平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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3巻

2_未来も運命で決まっているので足掻くだけ無意味 ②

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 というわけで、俺たちがかつて通っていた中学校前に到着。
「この辺も昔はこんな感じだったかー」
「家の近くからでも建物は見えますけどね」
「そうだったな。社会人になってから一人暮らししてるから忘れてたよ」
 へぇ。俺が一人暮らしできるのか。ずっと実家に居座ってるものかと。
「どうして一人暮らしを? 親に勘当かんどうされて追い出されたんですか?」
「自分自身に対してなんちゅう物言いだよ。もっと自分を大切にしろよ」
 自分のことはそれなりに大切にしてるつもりだけどまだまだ脇が甘いらしい。精進しょうじんせねば。
「仕事の関係さ。勤務先が川崎だから引っ越せと会社から言われてね」
「それで一人暮らしを」
「本当はずっと実家に居座りたかったんだけどな」
「俺もそのつもり満々でしたよ」
 そうかぁ。俺もゆくゆくは一人で生活するようになるのか……。
 この先待っているであろう独身ライフに思いをせていると、
「ははっ、中学生時代は友達もいなくていじめられてたなぁ」
 未来の俺は全く笑えない過去を笑っている。笑み、乾いてますよ?
「教室でもやられましたし、部活でもいびられましたね」
 クラスもそうだけど、部活はマジできつかった。バレーボール部だったけど、チームメイトは素行不良のワルばかり、先輩やOBからは気味悪がられて敬遠されていた。二人組でのパス練習の時も俺は常にあぶれて壁当てしてるか同じくペアがいなかった部員と組む腫れ物扱いだった。
 極めつけはクソ顧問だ。怒鳴る殴る蹴るはもちろんとして、ヤクザの知人がいるとんでもない輩だった。そんなのが教員なんかやってるんじゃないっての。
 しかもだ、なんと今そいつは小学校校長の役職に就いている。俺は言いたいね。テメェのいるべき場所は指導改善研修場だろと。
 部活の話はここまでとして――教室では男子から暴言を食らったり教科書を破られたりシャーペンで手の皮膚を刺され、女子からはひたすら避けられたりと散々だった。
 中学時代に言われた中で今でも鮮明に残ってる台詞といえば――
「俺は思うね。もっと真面目に勉強してればよかった」
 黒い過去を思い返してる最中に未来の俺が口を開けたため、俺の回想は終わった。
「二十歳の段階で既に思ってますよ」
 部活とテレビゲームばかりじゃなくて勉強もするべきだったと後悔してる。
 小学生の時は無勉でもテストで満点が取れたから中学でもいけるとサボった結果、一年生の一学期の段階で全科目の成績は壊滅、三年生に上がって部活を退部してからようやく重い腰を上げたものの、既に手遅れで志望校を受ける最低ラインの内申点も学力もなかったため、結局この世の地獄と悪名高い戸阿帆高校に進学することとなったのだ。
「もっとマシな高校に入れてればまた違った人生になってたんですかね……」
 せめて邦改に入れていれば……とも思ったけど、あの高校は偏差値や学力云々以前の部分で絶望的に相性が悪い気しかしないや。
「たられば言ったってむなしくなるだけさ」
 今しがたもっと勉強してればとか言ってたのはどこの誰ですか。
「よし。この流れで高校にも行くか」
 ええっと……俺ってこんなにフットワーク軽かったっけ?
「いや流れって……高校は電車で三十分かかりますけど」
 流れるにはちと長い時間ではありませんかね? フッ軽のノリで行く距離じゃないでしょ。
「更に駅から徒歩だと三十分。バスはヤンキーばかりで乗れたものじゃない」
「最悪の環境でしたね。行くのはやめときましょう」
 戸阿帆は駅から離れた山中やまなかにあるわ、生徒はヤンキーやスウェット着用ギャルばかりだわ、授業は崩壊しているわでザ・勉強しない愚か者どもの末路って感じ。
「さて、向かうとしますかね」
「うぃーっす……」
 俺の意見はガン無視され、戸阿帆高校へと向かう羽目となってしまった。
 これっぽっちも楽しみじゃない遠出もそうそうないわな。

