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第一出動 One for all, All for one ②
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もちろんこの一件は自宅に連絡されたので、晩は両親にこってりと絞られた。
しかし、銀次が最も会いたいと願う姉はまだ帰宅していない。
銀次は怒りのあまり、自身の部屋で暴走していた。
ゴミ箱を蹴り、壁を殴り、壁に貼られているポスターを破り投げる。
「あぁイラつく!! なんで退学すら満足にさせてもらえねぇんだよ!! 親が金払ってっからなんだよ!? 肝心のガキにやる気がねぇなら退学した方が本人にとっても学院にとっても有意義だろ!? 大体、高校は義務教育じゃねーんだよ!!」
大声で叫ぶが、質の良い壁が銀次の声を遮音しているので他の家には届かない。
叫んだことにより多少冷静さを取り戻した銀次は時計を見てふと違和感を覚えた。
「もう夜十時だぞ――さすがに遅すぎないか?」
素行不良な自分とは違い、あれで優等生の姉が家族の誰にも連絡せずに夜遊びをするとは考えられない。
銀次は無意識のうちにダウンを着て外に出ていた。
「さみ……」
十一月中旬の夜は空気がひんやりと冷えており、吐く息は白い。
「ったく、世話の焼ける――いや。いつも世話を焼かせてるのは俺の方だな」
今更のことに銀次は苦笑した。
昔から自分は姉におんぶにだっこで、ことあるごとに助けられていた。
ガラの悪い上級生に絡まれ続けた小学生時代、軽い反抗期で周囲から顰蹙を買っていた中学生時代、そしてグレてしまった今もだ。
「……姉貴」
雪奈は近くの公園にいた。
ブランコに座り、顔は俯いていて表情は伺えない。
「こんな寒い中何やってんだよ。風邪引きてぇのか?」
ドラマでたまに見る光景だなと思いつつ近づくと、銀次の存在に気がついた雪奈が振り向いた。
その顔にはいつも周囲に振りまく明るい笑みはなく、瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「……何かあったのか?」
「――銀ちゃんが喧嘩したことに私は大変ショックを受けてます。悲しくて涙が出てます」
銀次が問うと、雪奈はゆっくりと雫を拭って涙の原因を語った。
自分が泣かせたと知った銀次は両手をあたふた動かして動揺する。
「わ、分かってくれよ。あぁでもしねぇと退学できねぇんだよ。姉貴は俺を応援すると言ってくれたじゃねぇか。どうして、どうして停学処分で済ましたんだよ? そんなの、余計なお世話だぜ……」
「銀ちゃんの夢は応援してるよ。でもね、やっぱり真っ当な手段で両親を説得できなきゃ、夢に向かっても上手く行かないよ」
「それは――そうかもしれねぇけど」
「銀ちゃんが考えたのは、無理矢理退学になろうっていう強硬手段だよね? しかも他校の生徒まで巻き込んで――そんな卑劣な手で退学しようと考えるなんて……」
銀次は反論の言葉を脳内から探すも、一切見つけられなかった。
「ガラス職人になりたい理由はなんだっけ?」
「――ガラス細工のおもちゃで、泣いてた子供の顔に笑顔が戻った――それを見て、ガラス細工はもちろん、笑顔を作った職人の生き様に惚れちまった。あの人のようになりたい、ガラスから美しい作品を作りたい。そう考えるようになった。今まで将来とかどうでもよかった俺に夢が見つかった瞬間だったんだ」
銀次の記憶に新しい大切なメモリー。ゆえに鮮明に思い起こすことができる。
他者からすれば、そんな些細なことで――と思われるだろうが、その思い出は思春期の銀次の心に暖かな火を灯してくれて。
「いい理由だね。でもね、夢を追いかけたいならお父さんお母さんを納得させなきゃ。銀ちゃんが本気なら、二人ともいつか必ず納得してくれるよ。だから、焦らずゆっくり頑張ってこ」
目をこすり、銀次に聖母の笑みを浮かべた雪奈は、
「さっ、寒いでしょ。家に帰ろ」
と言ってブランコから降りた。
ブランコの持ち手の繋ぎ目部分から無機質な音が響く。
「誰のせいでこんなとこにいると思ってんだよ……」
