ワーストレンジャー

小鳥頼人

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第二出動 月花プロデュース大作戦! ②

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「本日もお勤めご苦労様ぁっと!」
 あっという間に放課後となった。
 それもそのはず。銀次は午後の二科目しか授業を受けていないのだから、放課後が早く感じられるのは当然の心境だ。
「村野、お前授業理解できたのか?」
「あー、そんなこと言うと銀ちゃんにはノート貸してあげないぞ?」
「スンマセン、マジスンマセン。貸してくだせぇ」
 授業をサボりがちな銀次は、日々きっちりと板書を写している鉄平からよくノートを借りている。だから鉄平に関しては絡んできたら雑にこそ扱うものの、完全に無碍むげにはできない。
「で? 村野、説明してもらおうか。今日こそ橋本が僕に土下座すると聞いたから、わざわざ残ったんだが?」
 教室にはワーストレンジャーの面々が昨日と同じ配置についていた。
 昨日に続き、ワーストレンジャーの活動に最も懐疑的な男も教室に残っていた。
「昨日と全く同じ手口に引っかかるテメェもどうかと思うがな。学習能力ゼロかよ」
「君の土下座だぞ? 本当だとしたら是が非でも見逃せないだろう」
「悪趣味だな」
 銀次の土下座が見たいと笑顔で言い切った優に銀次はドン引きした。今のところ、優が笑顔になるのは銀次が土下座する話題の時だけだからだ。
「はいご説明します。銀ちゃんの土下座の予定でしたが一部内容を変更して、みんなで時雨さんのサポートを行いたいと思いまーす」
「一部じゃねぇ全部だわ!」
 鉄平の無理矢理すぎるやり口に銀次も閉口へいこうする。こいつの行動力はどこから沸いてくるのだろうか。
「一ついいか?」
 声を上げた真紀に全員が耳を傾ける。
「休み時間に話してて思ったんだが、月花は話す際に相手と目を合わせていない。相手の表情を見ることに対して恐怖を抱いているように見える」
 真紀が月花の会話時の改善点について持論を展開する。
「相手の表情が見えなければいいのに、なんて考えてないか? そんな月花にオススメの魔法がある。【ダークネス】。自分の目が見えなくなる魔法だ」
「んなことしたら会話はおろか、日常生活すらままならねぇだろ!」
 視界が闇に覆われれば、相手の表情が見えなくなる以上の弊害があまりにも大きすぎる。
「ま、そもそも真紀にそんな力はない。諦めるんだ」
「鉄平、よほどわたしの魔法の餌食になりたいようだな? ウォーターバスター!」
「わー水って叩かれるように当たると結構痛いんだーぁ」
「いちいち脱線するな。必要なことだけ話せよ。時間がもったいないだろう」
 独自の世界に突入しかける二人を制したのは優だった。
 優の意見はもっともだ。ただし、それが重要な話や仕事であれば。
「会議でも仕事でもねぇただの雑談なんだから、多少の脱線で和気藹々わきあいあいとするのも悪かねぇだろ」
「僕はただの雑談に一分一秒でも時間をつぎ込みたくないの。分かる?」
「んなピリピリしてたら長生きできねぇぞ?」
「他校のチンピラに喧嘩ふっかける君には言われたくない」
「それを言われちゃ何も返せねぇ」
「話し合いをするなら効率と章立てをだな――」
「月花は話す際に相手のおでこに視線を当てるといいぞ」
「百瀬、しれっと話の流れを修正しやがったね……」
 自らの主張を遮って月花にまともなアドバイスを送る真紀に優はたじろいだ。どこまでもマイペースな自称魔法少女である。
「よーっし、とにかく練習あるのみ! 時雨さん、十秒間オレのおでこを見れるかな?」
「え……」
 鉄平が自分のおでこを指差すので月花は尻込みするが、
「さぁやってみよう!」
 鉄平は早く早くと言わんばかりにおでこを人差し指でつんつんしている。
「う、うん」
 月花は鉄平のおでこを見つめる。
 ――が、やはり慣れない行為のせいか月花の顔は朱に染まり、視線は度々泳ぎ、瞬きを連発している。相当緊張していると見受けられる。
 だが月花が鉄平に惚れているなんてことはひとかけらもない。悲しいかな、それが現実だ。
 しかし、異変は月花だけに発生したわけではない。
 そう、この男もである。
「おお、おおおお、おおおおおお」
「やべっ、村野がハイパー村野になっちまう」
 銀次は鉄平が月花に危害を加えぬよう彼女の前に立つが、
「興奮するぜーーーーーーーーーーっ!!」
 鉄平は上履きを脱いで廊下へと飛び出して――――

