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◆Stay with me◆本編「大学生編」
「兄弟として」
しおりを挟む「――――」
ますます、知らない男に見える仁を、ただ、まっすぐに見つめた。
「ごめん。とりあえず、最後まで話聞いてくれる? 聞きたいことあれば、あとで全部答えるから」
言われて、頷いた。
「オレさ、彰と離れて割とすぐ落ち着いたんだ。自分がどれだけバカだったかも分かったし。でもきっと、そんなすぐに連絡して謝っても信じてくれないだろうし。オレは、ちゃんと自分のこと頑張って、できること全部ちゃんとしようって決めてさ……だから謝るのも、遅くなっちゃったけど。遅くなったのは……時間が経ってからの方がいいと思ったから、だから」
「――――」
「……あの時、あんなこと無理矢理して、辛い思いさせて、ごめん」
まっすぐ、見つめられて。
ただ、ぼんやり見つめ返す。
――――ほんと。
変わったな……。
背も高くなって。 体つきも、男っぽい。
声は、聞き慣れたものではあるけれど、少し低い気もする。
弟っぽい、可愛かった仁は、もう欠片も残ってないように見える。
あの時のことを、こんなに、冷静に話して、謝ってる。
――――なんか、知らない奴、みたいだな……。
「彰が、許してくれるなら、オレ、もう一度、彰とやり直したい」
「――――」
「……許してくれるなら、一緒に、ここで暮らしたい」
「――――」
「でも、オレ達が連絡とってないこと、父さんたち知ってるし、別で暮らしてもいいとは言ってくれた。お互いが望まないなら、それ位は出してくれるって言ってくれたから。だから、断ってもいいよ。でも……オレは彰と暮らしたい」
「……仁」
「前みたいなこと、絶対しないし、言わない。そもそも、オレ、あんなことがしたかったわけじゃ、無かったし」
「――後悔してた?」
「……してたよ。ずっと。 だから、次に彰に会った時に、ちゃんと謝って、ちゃんとしないとって、すごい思ってた」
「――――」
どの言葉も。
真剣で。
――――本当に、関係をやり直したいんだって、思った。
その言葉を、ここで、オレが、切ることなんかできるわけがない。
「……オレも―――ちゃんと、対応できなくて……悪かったと思ってた」
「……彰が謝ることは、ひとつもないよ」
「――――二年間……連絡しなくて、ごめん」
「だから――――謝ること、ひとつもないから」
「分かった。もう二年前のことは、忘れる。ここに住んで、いいよ」
「……いいの?」
「仁は、本当にそれでいいんだよな?」
「ん。……ありがと、彰」
詰めていた息を、ほっとしたようにはいて。
仁が、笑んだ。
笑うと、少しだけ、前の仁がそこに居た。
オレも、なんだかホッとして。微笑んだ。
「母さん達に電話するよ。どうなるか心配してるから」
仁がそう言って、スマホを取り出した。
「あとでかわって?」
「ん」
仁が電話をかけているのを横目に、オレはコーヒーを啜る。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
何だか本当に現実感が無い。
目の前に、二年以上も避け続けた、弟が、普通に座ってる。
何でだろ……?