根本原因は自分だと理解はしつつも、銀次は姉に対して憎まれ口を叩く。
「ごめんごめん。手を繋げば暖かいよ?」
「アホか、いい年こいて恥ずかしいっつーの!」
「いい年って、まだ十代だからいいんだもん……」
雪奈は唇を尖らせて拗ねはじめる。
銀次は一つ溜息を吐いて。
「ありがとな、姉貴。確かに両親すら説得できねぇようじゃ、弟子入りできてもその先やってけねぇ。まずは覚悟を示さねぇとだな」
「そうそうその意気! それでこそ私の弟!」
冷えた夜道に、二つの白息が儚く消えた。
●●●
(『嫌いなクラスメイトランキング』ねえ――この俺が1位をいただけるとは)
嫌いなクラスメイトランキングたるものが印字された紙が教室の黒板に掲示されていたのは、銀次の謹慎処分が解けた日の朝のHR前だった。
珍しく朝から登校してみたらこれである。早起きは三文の徳とはなんだったのか。
ちなみに2位は市原優だ。こいつと同レベル、いやそれ以上という事実に銀次は若干のショックを受けた。
5位以下は全く絡んだことがない生徒ばかりだった。
それと同時に、上位ランカーは変わった個性の持ち主ばかりだと分かった。
「すげぇ! オレが入っちまってるじゃないか! すっかり有名人だなぁおい!」
「きゃあああ! なんで半裸になるのよ!」
「オレは今、猛烈に感動している! この感動を全身全霊で味わいたいんだっ!」
「本当ありえない! キモすぎ!」
テンションが最高潮まで上昇し、感極まって上半身を露出させた男子生徒は村野鉄平だ。
独特の感性を持っているようで、こうして猥褻行為に及ぶのは日常茶飯事、酷い時には教室で上半身どころか全裸になる時すらある正真正銘の変質者だ。
しかし意外と学業は真面目に取り組んでおり、無遅刻無欠席で授業中も一切寝ずにノートをとっている。
それなのに成績は非常に悪く、毎度赤点ギリギリ回避レベルだ。
「けど3位ってのがどうにも中途半端だなぁ。どうせなら1位がよかったぜ――ん? んん!? おっとー、これはこれは」
半裸状態の鉄平が獲物を捉えたような表情で銀次の元までやってくる。
その動きは変質者というよりも原始人のようだ。
「いよう、銀ちゃん! 栄えあるワースト1おめでとう! 特賞とかもらったの?」
「んなわけねぇだろ。それに喜ぶ話じゃねぇし。あと服を着ろ、服を」
上半身裸でニカッと白い歯を見せて笑う鉄平に、銀次は呆れた表情で対応する。
「つれないぞ銀ちゃん! もっと熱くいこうぜ!」
「何度も言うが、その呼び方はやめろ。そして風邪を引くからさっさと制服を着ろ」
姉以外からその名称で呼ばれるのは非常に恥ずかしい。
「おい真紀! 銀ちゃんのテンションが低いぞ!」
真紀の名にピクリと反応した女子生徒は全速力ダッシュでこちらまでやってきて、両手で銀次を指差して、
「――唸れ、貴様の奥底に眠るボルテージ! テンション! フラストレーションッ!」
呪文をかけているつもりなのか、目を瞑ってひたすら独り言を呟いている。
ちなみにダッシュ中に何回か机にぶつかって転倒したが、その場の全員が扱いに困ったためスルーした。
この珍妙――個性的な女子生徒は百瀬真紀。
「どうだ? 貴様のテンションは回復したか?」
「んなモンで回復すりゃ精神疾患に悩む奴なんていねぇっての」
「なんだと!? わたしの魔法が効かないとはどういうことだ! むむぅ……魔法は失敗するわ、ランキングで4位にランクインするわで今日はついとらんな」
真紀は銀次の眼前でがくっと床に崩れ落ちて、頭を抱えて唸りはじめた。
小柄で非常に愛らしい容姿なのに、ボブスタイルの髪の毛はずいぶんと痛んでいる。制服も皺だらけで、自分が年頃の女の子である自覚はないらしい。ダイヤモンドの原石のような素材が台無しだ。
ちなみにこんな言動だが、成績は学年トップの才女である。
逆に運動は滅法苦手で、マラソン大会は女子の部で最下位だった記憶が銀次には新しい。
「ええい、今回はたまたま失敗しただけだ! たまたまだぞ! いくらわたしが魔法使いだからって過度な期待はするなよ。いいな銀ちゃん!」
「元よりしてねぇから安心しろ」
真紀は電波系少女のようで、自分を魔法使いであると信じて疑わず日々魔法の鍛錬に励んでいる。
