平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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1巻

5_尊敬できない人生の先輩ほど迷惑な存在は皆無 ③

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    ♪

「ん? あれは――――」

「わーーん! ママー!」

 駅までの歩みを再開した矢先、大通りのスーパーの入り口付近で泣いている幼稚園児くらいの男の子を発見した。
「迷子ノ迷子ノ子猫チャンノヨウダナ」
「可哀想だけど、俺たちが声をかけても警察に通報されるのがオチだし、見なかったことにしよう」
「ソウダナ。時間モ浪費シチマウ」
 多少の罪悪感こそあれど、独身男性の肩身が狭い昨今で、男児一人にアウトローな男二人で声をかけるのは自殺行為、ナンセンスだ。
 そういうことで、我関せず足を動かそうとした瞬間にその言葉は放たれた。
「あの子のお母さんは美人なのかな? 妄想が捗るぜ。仮にあの子を助けたとしたら、大人のお礼がもらえるかもしれないな。ま、でもそれはそれこれはこれ。モテない男には生きづらい世の中だ」
 美人人妻母親の大人のお礼……? 想像して思わず生唾を飲み込む。
「そうと決まればスルーして」
「ヲ前ハ可哀想ダナ。愛ヲ知ラズ、人ニ好カレズ人生ココマデキチマッタガタメニ、思イ遣リノ心ガ一切育マレナカッタンダナ。チットバカシ同情スルゼ」
「えぇ……」
 子は宝だぞ? それを誰一人として手を差し伸べないなんて、あの子をグレさせる気かよ。
 そんなわけで早速俺たちは男児の元へと駆け寄る。
 男児は俺たちの顔をじっと見るものの、泣き続ける以外の反応を見せることはなかった。
「オイ! ヲ前モ愛ノ戦士見習イナラ、コンナ所デ泣クンジャナイ!」
「明らかに子供に向ける話し方じゃなくない……? ねぇ君、どうしたの? もしかしてママとはぐれちゃったのかな?」
 新山がひざまずいて男の子と同じ目線で問いかけると、
「……ぐすん。お兄ちゃんお口くしゃい」
 男の子はこくっと頷いたとともに、眉間に谷を作って鼻を摘まんだ。
「毎日朝晩歯磨きしてるのに……」
 無邪気な子供の容赦ない言葉の剣が新山に突き刺さる。口腔のコンディションを軽視するからそうなるんだよ。まったくもって哀れな男だ。
「ダガ、目線ハ確カニ大切ダナ」
 俺は先ほどの新山に倣い、
「ソナタ名ハ何ト申スカ?」
 土下座をしておでこを地面に擦りつけながら男の子に質問を投げかけた。
高野たかの……あきら……六歳」
「アキラト申スカ。明カラニ普通ノ名ダナ。アキラダケニ」
「普通じゃない名前が飛び出してきた方がビビるけどね」
 お前の心境なんざ知るかよ。ビビってそのままショック死しろ。
「アキラノ母君ハ美人カ?」
「えっと……若作りしてキレイにみせてる」
「子供なのに辛辣ゥ!」
 こいつは将来有望だな。未来の俺の部下になってもらうために、今から囲い込みをしておくのもアリかもしれないな。
「ボキュタチトーッテモ忙シインダケドォ、微力ナガラソナタノ母君ヲ探スオ手伝イヲシテアゲマショウ」
「お前口調おかしくない?」
 横から新山がセンスゼロのツッコミをかましてくるがどうだっていい。
 晃は再度、俺たち二人の顔を見つめ、首を横に振った。
「このおじさん、表情と話し方怖い! こっちのお兄サンは雰囲気が気持ち悪い!」
「ヲヂ!?」
 まだ十七歳にすらなってないのにおじさん呼ばわり……。
 ――待てよ。それってつまり、年齢確認されずに酒が買えるのでは!? ※未成年の飲酒は法律で固く禁止されています!!
「無邪気な子供がそう言うってことはマジなヤツだわ……フハ……フハハ」
 新山が項垂れているが、コイツがどんなに苦しもうが俺の知ったこっちゃない。
「ゴホン。俺タチノ個性的ナルックスニ多少ノ不満ハアルカモシレナイガ、コノ世知辛イ世ノ中デ贅沢ヲ言ッチャアイカン」
「申し訳ないけど、俺たちで我慢してくれ」
「う、うん。一緒にママをさがしてください。お願いします」
 晃はぺこりとお辞儀をして俺たちに身を委ねる。
 素直な子供は可愛いねぇ。どっかの永田大地にもこの純真さを少しは習得してもらいたいものだぜ。
 そんなこんなで、晃ママとの感動の再会への余興がはじまった。

