上 下
74 / 105
第3章「一人で実家帰りと思ったら」

9.良い先生。

しおりを挟む



 説明の仕方、声の大きさ、板書の見やすさや、スピード。
 色々チェックしていくけど、特別に注意しないとと思うことも無い。

 大学で、練習か。
 ……すごいなあ。真面目なんだろうなあ、と、感心しながら、琉生の授業を受ける。


「……以上です」

 そう言いながら琉生が時計を見て、私も同じく、確認。
 思わず、顔が綻んでしまう。

「もう、明日も大丈夫そうですね」
「もっと難しくなってきたら、手間取るかもですけど」
「その時はまた練習しましょうか。練習はとりあえずもう大丈夫ですか?」
「教科書が簡単なうちは大丈夫そうです」

 私も、そうですね、と頷いて、教科書やノートを片付けて窓を閉めた。

「とりあえず、戻って、明日の予定とか話しますね」
「はい」

 二人で教室を出て、準備室に向かって歩き始める。

「中川先生、今日のお店って、どこがいいとか決まってますか?」
「特に決まってないです。千里と行く時は、駅前で適当な店に入っちゃうことが多くて。もし、どこか行きたいところがあるなら……地元ですもんね、清水先生」

 そう言うと、琉生は、ぱっと笑顔になった。

「すっごく料理が美味しいお店があるんですけど。行きます?」

 楽しそうに言う琉生に、私もつられて笑ってしまう。

「いいですね。千里も美味しいお店知りたいと思います。どんなお店なんですか?」
「居酒屋、て感じです。でもチェーン店じゃないので料理が凝ってて。あと、店長が面白くって」
「千里、そういう人と仲良くなるの得意かも……」
「あー、なんか分かりますね」

 クスクス笑って、琉生が頷く。

「そのお店に、結構一人で夕食も食べに行ってたんです、学生時代」
「そうなんですね」
「居心地良いと思うので」
「楽しみですね」

 ふふ、と二人で笑い合う。
 飲みに行くとか、どうしようって思ってたのに、自然とそんな言葉がでた自分に気づいて、それから。

 ああ、そっか、と思った。

 出会ってすぐにあんなことしてしまったこととか、好きとか、昔のこととか、そういう大変なのが全部なかったとしたら。私は、この人と話してるこんな感じが、結構楽しいのかもしれない。

 話し方とか、声の出し方とか、笑い方。見つめあう感じ。
 すごく楽だし、楽しい気がする。

 やっぱり生理的に無理な人とは、いくら酔ってたって寂しくなってたって無理だもんね、と、一人納得。
 あと少しで準備室につくというところで、琉生が私を見つめながら話し始めた。

「昨日と今日、中川先生の授業とか、ホームルームとか見てて思ったんですけど」
「?」

「……やっぱり、良い先生ですね」

 すごく綺麗に微笑んだまま、そんな風にまっすぐ言われて。
 とっさに返事が出来なかった。

「話し方も優しいし、授業も分かりやすいですし。なにより、すごく楽しそうに生徒たちと話してて。生徒たちも、楽しそうですし。……先生の下に就けて、良かったなって……まだ二日目ですけど、すごく思います」

「――――……」


 ……う。わぁ……。
 ……何だか。

 …………泣いちゃいそう。
 すごく、嬉しい、言葉かも。

 辿り着いた準備室のドアを琉生が開けようとした時、琉生の同期の山本先生と、竹田 健司たけだ けんじ先生がやってきた。
 
「あっ清水先生、教頭先生が用があるから来てくださいって言ってました。今行けますか?」
「あ、はい」
 琉生がドアから手を離したところで、私は手を差し出した。

「じゃあ荷物、もらいますね」
「あ、じゃあお願いします。 いってきます」

 琉生の持っていたものを全部受け取って、三人が階段の方に消えていくのを見送ってから、準備室に入った。

 琉生の机に琉生の荷物を置いて、自分の席に着く。


 ……良い先生。

 急にそんなこと、あんな風にまっすぐに言われたら。
 ……あぶない。泣いちゃうかと思っちゃった。

 生徒と楽しそうに話してて、生徒も楽しそう、とか。
 ……そうなら、嬉しいなあ。


 何だかすごくすごく、嬉しくて。
 顔が綻んでしまうのを、抑えるのが大変。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

完結【R-18】公爵様と侍女

みるく
恋愛
私のお仕えしてる公爵様。 お優しくてちょっぴりお茶目な旦那様。 憧れからいつの間にか・・・

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...