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第3章「一人で実家帰りと思ったら」
9.良い先生。
しおりを挟む説明の仕方、声の大きさ、板書の見やすさや、スピード。
色々チェックしていくけど、特別に注意しないとと思うことも無い。
大学で、練習か。
……すごいなあ。真面目なんだろうなあ、と、感心しながら、琉生の授業を受ける。
「……以上です」
そう言いながら琉生が時計を見て、私も同じく、確認。
思わず、顔が綻んでしまう。
「もう、明日も大丈夫そうですね」
「もっと難しくなってきたら、手間取るかもですけど」
「その時はまた練習しましょうか。練習はとりあえずもう大丈夫ですか?」
「教科書が簡単なうちは大丈夫そうです」
私も、そうですね、と頷いて、教科書やノートを片付けて窓を閉めた。
「とりあえず、戻って、明日の予定とか話しますね」
「はい」
二人で教室を出て、準備室に向かって歩き始める。
「中川先生、今日のお店って、どこがいいとか決まってますか?」
「特に決まってないです。千里と行く時は、駅前で適当な店に入っちゃうことが多くて。もし、どこか行きたいところがあるなら……地元ですもんね、清水先生」
そう言うと、琉生は、ぱっと笑顔になった。
「すっごく料理が美味しいお店があるんですけど。行きます?」
楽しそうに言う琉生に、私もつられて笑ってしまう。
「いいですね。千里も美味しいお店知りたいと思います。どんなお店なんですか?」
「居酒屋、て感じです。でもチェーン店じゃないので料理が凝ってて。あと、店長が面白くって」
「千里、そういう人と仲良くなるの得意かも……」
「あー、なんか分かりますね」
クスクス笑って、琉生が頷く。
「そのお店に、結構一人で夕食も食べに行ってたんです、学生時代」
「そうなんですね」
「居心地良いと思うので」
「楽しみですね」
ふふ、と二人で笑い合う。
飲みに行くとか、どうしようって思ってたのに、自然とそんな言葉がでた自分に気づいて、それから。
ああ、そっか、と思った。
出会ってすぐにあんなことしてしまったこととか、好きとか、昔のこととか、そういう大変なのが全部なかったとしたら。私は、この人と話してるこんな感じが、結構楽しいのかもしれない。
話し方とか、声の出し方とか、笑い方。見つめあう感じ。
すごく楽だし、楽しい気がする。
やっぱり生理的に無理な人とは、いくら酔ってたって寂しくなってたって無理だもんね、と、一人納得。
あと少しで準備室につくというところで、琉生が私を見つめながら話し始めた。
「昨日と今日、中川先生の授業とか、ホームルームとか見てて思ったんですけど」
「?」
「……やっぱり、良い先生ですね」
すごく綺麗に微笑んだまま、そんな風にまっすぐ言われて。
とっさに返事が出来なかった。
「話し方も優しいし、授業も分かりやすいですし。なにより、すごく楽しそうに生徒たちと話してて。生徒たちも、楽しそうですし。……先生の下に就けて、良かったなって……まだ二日目ですけど、すごく思います」
「――――……」
……う。わぁ……。
……何だか。
…………泣いちゃいそう。
すごく、嬉しい、言葉かも。
辿り着いた準備室のドアを琉生が開けようとした時、琉生の同期の山本先生と、竹田 健司先生がやってきた。
「あっ清水先生、教頭先生が用があるから来てくださいって言ってました。今行けますか?」
「あ、はい」
琉生がドアから手を離したところで、私は手を差し出した。
「じゃあ荷物、もらいますね」
「あ、じゃあお願いします。 いってきます」
琉生の持っていたものを全部受け取って、三人が階段の方に消えていくのを見送ってから、準備室に入った。
琉生の机に琉生の荷物を置いて、自分の席に着く。
……良い先生。
急にそんなこと、あんな風にまっすぐに言われたら。
……あぶない。泣いちゃうかと思っちゃった。
生徒と楽しそうに話してて、生徒も楽しそう、とか。
……そうなら、嬉しいなあ。
何だかすごくすごく、嬉しくて。
顔が綻んでしまうのを、抑えるのが大変。
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