しかし、第三者からはどう見ても魔法が発動しているようには見えず、クラスメイトは皆真紀の扱いに困っている。
恐らく鉄平も似たような理由で真紀とともにワースト5入りしてしまったのだろう。
銀次は一人頷いて納得した。
なぜか真紀と鉄平だけは銀次のことを親しみを込めて銀ちゃんと呼ぶし、怖がらない。それが銀次にとってはほんの少しだけ心地良いと感じていることもまた事実。
「そうだ! せっかくランキングが貼り出されてるんだ。放課後にでもワースト5のメンバーで集まって傷の舐め合いをしようぜ!」
ポン、と手を叩いて閃いたとばかりの鉄平の提案に、銀次は面倒そうな表情を作る。
「唐突に何言ってんだ? 俺はゴメンだな。それに市原だって絶対来ねぇだろ」
他人を見下して壁を作る優が、ワースト5の一員として談笑する光景を思い浮かべた銀次は吐き気を催した。
「ようし、じゃあさっそく各人に声をかけよう。オレは優に声をかける。銀ちゃんは時雨さんに声をかけてくれ。真紀は――あー、放課後まで自由に遊んでてくれな」
「わたしも参加するのか!? 馴れ合いは好きじゃないぞ」
「聞けよ! 俺の話!」
こうなった鉄平は聞く耳を持たない。銀次の文句をガン無視して放課後のイベントに向けての準備をはじめるべく、優の席へと向かった。
観念した銀次は深く、重い溜息を吐いた。
再び黒板に貼られている『嫌いなクラスメイトランキング』を眺める。
十位まで掲載されているが、ワースト5はより目立つように印字されており、一位の自分はいっそう文字のフォントサイズが大きく、太かった。
(俺はVIP待遇かよ)
一位から視線を徐々に落としていき、5位のところで移動をやめて、生徒の氏名を見る。
時雨月花。
クラスで最も容姿端麗な美少女で、学業成績はクラス三位。
しかし、そんな彼女がワースト5位にランクインしていてもさほど驚きはなかった。
銀次にも分かっていたのだ。なぜ、かのような美少女がランクインしてしまったのかを。
月花の席へと向かう。彼女の席は窓側の後ろから三番目。
月花を見て、銀次は一瞬息を呑む。
朝の日差しに照らされた横顔は神秘的で、光の力をもってしても彼女の肌の欠点を何一つとして映し出せていない。
開かれた窓の隙間から吹き込む風で揺れるミディアムの髪はとてもしなやかで、高級な糸のようにふわりと宙を泳いでいた。
しかし、銀次が最も会いたいと願う姉はまだ帰宅していない。
銀次は怒りのあまり、自身の部屋で暴走していた。
ゴミ箱を蹴り、壁を殴り、壁に貼られているポスターを破り投げる。
「あぁイラつく!! なんで退学すら満足にさせてもらえねぇんだよ!! 親が金払ってっからなんだよ!? 肝心のガキにやる気がねぇなら退学した方が本人にとっても学院にとっても有意義だろ!? 大体、高校は義務教育じゃねーんだよ!!」
大声で叫ぶが、質の良い壁が銀次の声を遮音しているので他の家には届かない。
叫んだことにより多少冷静さを取り戻した銀次は時計を見てふと違和感を覚えた。
「もう夜十時だぞ――さすがに遅すぎないか?」
素行不良な自分とは違い、あれで優等生の姉が家族の誰にも連絡せずに夜遊びをするとは考えられない。
銀次は無意識のうちにダウンを着て外に出ていた。
「さみ……」
十一月中旬の夜は空気がひんやりと冷えており、吐く息は白い。
「ったく、世話の焼ける――いや。いつも世話を焼かせてるのは俺の方だな」
今更のことに銀次は苦笑した。
昔から自分は姉におんぶにだっこで、ことあるごとに助けられていた。
ガラの悪い上級生に絡まれ続けた小学生時代、軽い反抗期で周囲から顰蹙を買っていた中学生時代、そしてグレてしまった今もだ。
「……姉貴」
雪奈は近くの公園にいた。
ブランコに座り、顔は俯いていて表情は伺えない。
「こんな寒い中何やってんだよ。風邪引きてぇのか?」
ドラマでたまに見る光景だなと思いつつ近づくと、銀次の存在に気がついた雪奈が振り向いた。
その顔にはいつも周囲に振りまく明るい笑みはなく、瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「……何かあったのか?」
「――銀ちゃんが喧嘩したことに私は大変ショックを受けてます。悲しくて涙が出てます」