『がびょーーん!! 画鋲がびょう踏んだーーっ!!』

 …………華麗に保健室行きが決定した。

 銀次は鉄平とともに保健室に入る。
「銀ちゃん、付き添いありがとね――にしてもいってぇ」
「上履きを脱ぐからだ、アホが」
「出た! みんなしてオレをアホ呼ばわりする!」
「事実だからしゃあねぇだろ」
 あいにく保健室には誰もいなかったため、銀次は鉄平の足裏に消毒液を塗り、絆創膏を貼って包帯を軽く巻いた。
「深くいかなかったのが不幸中の幸いだったな」
「いてて……銀ちゃん――二人きりだね」
「気色悪ぃことぬかすな」
「いっでぇ! 患部かんぶをつつくなよ」
「落ち着いたら戻るぞ。お前も歩けないほどじゃねぇんだろ?」
「まぁね――オレさ、今楽しいよ。こうしてワースト5の奴らとバカ話してるのが楽しいんだ」
 いつも騒がしい鉄平らしからぬ穏やかな笑み。
「お前はワースト5以外にも友達はいるだろ?」
 男限定ではあるが、鉄平はそれなりに交友関係を築いている。
「そうだけどさ、ワースト5の奴らはアクが強くて絡むと新鮮なんだよな。ある意味あのランキングが発表されてよかったって思うんだ」
「陽キャの極みだな」
 鉄平はどこまでも前向きな男だ。まだあの面子めんつで話しはじめて一日しか経っていないのに、自分なりの楽しさを見出している。
 実にもったいない。こんなにいい奴なのに、変態という呪いのかせが鉄平をワースト三位までいざなってしまった。女子生徒からの評判は聞くに耐えない。
 だが、今の銀次には別件で気がかりな事案があった。
「ところで今あの三人を教室に残してるのがすごく不安だ」
「あー……会話にならなそうだな」
 教室に残っているのは月花、優、真紀の三人だ。
 優は我関せずの姿勢が強く、真紀の話は返答に困る内容のものが多い。しかし月花が自らあの二人に話題を振れるとは到底思えない。
 特に優が場の空気を壊していないか、銀次は心配だった。
「考えるだけで気が滅入るが、そろそろ戻るわ」
「オレも行くよ」
「足は平気か? 無理すると直るもんも直んねぇぞ」
「平気平気。オレ、こう見えても頑丈でいい身体してるからさ。銀ちゃんは身をもって味わってるでしょ?」
「初耳だから。笑えねぇジョークはやめろ。いい加減殴り倒すぞ」
「それもそれで気持ちいいかもしれないね」
「ドMか!」
 殴られることにすら快感を見い出す鉄平のポジティブさに恐れ入った銀次であった。

 おずおずと銀次はB組の教室の扉を開けて、中へと入る。
「だからわたしは魔法使いを志すことにしたんだっ!」
「ほぉー」
 無言で重苦しい雰囲気が漂っているかと思いきや、普通に会話していたようで銀次はホッと安堵の溜息を漏らした。
 真紀でも普通の会話ができたようだ。結局魔法関連のようではあったけども。
「待たせたな、時雨さん! ご覧の通りオイラは無事に帰って参りました!」
「おぉ、まだ死んでなかったか。やはり貴様は盾役が向いてるな」
「だからオレをその一団に入れるなと――」
 と、人数に違和感を感じた鉄平が、
「あれ? 優はどうした?」
「奴は帰ったぞ」
 優の行方を問うと、真紀が答えた。
 優は銀次たちが教室から出ていってすぐに帰ってしまったとのこと。
「あいつはいつもああだから。常に自分の都合で動いてんだ。俺とおんなじよ」
 銀次は優のドライさを知っているので、特に思うことはなかった。むしろ、居残って二人に残忍な言葉で殴りつけていなくて安心したと思えたくらいだ。
「ひとまず活動を続けるぞ」
「アイアイサー、銀ちゃん!」
 鉄平は敬礼のポーズを決めて教卓前の椅子に座った。
 こうして、優を除いた四人でワーストレンジャーの活動を再開することとなった。

「目を逸らすな!」
「ひぃいぃっ」
 銀次の圧と怒号に、月花は今日何度目かの涙目になる。
「銀ちゃんの目力すごすぎ。時雨さんが怖がってるじゃん」
「甘ったれるな! 世の中女だけじゃねぇんだ。いくら百瀬とそれなりに会話できても、人生において男との会話から逃れるこたぁできねぇ! 特に女は男から声をかけられる機会が多い立場なんだから、なおのことだ!」
「銀ちゃん、熱いねー。リーダーだねー。レッドだねー」
 横から鉄平が鼻をほじりながら茶々を入れるも、お構いなしに銀次の熱血指導は続く。
「まず会話において大事なのは相手の気持ちをみ取るのはもちろんだが、相手との会話を恐れない勇気だ。自分の発言で気分を悪くさせたらどうしよう、相手から笑顔が消えたらどうしよう、なんて考えてたら自分の思いを相手に伝えるどころか、声すら出なくなっちまうだろう。だが恐れるな! はじめから完璧にできるたぁ思わねぇ。ゆっくりでいいんだ」
「う、うーん……」
 月花はおずおずと銀次のおでこを見るが、すぐに目線を逸らしてしまう。その繰り返しだ。
「どうだ、慣れないから緊張するか? 相手が俺だと尚更だろ。なんせ俺はとても怖いからな」
「自分で言っちゃったよこのお方。さすが俺様系男子」
 横から鉄平が鼻くそをこねながら茶々を入れるも、お構いなしに銀次の熱血指導は続く。
「だが大丈夫だ! 俺はお前に危害は加えねぇ! そこは約束する! ただし、お前がネガティブなことを言ったり、暗い雰囲気を漂わせたら容赦なく注意するからな」
 銀次は両手を広げて、自分は月花にとって無害であるとアピールする。
「あ……うん……」
 そんな銀次に月花は戸惑いの色を隠せていなかったが、
「今はでこだけど、徐々に相手の目を見て話せるようになるといいな」
「あ、ありがとう……」
 笑顔の銀次に彼女なりの笑みを見せた。
 引きつってはいるが、いつか自然に笑える日が来ることを銀次は願った。
「あとボソボソ喋らず、はきはきと、だぞ」
「銀ちゃん先生みたいだな! わたしにも授業しろー! 魔法の授業!」
 ここまで静かに成り行きを見守っていた真紀が銀次のブレザーの袖を引っ張る。
「俺は戦士役じゃなかったのか? 魔法は戦士の本分じゃねぇだろ」
 銀次は真紀の魔の手から逃れると、不意に立ち上がる。
「――――それはそれとして」
 教室の扉を勢いよく開け、廊下にいた男子生徒のネクタイを引っ張って教室へと引き込んだ。
 銀次は気づいていたのだ。扉の外で人影が度々動いていたことに。
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