと衝撃を与えてくる。
私は、自分を変えたいと口では言ってても、結局は誰かしらに依存して、縋っていなければ何もできていなかった。
眼前のクラスメイトの言葉で傷ついているのは、図星を突かれているからに他ならない。
「ねぇ、こんなこと言われて悔しくないの? 私に何度も嫌な思いをさせられて、なんの感情も湧いてこない?」
月花はスカートの丈をきゅっと強く握り締めるだけで言葉が出てこない。
大平は消極的な月花の態度がたいそうお気に召さなかったようで、
「怒ってみなさいよ! コイツムカつくって、感情をむき出しにしてみなさいよ! それこそ橋本や村野のようにさ!」
月花をこれでもかというほど扇動してみるが、結局アクションはなく。
「……はぁ」
やがて、燃え上がっていた大平の心も瞬時に冷え込み。
「呆れた。ここまで言ってもなお、言い返してこないのね。――明日、あんたが立川くんに告白してフラれたこと、クラスのみんなに拡散するから」
嘆息して、月花をきつくきつく睨む。その感情は落胆か失望か。
「その、いつまでもウジウジと湿った性格をしてる限り、あんたは一生一人でしょうね。せいぜい家族にでも泣きついてれば?」
苦い言葉を吐き捨てて大平は歩き出す。
が、すぐに立ち止まる。振り向くことはしない。
「――あんたの敗北は最初から決まってたのよ……でも、自分の気持ちを伝えないと、結果なんて分からないよね。立川くんたちが付き合ってるか分からない以上、ワンチャンに賭けるのは悪くなかったわ」
先ほどまでとは打って変わって、大平は穏やかなトーンで月花に寄り添うように語る。
「あんたみたいな美人はある意味損よね。無口で他人との交流をシャットアウトしてるとお高くとまってると言われて、八方美人だと信者は生まれるだろうけど同時にぶりっ子すんなって層も出てくる」
大平は一息整えて苦笑する。
「結局アンチは生まれるのよ。どちらかを選ばなきゃいけないのなら、私は後者の方がマシだと思うな。そこを目指したら? 目を背けない道を選んだら?」
大平は「ま、知らないけど」と締めくくって去っていった。
一人残された月花は花壇に咲く花々を眺めながら思う。
(そっか――私、大平さんの策に嵌められてたんだ)
大平からしてみれば、月花がフラれることも既定路線だった。その上でけしかけてきたのだ。まんまと彼女の掌の上で踊らされてしまっていた。
(あんな風に直接言われたのははじめてだったな)
大平の心理は計りかねるが、ここまで表立って敵意を露わにされたのははじめてだった。
過去にも間接的な手口や陰湿な手段で嫌がらせを受けた経験は多々ある。
しかし、今回は闘争心むき出しのド直球でハートを粉々に打ち砕かれた感がある。
(けれど、大平さんは私に嫌がらせというよりかは、挑発していた……?)
一連の自分への態度がどうにも引っかかった。
月花とタイプは異なるが、大平もアイドル並みのルックスを誇っている。
その上で強引さや確固たる意志の強さを持ち続けているのだろう。自分にはない芯の強さが、月花には眩しくも感じた。
だが、月花にはそれ以上に不安に感じる要素が生まれてしまった。
(私のことを友達だと、一人じゃないと思ってくれてる人なんて、本当にいるのかな)
ワーストレンジャーの面々を思い浮かべるが、彼らだってまだ話しはじめて半月程度だ。月花視点では、少なくとも気心が知れた仲までは達していない。
本当は嫌々だったり義務感だったり、私が可哀想だからと考えただけで胸にぞわりと嫌な感覚がして、暗黒にまとわりつかれる。
せっかく得た大切なものを、失いたくない。
けれど、自分にできることって何?
(ワーストレンジャーと出会わなければよかったの……?)
ワーストレンジャーとして活動できるのも今年限りかもしれない。
来年にはクラス替えがあるが、各学年A~I組の9クラスもあるため、再び全員が同じクラスになる可能性はかなり低い。
もし、立川だけでなく彼らまで自分を置いて先に進んでしまったら。
(私、どうすればいいの……?)
