ワーストレンジャー

小鳥頼人

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第一出動 One for all, All for one ③

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 月花は文庫本を読んでおり、声をかけることに対して若干の躊躇ためらいがあった。

「ゴホン――――時雨、ちょっといいか?」
「はっ……はい」

 銀次が月花に話しかけた途端、クラスメイトの視線が一斉に二人に集まる。
 銀次自身、クラス一の嫌われ者がクラスで浮いている美少女に話しかける絵面は不自然だと感じた。月花に話しかけたのは実は初めてなのだ。
「放課後、空いてるか? 少し付き合ってほしいんだが」
 銀次の曖昧な誘いはクラスメイトに余計な疑念を抱かせてしまう。
 橋本が時雨をデートに誘ってるぞとか、時雨が橋本に脅されてるとか、教室では多様な憶測がひそひそ話で飛び交っている。
「ほ、放課後……空いてるよ。な、何の用……?」
 月花はぼそぼそと抑揚に乏しい声で銀次の問いに答えた。
「放課後になったらまた呼ぶわ。あぁ、大した用じゃねぇから安心しな。ワースト5の面子めんつでちょっくら下らない話をするだけだ」
 説明を終えるなり、銀次はさっさときびすを返して自席に座った。
 銀次の席は月花とは対照的に、廊下側の後ろから二番目である。
 クラスメイトたちは遠目から当事者二人を交互に見るが、銀次もしくは月花にどんな話をしたのか聞く者はいなかった。
「………………」
 月花はというと、自席に戻り突っ伏した銀次を一瞥いちべつするとすぐに本を開き直した。
(嫌われ者同士で群れてメリットでもあるのかよ……)
「よくやった銀ちゃん! ちなみに優も来てくれるってさ! 放課後が楽しみだなあ! 時雨さんと会話する口実になるし、作戦は成功だな!」
 銀次の胸中きょうちゅうを見透かしたのか、銀次の側までやってきた鉄平がメリットを話した。
 鉄平からすればメリットなのだろうが、他の面々からすれば微妙なところだ。
 その後、数人の男子生徒が自席に戻った鉄平に何があったのかを尋ねていた。
 鉄平はその変態ぶりにより女子からは学年一嫌われているものの、男子からは嫌われていない。もし男子からも嫌われていたら、銀次や優と熾烈しれつな首位争いを繰り広げていたことだろう。
 月花の様子を流し目で見ると、両手で本を持ちつつも猫背になってそわそわしていた。
(やっぱり内気な時雨には辛いものがあるんじゃねぇかなぁ)

