上 下
70 / 125
◆Stay with me◆本編「大学生編」

「不機嫌」

しおりを挟む



「私、優奈ゆうなって言います。 良かったら、仁くんにプッシュお願いします」

 うふふ、と笑った「優奈ちゃん」の笑顔の向こうから、急に仁が現れた。

「オレが料理持っていくって言ったよね?」

 優奈ちゃんに視線を投げて仁がそう言うと、優奈ちゃんはにこっと笑って。

「あ、仁くんごめんね、お兄さんとお話してみたくてつい……」

 呆れたように、仁が優奈ちゃんを見やる。

「話さなくていいから。 仕事戻んなよ」

 とん、と優奈ちゃんの背中を押す。
 仁がくる、と振り返った。

「ゆっくり食べてて。 また来るから」
「――…ん」

 二人は、なんだかんだと楽しそうに話しながら、オレの席を離れていった。

「――――」

 ……仁がモテるのなんか、ずっと知ってる。
 ――――弟がモテたって、関係ない。 ……何も。

 要らない想いを、何もかも全部吹っ切って、いただきます、と心の中で呟いて、食べ始める。

 ―――― あ、すごく、美味しい。

 コーヒーも美味しいし、食べ物も美味しいんだ。いいな、この店。
 仁が美味しいって言ってたの、納得。

 不意にスマホが震えだした。

 ……亮也か。
    あまり人から見えないし、少しなら平気かな。
    少し声を潜めて、話し始めた。

「もしもし? 亮也……?」
『彰いま何してる? もう昼食べた?』
「今ちょうど食べてる」
『外だよな? 一人? 行ってもいい?』
「うん。別にいいけど……」

『どこで食べてんの?』
「駅前のカフェなんだけど」

 場所を説明すると、たぶん分かる、と言って、電話が切れた。

 ……断った方がよかったかな。
 ……て、別に関係ないか……。

 ただ友達が一緒に昼食べに来るだけだし。

 そんな事を思いながら、食事を食べ終えた時。
 仁が寄ってきた。

「どう? 美味しかった?」

 聞かれて、うん、と笑った。

「おいしかった。仁が作れるようになるの、待ってるね」
「ん、頑張る」

 くす、と笑って、そう言う仁。

「あ、あのさ、仁」
「うん?」

「さっき友達から電話が来て、昼一緒にて言うからさ。ここ教えたから、今から来ると思う」
「あ、そうなんだ… 女の子?」
「男だよ」
「了解。来たらここに通すね」
「…うん。よろしく」

「その人来たら、彰にもカフェオレ、持ってくるね。奢るから」

 ふ、と笑んで、オレを見下ろしてくる。
 ――――…なんで、そんな、優しく、笑うかな。

 「仁くん、ごめんね、ちょっと手伝って?」

 優奈と名乗ってた子とは別の店員の女の子に呼ばれて、「いってくるね」と言って、仁が消えてく。

 ――――その内、こうやって、離れて行って。
 ……仁はオレの前から、消えてくんだろうなー…。

 意図せず、そんな考えになって。
 ふ、とため息をついた瞬間。

 窓が、こんこん、と外から叩かれる音。外から亮也が笑いかけてきていた。

「亮也……」

 なんだか――――ほっとした、というのか。
 聞こえないのは分かっていても。つい、その名前を口にした。

 すると、一瞬眉をひそめた亮也に、待ってて、と言われた。聞こえはしなかったけれど、分かって、頷いた。
 入店の音が鳴って、優奈が亮也を出迎えてる。 亮也はオレの方を指さして優奈の案内を断ると、まっすぐにオレの席に来て、目の前に座った。