未来に危機感と怯えを抱いていると。
月花は食材を買いにスーパーに足を運んでいた。
料理は苦ではない。自分で献立を考え、スーパーで食材を自分の目で選んで買い物をして調理するのは飽きが来なくて楽しい。
今この時くらいは嫌なことも全て忘れて楽しむ――
「学院は休んでるくせに、買い物には来るのね」
――ことは簡単には許されないようだ。
「大平、さん……」
声をかけてきたのは月花のクラスメイト、大平だった。
ここで遭遇するとは夢にも思っていなかった月花は動揺を隠せない。危うく買い物カゴを落としかけた。
「体調が悪くても、料理は私がしないと、だから」
「ふぅん」
大平は月花が持っている買い物カゴの中身を一瞥するも、それ自体には興味がなかったのか月花の顔に視線を戻す。
「ねぇ、買い物済ませたら近くの公園に行かない? 話がしたいんだけど」
「うん、平気だよ」
月花は買い物を終えると、エコバッグを半分持ってくれた大平と公園に向かった。
公園に辿り着くと、ベンチにエコバッグを置いた。
月花は立川との一件を嫌でも思い出してしまい、苦い気分になる。
「立川くんへの告白、残念だったねー」
公園のベンチに腰掛けた大平は邪悪な笑みを作り、
「でもね。私、はじめっからこうなるって分かってたんだぁ」
自分より背が高い月花を相手に、足を組んで見下ろすように顔を上げて言い放った。
「………………」
月花は大平から初めて放たれる雰囲気に圧されて言葉が出ない。
「分かってて、あんたの想い人をみんなの前でバラして、あんたが動かざるを得ない状況を作り上げたの」
彼女の語り草から悪気は感じられない。
つまり、後ろめたい気持ちなど微塵も持たずに一連の流れを生み出したようだ。
「ワースト5? レンジャー? どっちでもいいけど――アイツらがあんたのサポートをしたのも私にとっては好都合だった。何もかもが私の思うがままの展開になったわ」
「こんなことをしたのには、何か、理由が……?」
ようやく声が出せる状態に戻った月花は大平に理由を尋ねた。
「理由?」
月花の問いに、大平は整ったつり眉をピクリと反応させてベンチから立ち上がると、
「私は高等部に進学してからずっとあんたが目障りだったのよ。お高くとまって、高嶺の花とか揶揄されて、ちやほやされていい気になって。自分から行動しない、ただ止まって誰かから手を差し伸べられるのを待つだけの花だったあんたがね!」
月花の顔に指を差して感情むき出しで強く言い放った。
「だから私はあんたが綺麗で無傷な高嶺の花ではいられないようにしてやろうと考えたの」
大平は視線を落とし、地面を見つめながら続ける。
「今のあんたはタンポポの種よ。私が息吹いて飛ばして、どこに向かうか分からず、ただ風の流れに身を任せるだけ」
種がついたタンポポを一房見つけた大平は、しゃがみこんで息を吹いて飛ばす。
タンポポの種は風に押し流されて、やがて人の目では見えないところまで飛んでいった。
「けれど、着地した場所がどこであれ、もう自分の力で踏み締めるしか道は残されてないのよ」
大平は再度、矢のような視線で月花を見据える。
その迫力に、月花は瞬時に目を逸らしてしまった。
「――どう? 何か言いたいことでもあるかしら?」
「…………わ、私は」
月花は震える声と唇を必死に抑え込みながら言葉を吐き出そうとする。
「……私は、はじめから高嶺の花なんかじゃ、ない」
「は?」
立ち上がって嫌悪の目を向けてくる大平に対して、月花は俯きながらも声を張り上げる。
「私は……! 自分を高嶺の花なんて思ってないし、望んでも、いなかった……! 周りに囃し立てられて、勝手に高嶺に植えられただけ……!」
「なにそれ――だったら尚更どうして、それを自分の口で叫ばなかったの!? あんたに足りないのはそこじゃないの!? 他人のせいにしたって意味ないでしょ!」
強い風が二人の髪を靡かせる。
大平は左手を腰に当て、右手で靡く髪を押さえて「あとさ」と前置きして続ける。
「あんたは一人なのよ。一人じゃないと言ってくれる人がいたとしても、その人は本当にあんたのことを受け入れてくれてるのかなぁ?」
事実、月花は立川にフラれた。受け入れてはもらえなかった。
「仮に立川くんがあんたをひとりぼっちじゃいさせなかったとしても、彼の大切なたった一人とはまた別のお話」