    ●●●

 放課後。
 教室には五人の生徒しか残っていない。
 もちろん、ワースト5のメンバーたちだ。
 日頃あまり絡まない面々が同じ空間にいるため、放課後の教室内はなんとも言えない微妙な雰囲気で包まれている。
「で、話と違うんだけどどういうことだ?」
 鋭い口調で沈黙を破ったのは優だった。一同の視線が彼に集まる。
「橋本が僕に土下座すると聞いたから、わざわざこうして時間を割いてるんだけど。僕はそんなに暇じゃないんだが? この後予備校なんだよ。村野、説明してくれないか」
「とりあえず教卓の前に集まろうぜ! お前らなんで自席前で突っ立ってるんだよー!」
 真紀と鉄平は教卓の前、残る三人は自席の前に立っている。
 普段交流のない五人が集まっても、生まれるのは警戒心だけだ。それぞれが心の壁を作っていることを誰もが感じ取っていた。
「こんな皮肉屋の根暗に土下座するわけねぇだろ」
 銀次が放った「根暗」の部分にビクッと反応したのは優ではなく別の人物だった。
「あっ、今のは市原に向けた言葉だから気にすんな」
「あ、うん……」
 言葉を選び間違えたと焦った銀次は月花に弁解した。
「放課後、今までの僕に対する態度を詫びたいからよろしくって村野から聞いてたんだけど。それなのに余計な連中がいるし。根暗に電波に変態。ワースト5に選ばれてしかるべき連中ばかり」
 優は冷めた瞳でワースト5のメンバーを次々と睨んで文句を言い放った。
「すまんな。あれはワースト5のメンバーを集めるためについた嘘だ。ごめんちょ」
 鉄平が手を振って優に謝罪する。
 優は自分が呼ばれた本当の理由と、鉄平のあまりの軽さに肩をすくめてあからさまに面倒臭げな態度をとった。
 優の毒口どくぐちと態度を見た銀次は彼に向かって口を開いた。
「てか、テメェはワースト2位だろ。クラスで二番目に嫌われてる野郎が他の面子めんつにケチつけられる立場かよ?」
 ランキングではポイント数も発表されていたが、銀次と優はダントツで高かった。二人は僅差で、どちらが1位でもおかしくなかった。
「はっ、凡人のクラスメイトどもが勝手に作ったランキングがどうした? いち個人の主観が集まってできただけにすぎないランキングに何の意味がある? 信憑性はあるのか?」
 優は口の端を釣り上げて言い放った。あくまでも屁理屈で押し切るつもりのようだ。
「大多数の生徒が投票したランキングは主観の集まり、だから客観性はあるだろ。信憑性もあるんじゃねぇ?」
 銀次はランキングの投票が行われていたことは今日まで知らなかったのだが。
「ワースト5の面々で作ったランキングだったらどうだ? 結果は変わるんじゃないか? ま、どちらにせよ1位と2位は不動だろうけどな」
「バッカじゃねーの? 話をすり替えるなよ。それこそ意味ねぇだろ」
「やれやれ。様々な角度から物事を測ろうとしないとは愚の骨頂だな。君には原始人並みの知性しかないのか」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
 ランキングを概ね認める銀次に、優は乾いた笑みで得意の扇動を展開する。
 そして火花を散らす二人を見て制服を脱ぎはじめた男が一人。
「まぁまぁチミたち落ち着きなされ。ほれ、オレの上半身でも見てトーンを下げなしゃれ」
「……確かにトーンというか熱が下がったわ。村野、寒くねぇのかよ?」
「というか白けただけだろうに。まったく、見事に話の流れをぶった切ってくれたな」
 ヒートアップしかけた二人の鍔迫つばぜり合いが一瞬にして終了する。
「むむっ、今のはアドレナリン分泌量を抑える魔法だな!? さすがは鉄平だ!」
 鉄平の秘技を見届けた真紀は鼻息荒く興奮していた。
「うむ、真紀も魔法使いとほざくならこれくらいはできないとな!」
「そ、そうか! 今の魔法は制服を脱げば発動するのだな――ではでは」
「おいおい! お前は女だろうが!」
 ブレザーのボタンを外しはじめた真紀を見た銀次の顔は朱で塗られた。
「銀ちゃん~、女っていっても真紀だぜ、真紀? 真紀なんかに興奮してどうすんだよー」
「そういう問題じゃねぇ! とにかくやめろ、その魔法は男限定だ!」
「そうなのか……ならば仕方ない」
 衝撃の事実を知ってしまった真紀は力なく項垂うなだれ、長い睫毛まつげとくっきりとした二重ふたえを備えた瞳を半開きにしてゆらゆらと揺れる。
「ちぇっ、真紀のあんなモノやこんなモノが拝めるチャンスだったのにな」
「………………」
 息をするような自然さで卑猥ひわいな呟きを漏らす鉄平に、銀次と優は白い目を向けた。
「それはそうと、時雨はさっきから一言も喋ってないな」
 優の一言により、先ほどから傍観ぼうかんしているだけだった月花にフォーカスが当てられる。
「――特に、話すこともないし……」
 急に一同の視線が自身に向いた月花は、前に組んだ手をぎゅっと握りしめて、かろうじて喉から小声を絞り出した。
「ははっ、君のフルネームはまるで水商売の源氏名みたいだよね」
 優は月花の緊張をほぐすべく、柄にもなくおちゃらけてみせるも、
「そ、そうかな」
 彼女のあまりに淡泊な反応に「ははは……」と力なく言って頬を引きつらせる。
 銀次へと向けられた目からは、「なんとかしろ」と訴えているようだった。
「時雨はなぜ自分がワースト5に入ったと考えてる?」
 銀次は月花を睨んで問い正す。
 月花はビクッと肩を震わせながら、しばし間を置いて、
「――――私は、性格に問題があるから……」
 言葉をこぼす。銀次の目は見ない。月花の目線はずっと斜め下を向いていた。
 その挙動が銀次の顔をますますしかめさせる要因になってしまったことに、本人は気がついていない。
「時雨は――いや、他の連中にも聞きたい。ワースト5に入っちまったのには俺ら自身に原因がある。その原因を、ウィークポイントを解消したい気持ちはあんのか?」
 問いの裏には今の自分を変えたいか、という意味合いが込められていた。
 真紀と鉄平はお互いに顔を見合わせ、優は腕を組んで目を瞑っている。
「わたしは現状維持で構わないぞ」
「周りからどう思われても、ありのままのオレであり続けたいね。クラスメイトに気を遣って建前の自分を作るのはまっぴらごめんよ」
 真紀と鉄平が心の内を明かした。
「そういうことだ。こんなランキングに踊らされ、勝手な評価を気にして、連中にとって心地良い人間になろうとは考えられないね。掌で踊らされる操り人形には成り下がりたくないんでね」
 当然、優も周囲はどうであれ、自我を貫き続けるようだ。
 三人は自分を変える気はない。
「時雨はどうなんだよ?」
 肝心の月花の回答が出てこない。痺れを切らした銀次は月花に今一度問う。
「……わ、私なんかが努力しても、無駄に決まってるし」
「んなこたぁ聞いてねぇんだよ! 無駄かどうかじゃねぇ、変えたいか否かだ!」
「っ――――わ、私はこんな自分が嫌。ずっと変えたいって思ってた。今でもそう。私、か、変わりたい……!」
 月花は胸の前で両手を握って思いの丈を口にした。
 それを聞いた銀次は目を細めて満足そうに微笑んだ。
「そう思えるのはいいことだ。――それじゃあ、時雨以外はワースト5でも構わないんだな」
 つまり、月花以外は現状維持を望んでいる。
 それを聞いた鉄平は疑問を抱く。
「銀ちゃんも今のままでいいのか?」
「俺の場合はどうしようもねぇからな。今更取りつくろったところで汚名返上はできねぇ」
 銀次は嫌われているだけに留まらず恐れられている。日頃の授業態度、非常に粗暴な言動、そして度々起こす喧嘩騒動。学院内外で素行不良と認知されてしまっている。
「それに――――」
 学院に長居するつもりがない銀次が今から変わろうとしても意味はない。
 そもそも、もとより職人に弟子入りできたら素行を改めるつもりなのだ。
「それに?」
 鉄平が言葉の続きを促すが、
「なんでもねぇ」
「そっかぁ。まぁ、銀ちゃんがそう考えたのなら、それもありかもね」
 頭を掻いて濁した銀次に、鉄平はそれ以上の追及はしなかった。
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