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第1章「最悪な夜の、夢みたいな」
1.嫌な、感じ。
しおりを挟む春樹と一緒に、学校から少し歩いたところにあるレストランにやって来た。
学校帰りによく寄る、来慣れたお店。春樹のアパートはここから歩いて十五分位。
「春樹、お酒飲む?」
お酒のメニューを渡すと、春樹は首を振った。
「今日はやめとく」
「そっか。明日から新学期だもんね」
お酒のメニューを避けて、料理のメニューを春樹に向ける。
そうなんだよね、新学期。
頑張らなくちゃ。
……ていうか、ほんと、今日は早く帰った方が良かったんじゃないのかな。
「春樹、今日、忙しかった?」
「うん。まあまあ」
「全然職員室に居なかったけど、準備室に居たの?」
「ん。そうだね」
社会科準備室。資料とかは全部そこにあるもんね。
心の隅の隅で、何かが引っかかるけれど、それはスルーする。
「そっか」
私は普通に頷いた。
私の質問が途切れると、少し沈黙。
「――――」
何となく、最近多いな。こういう事。
私の話が続いて、それが終わると、話が切れる。
いつからだったかな――でも、長く一緒に居る人達って、こんなものかなぁとも、思うのだけれど。
注文を済ませて、なんとなく今日の学校の話を春樹と交わす。
少しして、運ばれてきたアイスティーとサラダ。
春樹にフォークを差し出して、私は先にアイスティーを飲みながら、ぼんやりと思いだす。
春樹とは、二十才の時に、教育実習で母校に帰ってきて知り合った。高校時代の三年間、一緒に在籍していたはずだけれど、生徒数も多いし、クラスも部活も全く関わりが無くて、春樹のことは知らなかった。
教育実習中に仲間として頑張って、その期間が終わっても連絡を取り続けて、一カ月後に告白された。
優しい人。一生懸命な所が、好き。生徒思いな所も、好き。
きっと、結婚して子供が出来たら、子供にも優しくできる人、だと思う。
燃え上がるような恋、では無かったけれど、告白されてデートを重ねるにつれて、その優しさに惹かれて、彼と付き合うことに決めた。
大学を卒業して最初は別々の高校の教師で、お互い忙しくはあったけれど、関係は穏やかに続いて、婚約指輪を貰ったのが二十四の時。
その後、母校だった鈴宮学園にまとめて欠員が出た時に、運よく二人とも採用された。
私立なので異動も無いし、教師同士の結婚も認めてくれている。
恋愛関係にある時は、なるべく生徒に悟られないようにと言われているけれど、公立とかとは違って、結婚したからと言って、片方が別の学校に異動させられたりもしない。
このままここで二人、教師として夫婦として、一生を共にするんだねって。採用された時は、すごく喜んだっけ。
そんな、少し昔の事を思い出しながら春樹を見つめる。
……この人と結婚して、生きてくんだよね、私。
一生、かあ。
何だか、今でも、不思議な気分。
「あ、そうだ、春樹」
「ん?」
「今週末、大丈夫?」
今週末は、静岡の家族のもとに春樹を連れて帰る予定。本当は、春休み中に行こうと言ってたのに、春樹が指導してる野球部の大会とか試合があって、結局行けなくて。学校が始まってしまうけど、今週末にしよう、という事になったんだけど。
「ん……」
春樹の返事がなんだか、はっきりしない。
「あ、もしかして、野球部……?」
行けなくなっちゃったのかな。言い辛くて、こんな感じの返答なのかな。
そう思って、野球部の名前を出してみる。
「……野球部は休みだよ。グランドの整備が入るし」
あ、そっか。そう言ってたから、今週にしたんだっけ。
じゃあ、何でそんなに、歯切れ、悪いんだろ?
そう思った時。料理を運んで店員さんがやってきた。料理を並べて、席を離れていく。
「美味しそう。いただきます」
手を合わせて、食べ始める。
いつも通り、美味しい。
二十四の時に鈴宮学園に来てからだから、もうずいぶん通ってるけど、季節がわりのメニューが変わるし、もともとのメニューも豊富なので飽きない。
いつも通り、美味しいのに。……春樹は、なんだか美味しくなさそうに見える。
「春樹、食欲無い? 大丈夫?」
じっと見つめると。
ふ、と視線を逸らされて。大丈夫だよ、と言われた。
……何だか、嫌な、感じ。
何だか、良く分からないけど。
急に味のしなくなった食事を続けて。アイスティーを口にした時。
「――琴葉、ごめん」
春樹が、急に、そう言った。
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
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