「……彰、平気? どした?」
「……」

「なんか、死にそうな顔してるけど」
「……死にそうな顔なんてしてないけど……」

 ふ、と笑って、返すけれど――――。
 なんとなく、視線が、落ちていく。

「彰? ……ほんとにおかしいな。 どうした?」

 伸ばされた手に、そっと顎を掴まれて、顔を上げさせられる。

「……何でもない。……目立つから……」

 その手を外させる。

「じゃ、こっち見ろよ」

 手を戻して、亮也がそう言う。

「どうしたの、ほんと、顔、変」
「……そんな変じゃないし」

 そう言った時。

「――――いらっしゃいませ」

 低い声が響いて。
 水とメニューが、亮也の前に静かに置かれた。

 丁寧ではあるのだけれど、威圧感のあるそれに、亮也は、不審そうにその主を見上げている。
 オレは見上げる気にもなれなかった。

「――――ご注文はお決まりですか」

 仁の、低い、声。
 ……今のやり取り、見られたかな……。
 って別にそこまで、変なことでもないか。顎に触れたのは……変? でも絶対しないことでも、ないよね。

「亮也、何食べる?」
「彰は何を食べた?」
「オレは、これ」

 指した先を見て、「オレもそれにする」と亮也。

「……お飲み物は」
「――――アイスコーヒー」

 亮也はそう答えて、仁を見あげて、何だかすごく、不服そう。
 かしこまりました、低い声でそう言って、仁は、離れていった。

「……何だあれ? 接客業向いてねーな……」

 確かに……。
 さっきまでオレに向けてた笑顔とは、別人過ぎる。

「……あー…… うん。 あの……」
「ん?」

「……弟」
「は?」

「……弟、だよ。こないだ、家で一回ちょっと会っただろ?」
「え? あ、弟?」
「……うん」

「……え、じゃあなんで、あんなに、オレ、睨まれるの」
「…………ごめん、なんか、態度、悪くて」

「てか、あいつあれで、この仕事できるの?大丈夫?」

 まさか、自分だけを睨んでいったなどとは思わない亮也は、オレの弟と分かると、今度は心配までしてくる。苦笑いが浮かんでしまう。

 ていうか。
 ………なんであんな、分かりやすく、態度悪くなったんだろ。

 男友達が来たらテーブルに通すねって伝えたさっきまでは、全然普通だったのに。顔はあげさせられたけど、あれを見られたって、別にキスした訳じゃないし、別にそこまで変なことは、してないし。

「亮也、なんか、家からにしては早すぎない?」
「……昨日あの後女の子んち泊ってさ。その帰り」
「……何でお前、いっつも女の子帰りにオレんとこ来んの?」

 くす、と笑って、そう言うと。

「何となく彰に会いたくなるんだよね。彰が付き合ってくれたら、そっち行かないけど?」

 にこ、と笑う亮也に、「まだ言ってる……」と、苦笑い。

「なあ、食べたら、オレんち、行く?」
「――――」

「発散しようぜ」

 ――――…発散…。
 二人の間で使われるこの言葉の意味は、すぐ分かる。

「ていうか、女の子んとこ泊ってきたんだろ?」
「え、全然イケるけど」
「……お前って……ほんと元気な」

 クスクス笑ってしまう。
 ほんと、あっけらかんとしてて。

 亮也と居るのは、なんだか、すごく楽。
  余計な事を、考えなくてすむから、かな……。

 まあ。 
 ――――もう亮也と、「発散」は、しないけど。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

番を解除してくれと頼んだらとんでもないことになった話

雷尾
BL
(タイミングと仕様的に)浮気ではないのですが、それっぽい感じになってますね。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

実の弟が、運命の番だった。

いちの瀬
BL
「おれ、おっきくなったら、兄様と結婚する!」 ウィルとあの約束をしてから、 もう10年も経ってしまった。 約束は、もう3年も前に時効がきれている。 ウィルは、あの約束を覚えているだろうか? 覚えてるわけないか。 約束に縛られているのは、 僕だけだ。 ひたすら片思いの話です。 ハッピーエンドですが、エロ少なめなのでご注意ください 無理やり、暴力がちょこっとあります。苦手な方はご遠慮下さい 取り敢えず完結しましたが、気が向いたら番外編書きます。

その学園にご用心

マグロ
BL
これは日本に舞い降りたとてつもない美貌を持った主人公が次々と人を魅了して行くお話。 総受けです。 処女作です。 私の妄想と理想が詰め込まれたフィクションです。 変な部分もあると思いますが生暖かい目で見守ってくれるとありがたいです。 王道と非王道が入り混じってます。 シリアスほとんどありません。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

処理中です...