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しおりを挟む夕方になってから、ヒロくんは帰ってきた。
小次郎と色々話して、遊んで帰ってきたって。多分、もう大丈夫、て言って、ヒロくんは笑った。
そして、その夜。びっくりなことが、あった。
おじいさんが、ヒロくんの家を訪ねてきた。
ヒロくんから話を聞いていたのに、お母さんはおじいさんを見て、すごく驚いていた。
不思議そうな顔をしたヒロくんの前で。
おじいさんは、お母さんに「すまなかった」と言って。お母さんは、泣き出した。
唖然としてるヒロくん。僕もだけど。
二人がヒロくんを見つめて言ったのは。
おじいさんが、ヒロくんのお母さんのお父さん。だからつまり、ヒロくんのおじいちゃん。ってことだった。
ヒロくんは、最初意味が分からなかったみたいだけど、その内それが本当だと知ると、すごくはしゃいで、嬉しそうで。
先にヒロくんが寝る時間になって、眠りについてから、お母さんとおじいさんが話してるのを聞いていたら、事情が分かった。
ヒロくんが生まれる前。おじいさんがすすめた見合い相手との結婚を断って、お母さんは家を出て、お父さんと結婚したらしい。
以来、関係は切れていて、おじいさんも、その後のお母さんのことは、探しもしていなかったらしい。意地になってたと。
おじいさんが、ヒロくんが入院した病院の院長になっていたのは本当にたまたまで、ヒロくんの退院手続きをしているお母さんを見かけたのもたまたま。似てるけど、まさか、と思いながら、退院の書類を見て名前と住所を知って、居てもたってもいられなくなって、様子を見に行く途中。急に体調が悪くなって休んでいたところを、ヒロくんが助けたらしい。
ヒロくんの顔は見てなかったから、入院してたと聞いて、まさかと思って名前を聞いて、本当に驚いたと。
陽路の「陽」は、おじいさんの「陽仁」(はるひと)から取った漢字だった。
妊娠してる時に、お母さんが「昔、父が、孫に漢字をひきついでほしいとか言ってた」と軽く漏らしたのを、お父さんが受けて、ヒロくんにつけたらしい。
縁が切れたようになっていたのに、「陽」がついていた名前に、おじいさんは、驚いたって。
ヒロくんにも、謝ればって言われたって。
まっすぐないい子だ、と、ヒロくんのことを言ってた。ヒロくんに似てるというお父さんを選んだ、お母さんのことも、今なら分かる、と。
お父さんの病名を聞いたおじいさんは、新しい薬が出ていると言った。高価だが、よく効く、と。
お父さんを、おじいさんの病院に転院させて治療することになったのと。それから。お母さんは今の仕事の引継ぎが終わったら、おじいさんの病院で事務の仕事をするということになったみたい。
……そしたら、今より早く帰れて、ヒロくんと過ごせるようになるって。お父さんも薬がきいたら、家に帰れるかも。
話を聞けば聞くほど、良かったなあ、と、しみじみ思ってしまった。
……あきくんと姫ちゃんに、明日言いに行こう。
助けた人がお金をたくさん持ってきてくれるとかそんな冗談、言ってたけど。
そんなのより、もっともっと。すごいことが、起きたよって。
あきくんと姫ちゃんが居たのが、幸運につながって、おじいさんとヒロくんを、結んでくれたのかも、しれないけど。
……運を引き寄せたのは、ヒロくんだ。
まっすぐな、ヒロくん。
なんだか、すごく。
僕は、ふわふわした感覚がする。
こんなの、初めてなんだけど。
……この家は、もう、大丈夫なんだと、思う。
僕が引き寄せられるような家ではもうないし。
……気づいて、頑張ったヒロくんに、僕が今から、気付かせていくようなこともない。
多分、僕の役目は、もうここでは終わったんじゃないだろうか。
むしろ、僕は。
ここには居ない方が、良い気がする。
だからこんなに……なんだか、ふわふわ、してるんじゃないかな。
これは、いいこと、なんだ。
そう思いながら。
なんだかすごく、切なくて、僕は、浮いたまま、すやすや眠っているヒロくんを、見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、ヒロくんが学校に行ってから、昨日あった話を全部、あきくんと姫ちゃんに話した。
二人は驚いていたけど、ヒロくんが優しい子だったから、そうなったんだ、と喜んでた。
幸運が二人を引き合わせようとしてたって、ヒロくんが、あそこを素通りするような子だったら、そうはならなかっただろうし。
あきくんはそう言って、笑う。姫ちゃんも、うんうん、と頷いた。
「あ、そうだ、小次郎だけどさ」
あきくんが、ふっと思い出したように笑って、話し始めた。
「うん?」
「……なんか昨日から、すごいご機嫌。今日も、嬉しそうに学校行ったよ」
苦笑いのあきくん。
「兄貴が留学しちゃって、あの家は、両親忙しいし、寂しかったのかもな」
「そうかもね……ヒロくんが、他の子と仲良しで、余計だったのかもね」
「……なんかみんなヒロのこと好きだなー?」
「って、僕たちもだよね」
クスクス笑って、皆で顔を見合わせる。
ひとしきり笑った後。
僕は二人をじっと見つめた。
「……あのね、あきくん、姫ちゃん」
一呼吸、置いてから。
「僕、あの家を、出ようと思うんだ」
「……え。なんで?」
「……なんかね、昨日から、すごいふわふわした感覚があってさ。あの家に居ると」
「それって……」
「多分、ぼくが居るべき家じゃなくなっちゃったんだと思う」
「……そっか。じゃあまた、別の家にいくのか」
「そう、だね。まあ、今までどおりだよね。今までは……気づく余地もなくなったって感じだったけど、今回はもう、幸せになれる道がたった、てことだから……」
「うん……」
「……だからすっごく、嬉しい、んだけどさ」
僕は、嬉しいと言いながらも、ついつい俯いてしまう。
「一緒に、いたいんだけど……居ない方がいいと思う」
二人は、僕を見つめたまま、何も言わない。
僕の言いたいことは、きっと分かってるから、言えないんだと思う。
「……二人とは、全然いつでも会えるから」
「うん。そうだけど……」
「……いいの、ほんとに」
「いいのっていうか……ヒロくんの為だから」
「……うん……」
姫ちゃんは頷いたまま、黙ってしまった。
「貧乏神ってことは、言わないのか?」
あきくんの言葉は、僕がずっと気になってることを、まっすぐに、指した。
「……こないだ話をしたんだ」
「なんて?」
「もし、また前みたいに見えなくなっても……僕は、ヒロくんの幸せを祈ってるからって」
「……」
「だから……居なくなったとしても、またこの見える状態がなくなったとしても……ヒロくんは、そう思っててくれる、と思う」
「……それで、きいちゃんが良いなら」
あきくんは、すこし考えながらだったけど、そう言った。
「家から離れるなら、また遠くを選ぶの?」
「どうだろ。前までは、離れた家がどうなるかを見たくないから、遠くにいってたけど……今回は違うから、考えてて……」
「そうだよね……」
「こないだヒロくんと話した時は、もう、いつあの家からいなくなってもいいって思ってたんだけど……」
僕は、二人をまっすぐ見つめた。
「ヒロくんにお別れはいおうと思うんだ……貧乏神だったってことも。隠したまま離れたら後悔しそうだから。あと、ヒロくんにお礼を、言いたくて」
「――――……そっか。分かった。頑張って」
「戻ってきたらまた遊ぼうね」
「うん」
僕は、あきくんと姫ちゃんと別れて、ヒロくんの家に戻って、ヒロくんの帰りを、待った。
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