オレ、普通にしてて、良いのかな。
ポーカーフェイスを装いながら、オレの心臓はバクバクしていて。
息さえ、苦しい。
「あ、母さん? うん、今、彰のとこついて、話した。うん。一緒に住んで良いって。だからオレの置いてきた荷物、全部送って。うん。……それ以外のことはもう、そっちで話してきた通りだから……うん。そう……そうだよ、うん。―――― あ、彰にかわるね」
しばらく話していた仁がスマホをオレに渡してくる。
「あ、母さん? ――――ん……一緒に暮らす、けど。すごいびっくりした」
『そうよね、ごめんね』
「良いんだけど……」
『彰』
「ん?」
『……仁をよろしくね』
「え……あ、うん。オレの一人暮らしもう二年経つしさ。大丈夫。任せて」
そのまま荷物のこととか諸々を話して、電話を切った。
「仁、そんなに荷物、ないんだって?」
「うん。どこに住むか分かんなかったし。荷物は最小限にした」
スマホを仁に返す。
「こっち、来て」
「うん」
リビングを出て、仁を空いてる部屋に案内する。
「このうちさ、六畳が二部屋と、あと今のリビングなんだよね」
「うん」
「1Kとかでも良いって言ってたんだけど、なんかここ安くて、一万しか変わらなくて二部屋つくならこっちにすればって父さんが言ってくれてさ。東京に来た時泊めてもらうからとか言って」
「何回か、来てただろ? 出張ん時」
「うん。来てたよ。1kだったら仁がここ来るのは無理だったね」
クスクス笑うと、仁は、「広いとこで良かった」と笑んだ。
「オレのベット、奥の部屋だから、仁はこっちの部屋になるけど……いい?」
ドアを開いて、仁を中に入れる。
「ここ、何もないんだ」
「うん。そこのクローゼットに、今は、布団だけ入ってるよ」
言うと、仁がクローゼットを開けた。
「今日これ、使っていい?」
「うん。いいよ。 ベッドはこっちで用意するの?」
「うん。二段ベット捨てるって言ってたから、オレのベッドは和己に置いてきた。オレはこっちで買おうと思って」
「机とかは?」
「んー。いるかな?どうだろ。パソコンは買った方が良いよね?大学の授業とかって」
「オレのパソコン使ってもいいよ。 オレたまにしか使ってないし」
「そっか……。じゃあとりあえず、ベッドが欲しいかな」
「そだね」
「買いに行くの、付き合ってくれる? 家具屋とか、分かんないし」
「うん。いいよ」
部屋の奥に進んで、仁は窓を開けた。
「仁、シャワー浴びる?」
「あ、うん。浴びる」
「着替えとかは、持ってる?」
「今日明日の服は、玄関に置いた荷物に入ってる」
「そか。バスタオルは、洗面台の上に入ってるから」
「ん。ありがと、彰」
仁は言って、部屋を出ていった。
玄関に荷物を取りに行く音がして、その後、バスルームに消えていった。
部屋の電気を消して、リビングに戻る。
テーブルのスマホが光ってるのに気づいて、開くと。
和己から。さっきの続きだった。
「黙っててって言われたんだけど。 あのね、仁兄が、あき兄の所に行ったから。驚かないでね」
がっくり、力が抜けてしまう。
……遅い、和己。
密告してくれるなら、もう少し早く送ってくれたら良かったんだけど……。
苦笑い。
まあこの文、見ても、きっと、相当狼狽えただけだろうから、事前に見なくて良かったのかも……。
「もう来たよ。一緒に暮らすことになったよ」
そう和己に送信した後。
寛人とのトーク画面を開く。
「仁が、二年前のこと謝って来て……一緒に暮らすことになったよ。同じ大学なんだってさ」
そう送った。
しばらく見てたけど、既読が付かない。
たぶん、今日は金曜だから、居酒屋のバイト のはず。
返事来るとして、夜中かなー……。
ふと、ソファの前のテーブルに、ふたつ並んだマグカップを見る。
仁と、オレの……。
――――なんか、まだ、現実感がない。
―――― この二年間、ずっと、仁のこと、思ってきたけど……。
仁にとってはもう、二年前の事は、無かった事になってて。
オレにとっても、考えなくていい事だったんだと、知った。
もう、ただの兄と弟として、過ごせば、いいんだと。分かった。
なら、もう、今までのように思い出す必要もなくて。
夢を見る事も、無くなる。
というか、思い出すどころか、すぐそばに居るわけだし。
――――二年前にとらわれず、普通に過ごせば、いいんだ。
よかった。
そう思いながら。
――――オレは、並んだマグカップを、ぼんやりと見つめていた。
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