立川は小沢を選んだのだ。彼の中のオンリーワンポジションは小沢だけの特等席だ。
「立川くんはあんたのネガティブを直す道具でも治療薬でもないのよ」
大平の言葉が月花の脳裏にずしんと衝撃を与えてくる。
私は、自分を変えたいと口では言ってても、結局は誰かしらに依存して、縋っていなければ何もできていなかった。
眼前のクラスメイトの言葉で傷ついているのは、図星を突かれているからに他ならない。
「ねぇ、こんなこと言われて悔しくないの? 私に何度も嫌な思いをさせられて、なんの感情も湧いてこない?」
月花はスカートの丈をきゅっと強く握り締めるだけで言葉が出てこない。
大平は消極的な月花の態度がたいそうお気に召さなかったようで、
「怒ってみなさいよ! コイツムカつくって、感情をむき出しにしてみなさいよ! それこそ橋本や村野のようにさ!」
月花をこれでもかというほど扇動してみるが、結局アクションはなく。
「……はぁ」
やがて、燃え上がっていた大平の心も瞬時に冷え込み。
「呆れた。ここまで言ってもなお、言い返してこないのね。――明日、あんたが立川くんに告白してフラれたこと、クラスのみんなに拡散するから」
嘆息して、月花をきつくきつく睨む。その感情は落胆か失望か。
「その、いつまでもウジウジと湿った性格をしてる限り、あんたは一生一人でしょうね。せいぜい家族にでも泣きついてれば?」
苦い言葉を吐き捨てて大平は歩き出す。
が、すぐに立ち止まる。振り向くことはしない。
「――あんたの敗北は最初から決まってたのよ……でも、自分の気持ちを伝えないと、結果なんて分からないよね。立川くんたちが付き合ってるか分からない以上、ワンチャンに賭けるのは悪くなかったわ」
先ほどまでとは打って変わって、大平は穏やかなトーンで月花に寄り添うように語る。
「あんたみたいな美人はある意味損よね。無口で他人との交流をシャットアウトしてるとお高くとまってると言われて、八方美人だと信者は生まれるだろうけど同時にぶりっ子すんなって層も出てくる」
大平は一息整えて苦笑する。
「結局アンチは生まれるのよ。どちらかを選ばなきゃいけないのなら、私は後者の方がマシだと思うな。そこを目指したら? 目を背けない道を選んだら?」
大平は「ま、知らないけど」と締めくくって去っていった。
一人残された月花は花壇に咲く花々を眺めながら思う。
(そっか――私、大平さんの策に嵌められてたんだ)
大平からしてみれば、月花がフラれることも既定路線だった。その上でけしかけてきたのだ。まんまと彼女の掌の上で踊らされてしまっていた。
(あんな風に直接言われたのははじめてだったな)
大平の心理は計りかねるが、ここまで表立って敵意を露わにされたのははじめてだった。
過去にも間接的な手口や陰湿な手段で嫌がらせを受けた経験は多々ある。
しかし、今回は闘争心むき出しのド直球でハートを粉々に打ち砕かれた感がある。
(けれど、大平さんは私に嫌がらせというよりかは、挑発していた……?)
一連の自分への態度がどうにも引っかかった。
月花とタイプは異なるが、大平もアイドル並みのルックスを誇っている。
その上で強引さや確固たる意志の強さを持ち続けているのだろう。自分にはない芯の強さが、月花には眩しくも感じた。
だが、月花にはそれ以上に不安に感じる要素が生まれてしまった。
(私のことを友達だと、一人じゃないと思ってくれてる人なんて、本当にいるのかな)
ワーストレンジャーの面々を思い浮かべるが、彼らだってまだ話しはじめて半月程度だ。月花視点では、少なくとも気心が知れた仲までは達していない。
本当は嫌々だったり義務感だったり、私が可哀想だからと考えただけで胸にぞわりと嫌な感覚がして、暗黒にまとわりつかれる。
せっかく得た大切なものを、失いたくない。
けれど、自分にできることって何?
(ワーストレンジャーと出会わなければよかったの……?)
ワーストレンジャーとして活動できるのも今年限りかもしれない。
来年にはクラス替えがあるが、各学年A~I組の9クラスもあるため、再び全員が同じクラスになる可能性はかなり低い。
もし、立川だけでなく彼らまで自分を置いて先に進んでしまったら。
(私、どうすればいいの……?)
未来に危機感と怯えを抱いていると。
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