銀次が問うと、雪奈はゆっくりと雫を拭って涙の原因を語った。
自分が泣かせたと知った銀次は両手をあたふた動かして動揺する。
「わ、分かってくれよ。あぁでもしねぇと退学できねぇんだよ。姉貴は俺を応援すると言ってくれたじゃねぇか。どうして、どうして停学処分で済ましたんだよ? そんなの、余計なお世話だぜ……」
「銀ちゃんの夢は応援してるよ。でもね、やっぱり真っ当な手段で両親を説得できなきゃ、夢に向かっても上手く行かないよ」
「それは――そうかもしれねぇけど」
「銀ちゃんが考えたのは、無理矢理退学になろうっていう強硬手段だよね? しかも他校の生徒まで巻き込んで――そんな卑劣な手で退学しようと考えるなんて……」
銀次は反論の言葉を脳内から探すも、一切見つけられなかった。
「ガラス職人になりたい理由はなんだっけ?」
「――ガラス細工のおもちゃで、泣いてた子供の顔に笑顔が戻った――それを見て、ガラス細工はもちろん、笑顔を作った職人の生き様に惚れちまった。あの人のようになりたい、ガラスから美しい作品を作りたい。そう考えるようになった。今まで将来とかどうでもよかった俺に夢が見つかった瞬間だったんだ」
銀次の記憶に新しい大切なメモリー。ゆえに鮮明に思い起こすことができる。
他者からすれば、そんな些細なことで――と思われるだろうが、その思い出は思春期の銀次の心に暖かな火を灯してくれて。
「いい理由だね。でもね、夢を追いかけたいならお父さんお母さんを納得させなきゃ。銀ちゃんが本気なら、二人ともいつか必ず納得してくれるよ。だから、焦らずゆっくり頑張ってこ」
目をこすり、銀次に聖母の笑みを浮かべた雪奈は、
「さっ、寒いでしょ。家に帰ろ」
と言ってブランコから降りた。
ブランコの持ち手の繋ぎ目部分から無機質な音が響く。
「誰のせいでこんなとこにいると思ってんだよ……」
根本原因は自分だと理解はしつつも、銀次は姉に対して憎まれ口を叩く。
「ごめんごめん。手を繋げば暖かいよ?」
「アホか、いい年こいて恥ずかしいっつーの!」
「いい年って、まだ十代だからいいんだもん……」
雪奈は唇を尖らせて拗ねはじめる。
銀次は一つ溜息を吐いて。
「ありがとな、姉貴。確かに両親すら説得できねぇようじゃ、弟子入りできてもその先やってけねぇ。まずは覚悟を示さねぇとだな」
「そうそうその意気! それでこそ私の弟!」
冷えた夜道に、二つの白息が儚く消えた。
●●●
(『嫌いなクラスメイトランキング』ねえ――この俺が1位をいただけるとは)
嫌いなクラスメイトランキングたるものが印字された紙が教室の黒板に掲示されていたのは、銀次の謹慎処分が解けた日の朝のHR前だった。
珍しく朝から登校してみたらこれである。早起きは三文の徳とはなんだったのか。
ちなみに2位は市原優だ。こいつと同レベル、いやそれ以上という事実に銀次は若干のショックを受けた。
5位以下は全く絡んだことがない生徒ばかりだった。
それと同時に、上位ランカーは変わった個性の持ち主ばかりだと分かった。
「すげぇ! オレが入っちまってるじゃないか! すっかり有名人だなぁおい!」
「きゃあああ! なんで半裸になるのよ!」
「オレは今、猛烈に感動している! この感動を全身全霊で味わいたいんだっ!」
「本当ありえない! キモすぎ!」
テンションが最高潮まで上昇し、感極まって上半身を露出させた男子生徒は村野鉄平だ。
独特の感性を持っているようで、こうして猥褻行為に及ぶのは日常茶飯事、酷い時には教室で上半身どころか全裸になる時すらある正真正銘の変質者だ。
しかし意外と学業は真面目に取り組んでおり、無遅刻無欠席で授業中も一切寝ずにノートをとっている。
それなのに成績は非常に悪く、毎度赤点ギリギリ回避レベルだ。
「けど3位ってのがどうにも中途半端だなぁ。どうせなら1位がよかったぜ――ん? んん!? おっとー、これはこれは」
半裸状態の鉄平が獲物を捉えたような表情で銀次の元までやってくる。
その動きは変質者というよりも原始人のようだ。
「いよう、銀ちゃん! 栄えあるワースト1おめでとう! 特賞とかもらったの?」
「んなわけねぇだろ。それに喜ぶ話じゃねぇし。あと服を着ろ、服を」