    ♪

「おー。全く変わってないな」
「変わらないのはいいことなのか……」
 変わらなければまずい事柄って世の中それなりに蔓延はびこってると思う。
 一時間ちょいかかって辿り着いた戸阿帆高校。俺もつい二年前まで通っていた良い思い出など何一つもない母校。
「校舎は綺麗なんですけど、いかんせん治安が最悪ですよね」
「比較的新しい高校だからね」
「まだ新しいのに県内ワースト一の恥に成り下がるなんて……」
 設立当初は普通の偏差値の高校だったのに十年ほどで変わり果ててしまった。無常なり。
「ははっ、高校生時代は――」
「もうやめませんか? やめましょう」
 なぜ自ら惨めになってゆくのか。自虐ネタがすぎるぞ。全然笑えないんだわ。
「豆腐メンタルだなぁ」
「成人になりたての青二才なんで」
 年齢はかろうじて二十代だけど人生経験が足りなすぎて精神年齢は十四歳なんですわ。まだまだ坊やなんですわ。
「甘ちゃんめ、それじゃあ強い男になれないぞ」
「あなたがなれてないですよね?」
 強い男だったらそもそも高齢童貞じゃないでしょう。きっと。多分。

「――おっ? お前らなんだぁ?」

 未来の俺と会話を続けているとジャージ姿の現役の戸阿帆男子生徒が近づいてきた。肩を揺らす歩き方からしてヤンキーって感じで下劣だ。
 ジャージということは、こんなのでも運動部に入ってるんだなぁ。
「いえ、えっと……」
 ヤンキーの顔にはかすかに汗が流れている。練習中のようだけど……。
「俺たちはここのOBだ」
 未来の俺は毅然きぜんたる態度でヤンキー高校生に対応する。おおっ、大人。
「……ふーん。んで、そのOBサマが何用で?」
 一方のヤンキーは歪めた眉根のまま首を傾げた。
「久々の母校を目にしたいと思ってね」
「あっそ」
 こっちの要件には興味がないようだけど別の事柄には興味があるようで、
「んじゃ、戸阿帆流の折檻せっかんお作法も思い出させてやるよ」
 思い出すもなにも、そんなお作法知らないから!?
「うわっ!」
 突如俺に向かってストレートを打ち込んできた! 間一髪でかわして後ずさるも、ヤンキーは臨戦態勢を崩さない。
「俺はボクシング部のエースだ。二人がかりで構わないぜ、まとめてかかってこいよ」
 ヤンキーから挑発を受ける俺たちだけど、二人で向かったところで勝てる見込みはゼロ。
 だったら取る手段はただ一つさ!
「「――戦略的撤退!」」
 まともに取り合っても勝ち目はない。ならば逃げる選択肢しかないだろ!
 さすが俺同士。考えることは同じだね。
「……はい、捕まえた~」
 しかし相手の方が何枚も身体能力が上だった。
 まぁ、戸阿帆だからね。勉強はてんでダメだけど、スポーツで結果を出す生徒は多い。素行の悪さでそれも帳消しになってるんだけど。
「ぐふっ」
 ポロシャツのえりを掴まれた未来の俺は無理矢理身体を180度回されたのち、ボディーブローを食らった。
「情けねぇなぁオッサン。それでも元戸阿帆かよ?」
 痛みで腹部を押さえてる最中もなおボクシング技で身体の至る箇所をボコボコにされる未来の俺。
「こんなのおかしいだろ!? 素人の俺たちじゃ現役ボクシング部に勝てるわけないじゃん! 弱い者いじめはやめろよ!」
 俺は理不尽なリンチを継続するヤンキーを怒鳴りつけるも、
「――ちょっと黙ろうか」
 未来の俺に抗議を制止された。
 未来の俺は無抵抗でひたすらボコられ続ける。文字どおりのサンドバッグ状態だ。
「……な、なんだテメェ!? なぜ、KOされない……!」
 何度ボコられて地面に叩かれようともその度によみがえる未来の俺にヤンキーの表情から余裕の笑みが消えた。
「これしき、底辺をって生き続けてる俺には大したダメージじゃないんでね」
 顔は腫れ上がり、鼻や口元からは血が流れている。それでもなお、未来の俺から微笑だけは消えない。
 ……いやいや、大したダメージだと思うのですが。
「こ、この……早くくたばれよ……!」
「うがっ」
 上から叩きつけられるようにストレートを顔面に受けた未来の俺は反動で地面に倒れた。
「……まだだね。もっとかかってきな」
 が、ゆっくり立ち上がってヤンキーを見据える。見上げた根性だ。
「――コ、コイツきめぇ! マジ意味わっかんねぇ!」
 ヤンキーは屈する気配を見せない未来の俺に得体の知れない恐怖を感じ取ったのか、そそくさとその場から立ち去った。
「俺の勝ちだ。KO=勝利とは限らないんだよ」
「カッコいいのかカッコ悪いのか分かりません……」
 こらえてこらえて、強靭きょうじんな忍耐で掴んだ勝利。勝利の形って多種多様だなぁ。
「ここで一つわがまま言っていい?」
「内容によります」
「……薬局に寄りたいんだけど」
「……分かりました」
 俺たちは薬局に行き、未来の俺の応急手当をした。
 薬局までの道中や薬局店員からの視線が痛々しかった……。
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