「高野アキラ君ノオッカサァン! オッカァサーーーーーーーーーーイ! 出テコイヤ!!」
「晃君のお母~さ~ん! どこですかー!? いなくても返事してくださーい!」

「オイ新山! ヲ前クッセエ息ヲバラ撒クナ! 公害ダゾ!! 死者ヲ出ス気カ!? ソレハイクラナンデモ洒落ニナンネェゾ!!」
「じゃどうしろと!?」
「ッタク、大人ガダラシネェカラ少年少女ニシワ寄セガ行クンダヨナ」
「俺も一応まだ未成年なんですけど」
「ノン! ブレッス!! ダマラッシャイ!」
「ハイ」
「シッカシ人ハ特別多クナイノニココマデ引キ合ワセデキナイトハナ」
 人が多いショッピングモールや歓楽街ならともかく、ごくごく平凡な大通り。そんなに落ち合うのが困難とも思えないんだが。
「ソモソモコノ辺ニ母親ッポイ雰囲気ノ女性スライネーナー」
 近辺を歩いてる女性は、制服をまとった中高生もしくは余生を楽しんでいる高齢者ばかりだ。
「ヲイ新山何トカ言エヨ。ヲ前ノソノ汚イ口ハ飾リカ!?」
「それ絶対にフリだよね!?」
「ハイクッセェー!」
「だぁと思いました~あぁコイツこの世からとっとと干されないかなぁ」
 近辺をくまなく探したものの、母親とは落ち合えず。
 結局、晃と出会ったスーパーの入口前まで戻ってきた。
「見つからないね」
「うぅ……ママはボクをすてちゃったんだ……」
 晃は絶望感を隠さない表情で再び目に涙を浮かべる。
「バカ言ッテクレルナ! 親ハ皆子供ヲ愛シテイルンダ! 何ヨリモ大切ナ我ガ子ト離レ離レニナッテ平気デイラレル親ナドコノ世ニハイナイ!!」
「唐突な熱血キャラ……」
 そうだ。俺自身が両親から大切に育てられているから分かる。親の幸せは子供が幸せになることなんだ。
「ダカラ信ジロ、自分ノオッカァヲヨ!」
「…………ママ」
「シッカシ、モウ交番ニ行ッタ方ガ早イカ?」
「いやー俺たちでこの子を連れて交番なんか行ったら勘ぐられない?」
「何ヲ言ウカ! 貴様ハトモカク、俺ハ中性的ナ顔立チノ美少年ダロウガ!」
「……ウィッス」
 三人で途方に暮れていると、スーパーの出口から一人の小綺麗な女性が出てきて、

「晃」
「――――っ! ママ!」

 再会は突然に。晃に声をかけた。
 晃はその女性――母親の声に瞳を輝かせ、声の主の元へと駆け寄った。
「一人にしてごめんなさいね」
 とそこで、晃の母親は俺たちの存在を視界に捉え、鋭い瞳で警戒してきた。
「あなたたちは誰ですか? 息子になにしてたんですか?」
「我々ハ通リスガリノ親切ナヒーローデスヨ? 落チ着イテクダサイ」

「…………もしもし警察ですか?」
「っちょ!?」
「マミィィーーーーーーーーッ!! アギラァーーーーーーーーッ!!」

 マッポにパトカーで署まで連行されるのは人生一度きりでたくさんだわ!
「ママ。この人たちはね、迷子になってたボクのために、ママを一緒にさがしてくれたんだ」
 助け船を出してくれた晃に対して、母親はぽかんとした表情を見せる。
「迷子って……ママはトイレに行くからここで待っててねって言ったわよね? ここなら交通量が多くて治安も良いし、晃一人でも大丈夫って」
「――あ! そうだった! すっかりわすれてた!」
「ドウデモイイケド、アータトイレ長クナイッスカァ? ナニ出シテタンスカァ?」
「うっわ、デリカシー……」
「――こ、こほん。この子の間違いであなたたちにはお手数をかけてしまってごめんなさいね」
「お兄サンたち、めいわくかけてごめんなさい」
 高野親子から謝罪を受けるが、欲しいのは謝罪などではない。誠意は言葉ではなく報酬だ。
「大人ノオ礼ガモラエルッテ本当デスカ!?」
 俺は鼻息荒く母親と近距離でミッションコンプリートのご褒美を期待する。
「大人のお礼……? あと、顔近い……――そうですね。はい、板チョコ」
「アザーーーーーーーーッス!」
 母親は俺から思いっきり後ずさりして、スーパーで買ったと思われる安い板チョコを手渡してきた。
 俺の容姿に照れちゃってるんだな? ま、女性はいくつになっても乙女だからな。
 想定と違う報酬だし、バレンタインの本命チョコにはあまりにも早すぎるが、まぁいいだろう。
 こうして高野親子と別れたのだった。

「あれ? 俺の分は?」
「ンナモンアルワケネェダロ低能チンパンジーガ」
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