上半身裸でニカッと白い歯を見せて笑う鉄平に、銀次は呆れた表情で対応する。
「つれないぞ銀ちゃん! もっと熱くいこうぜ!」
「何度も言うが、その呼び方はやめろ。そして風邪を引くからさっさと制服を着ろ」
姉以外からその名称で呼ばれるのは非常に恥ずかしい。
「おい真紀! 銀ちゃんのテンションが低いぞ!」
真紀の名にピクリと反応した女子生徒は全速力ダッシュでこちらまでやってきて、両手で銀次を指差して、
「――唸れ、貴様の奥底に眠るボルテージ! テンション! フラストレーションッ!」
呪文をかけているつもりなのか、目を瞑ってひたすら独り言を呟いている。
ちなみにダッシュ中に何回か机にぶつかって転倒したが、その場の全員が扱いに困ったためスルーした。
この珍妙――個性的な女子生徒は百瀬真紀。
「どうだ? 貴様のテンションは回復したか?」
「んなモンで回復すりゃ精神疾患に悩む奴なんていねぇっての」
「なんだと!? わたしの魔法が効かないとはどういうことだ! むむぅ……魔法は失敗するわ、ランキングで4位にランクインするわで今日はついとらんな」
真紀は銀次の眼前でがくっと床に崩れ落ちて、頭を抱えて唸りはじめた。
小柄で非常に愛らしい容姿なのに、ボブスタイルの髪の毛はずいぶんと痛んでいる。制服も皺だらけで、自分が年頃の女の子である自覚はないらしい。ダイヤモンドの原石のような素材が台無しだ。
ちなみにこんな言動だが、成績は学年トップの才女である。
逆に運動は滅法苦手で、マラソン大会は女子の部で最下位だった記憶が銀次には新しい。
「ええい、今回はたまたま失敗しただけだ! たまたまだぞ! いくらわたしが魔法使いだからって過度な期待はするなよ。いいな銀ちゃん!」
「元よりしてねぇから安心しろ」
真紀は電波系少女のようで、自分を魔法使いであると信じて疑わず日々魔法の鍛錬に励んでいる。
しかし、第三者からはどう見ても魔法が発動しているようには見えず、クラスメイトは皆真紀の扱いに困っている。
恐らく鉄平も似たような理由で真紀とともにワースト5入りしてしまったのだろう。
銀次は一人頷いて納得した。
なぜか真紀と鉄平だけは銀次のことを親しみを込めて銀ちゃんと呼ぶし、怖がらない。それが銀次にとってはほんの少しだけ心地良いと感じていることもまた事実。
「そうだ! せっかくランキングが貼り出されてるんだ。放課後にでもワースト5のメンバーで集まって傷の舐め合いをしようぜ!」
ポン、と手を叩いて閃いたとばかりの鉄平の提案に、銀次は面倒そうな表情を作る。
「唐突に何言ってんだ? 俺はゴメンだな。それに市原だって絶対来ねぇだろ」
他人を見下して壁を作る優が、ワースト5の一員として談笑する光景を思い浮かべた銀次は吐き気を催した。
「ようし、じゃあさっそく各人に声をかけよう。オレは優に声をかける。銀ちゃんは時雨さんに声をかけてくれ。真紀は――あー、放課後まで自由に遊んでてくれな」
「わたしも参加するのか!? 馴れ合いは好きじゃないぞ」
「聞けよ! 俺の話!」
こうなった鉄平は聞く耳を持たない。銀次の文句をガン無視して放課後のイベントに向けての準備をはじめるべく、優の席へと向かった。
観念した銀次は深く、重い溜息を吐いた。
再び黒板に貼られている『嫌いなクラスメイトランキング』を眺める。
十位まで掲載されているが、ワースト5はより目立つように印字されており、一位の自分はいっそう文字のフォントサイズが大きく、太かった。
(俺はVIP待遇かよ)
一位から視線を徐々に落としていき、5位のところで移動をやめて、生徒の氏名を見る。
時雨月花。
クラスで最も容姿端麗な美少女で、学業成績はクラス三位。
しかし、そんな彼女がワースト5位にランクインしていてもさほど驚きはなかった。
銀次にも分かっていたのだ。なぜ、かのような美少女がランクインしてしまったのかを。
月花の席へと向かう。彼女の席は窓側の後ろから三番目。
月花を見て、銀次は一瞬息を呑む。
朝の日差しに照らされた横顔は神秘的で、光の力をもってしても彼女の肌の欠点を何一つとして映し出せていない。
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