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第1章「最悪な夜の、夢みたいな」

2.消えたい。

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「琴葉、本当に、ごめん」
「――何?」

 内容も言わず、この話の流れで、ごめん、とか。
 早く、内容、言ってほしい。
 
「オレ、琴葉と、結婚出来ない。だから君の実家に行けない」
「――」

 咄嗟に、返事が出来ない。
 俯いてる春樹を、ただ見つめてしまう。

 何も答えられなくて黙っていたら、春樹が少しだけ私を見た。

「他に気になる人が、居る。琴葉のことも大事だから、ずっと迷ってたんだけど」
「――――」

 琴葉のことも。
 ことも。

 ――――も?
 も、って、何。

「やっぱり、こんな気持ちで、結婚は、出来ない」

 ついていけない。
 六年間も付き合って。
 結婚の挨拶に行こうという週に、突然。

 気になる人が、居るから、結婚できない?
 そんな話、ついていける訳……。

「……気になる人って?」

 声が、掠れる。
 何かが張り付いてるみたいに。

 こんなこと、聞いても、仕方ないって、
 頭の隅で、なんだか冷静な私が、思ってるのに。

「――――」

 何も言わない、春樹。
 言えないってこと? 私の、知ってる人、ってこと……?
 思った瞬間。ふ、と頭の隅に、浮かんでくる、姿。

「池田先生……とか?」

 名前を出した瞬間。焦った顔をして、こっちを見た春樹。
 ……バカだなぁ。春樹。もう、分かった。

 社会科準備室で、よく二人になってたけど。それは、普通にある、ただの同僚としての、関係だと、信じてたけど。……信じてたのに。

 ……そっか。あの子のために、そう決めたんだ。

「分かった」

 声、掠れる。さっきまで、普通に、出てたのに。

 ……良かったな。
 私の家族に挨拶してから学校に言うってことにして、私たちの関係を内緒にしておいて。
 ……ほんとに、良かった。

 着ていたブラウスの一番上を外して、ネックレスを引き出した。
 指輪を、外す。

 こんな人からの指輪なんて、もう、一刻も早く外したい。
 そう思っても。

 ……やっぱり、胸が痛いのはどうしようもないみたい。

 だけど。その感情は見せないようにして、なるべく静かに「返すね」と言った。

「――琴葉……」

 申し訳なさそうな顔をして。
 でも、明らかに、ホッとしてるように見える。

 私が、泣かないから?
 責めないから?
 分かったって、言って、指輪を返した、から?

「――――」

 優しい人だと思ってた。今まで。ずっと、優しかったと、思う。
 でも、私にも優しいけど、皆にも優しくて。

 優しいけど、最後に、こんなに冷たい、人。
 もう、人生を一緒に、考える事はないんだなと、ただぼんやりと、そう思う。

 鞄から財布を出して、お金を置いた。

「ここは、払うから」
 そんな風に言う春樹に。

「払ってもらう理由が無いから」
 冷静に。
 ただ、冷静に、そう、言った。

 立ち上がって、鞄を肩にかけた。

「さよなら、森本先生。また学校で。――もう、学校だけで」

 最後の言葉に、最大限の思いを込めて。
 春樹にぶつけて。私は、春樹に背を向けた。
 早く。
 少しでも早く。
 ――春樹の視界から、消えたい。
 急いで歩いて、店を出た。外に出てしまえば、春樹の位置からは見えない。

 店の外に出て、立ち尽くす。
 こらえていた涙が、ぼろ、と溢れ落ちたのを、俯いて隠す。

 ……これじゃ、電車に乗れない。
 どこかでゆっくり考えてから、帰ろう。落ち着かないと。

 ふっと、思い浮かんだ店がひとつだけ。
 
 あの店に着くまでに、少し落ち着こう。
 はあ、と息を短く吐いて。気持ちを抑えながら。私はゆっくり、歩き出した。



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