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第2章
◇切ない*圭
しおりを挟む会社の近くの居酒屋に入ってしばらくは、他愛もない事を話していたのだけれど、ふと会話が途切れた時に、先輩はオレをふ、と見つめた。
「なあ……高瀬と何かあった?」
「――――……あ。えっと……」
核心を突かれ過ぎて黙ってしまう。
「今週全然話してないだろ。昼も一緒に食べてないし。喧嘩、した?」
「――――……喧嘩は……してないんですけど」
「けど?」
「――――……ただ、少し気まずくて……避けちゃったら、余計に気まずくなって……オレの方が、全然話せなくなって……」
そう言うと、先輩は少しほっとしたように笑った。
「喧嘩じゃないんだな?」
「はい。すみません、なんか……仕事まで、なんか遅くなって……」
先輩は、んー、としばし考えて。
「……まあ、来週までにどーにかできてれば、仕事の方は大丈夫。高瀬と元どおりになれればいいかな」
「――――……」
元通り、か。
――――……もうオレ達って、きっと、元には戻れない、んだよな。
あんな事しちゃったら、きっと、友達には、戻れないし。
「――――…… 仲直り、出来そう?」
「………」
黙ってしまうと、先輩は苦笑い。
「――――……避けたの謝れば大丈夫だよ、高瀬、絶対織田の事大好きだから」
「――――…………え??」
ど、どういう意味……?? 先輩??
「……高瀬ってさあ?」
先輩が、少し声の調子を変えて、そう言って、少し間を置いた。
「……?」
「――――……今年の新入社員の代表挨拶、あいつだろ?」
「……はい」
「正直さ、教えなくても詳しいし、知らない事でもすぐ理解するし、なんか……後輩って感じしねえんだよな」
「――――……」
「渡もさ、去年の代表で、あそこは超できる奴らのコンビな訳。 それでも、渡ですら、なんか焦るって言ってたし」
苦笑いしつつ、先輩が続ける。
「しかも、あのルックスで超目立つし、話し方とかも落ち着いてるし、うーん、どっちが先輩?みたいなさ。 焦りがオレらにはある訳」
「……比べてオレ、色々ミスしてすみません……今週も色々迷惑かけて」
つい落ち込んだオレに。
「ん? ……ああ、そうじゃなくて。 いやいや、別にお前の事を何か言ってるんじゃねーよ?」
クスクス笑って、先輩はオレの肩をポンポンと叩く。
「お前、がんばってるよ。 本社に残ってるんだから、それなりに期待されてるって事だし」
「……でも……」
「そうじゃなくてさ。 オレが言いたかったのは……」
先輩はんーと考えて。一度ビールを口にして。
それからオレをまっすぐ見つめた。
「だからさ。正直言うと、高瀬って、オレら先輩にとったら、あんまり可愛くない後輩なわけ。オレと渡だけじゃなくて、チームの他のやつらにとってもな? いつ追い抜かれるかな、みたいな焦りもあるし。これ、本人には内緒な」
「……はあ……」
まあ、なんとなく、分からなくはないけど……。
「でな。 来た当初は、やりにくそうだなーと思ったんだけど… なんか織田と居るのを見てるとさ」
「…?」
「……なんか高瀬って、織田のこと、可愛がってるよな? すげー優しくしてる気がするし。 助けたり、教えたり。 多分、高瀬は高瀬でさ。 あいつにはない、お前のいいとこ、認めてるっぽい気がするし」
「? …あの、オレのいいとこってなんですか?」
そんな特別に何かあっただろうか?
思わず聞いてしまうと、先輩はじっとオレを見つめた。
「つか自分で少しは 分かんねえ?」
「………高瀬が認めてるオレのいいとこって言われると…全然…」
言うと、苦笑いの先輩。
「んーそうだなあ。……人当たりのいいとこ?つーか… 一言でいえないんだけど、お前が入ってきてから、なんかスムーズなんだよな。なんだろ。 お前か中に入ってると、モメないっていうか」
「――――…?」
「システム関係の奴ってさ、わりと変わってるやつら多いじゃん?」
「…そうですか?」
「オレとかお前って、そんな中では結構普通な方だと思うんだけど、わかんねえ?」
「…うーん… 先輩は、すごく良い人だと思いますけど」
「ぷ。…それはありがと」
おかしそうに笑って。 先輩はオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「変わってるなーと思わないんだろ、お前。 それ、結構すごいと思うんだよな。誰とも普通に話せるし、すげえ怖い課長も、お前には結構優しいのって、オレらの中では、奇跡だからな」
「――――…そう、なんですか…?」
「そうなんだよ」
クスクス笑う先輩。今まで考えてもなかった事を言われて、ただ特に反論もせずに聞いていると、先輩は続けた。
「一生懸命だし素直だし、なんかまっすぐだし。 ミスっても助けてやろうって皆動くし。 つーか、うちらのチーム、もともとはそんなに和気あいあいのチームじゃなかったからな。 お前気づいてなさそうだけど、結構気難しい奴も多いんだぜ?」
「……」
……気難しいって、誰の事なんだろう。
首を傾げて考えていると。
「やっぱり、わかってないだろ。お前、皆良い人、とか思ってるんだろ」
「……はい」
「お前のそういうとこ、すごいと思うし。 よく人事は、そういうお前、本社のオレらのチームにつっこんできたなーと感心してる位」
「――――……」
「……で、高瀬はさ、そういうお前の事が気に入ってるようにしか見えない訳」
「――――……」
「で、そういうお前を気に入ってる高瀬……っつー事で、なんとなく、オレらの、高瀬に対する評価も、上がってる訳」
「……?」
「高瀬も、良い奴なんだろうなーと、思っちゃうんだよなー、何か」
「……オレが基準なんですか? よくわかんないんですけど……」
「うーん、オレもさ、こないだ渡と初めてこの話して、そういう事だよなって2人で納得したとこだから…わかんねえのも分かるけど…」
クスクス笑いながら。
「覚えといていいよ。 お前のいいとこ、皆が何となく認めてて。 織田のそれを気に入ってるって事で、高瀬の事も、皆が良い風に受け取ってるっつーか」
「――――…」
「…なんか、いつも思ってたんだけど、お前に構ってる時の高瀬って、ちょっと可愛いんだよな。 すげえ楽しそうだったりして」
「――――…」
「お前に構ってる時以外の、高瀬を可愛いって思った事は、オレ、一度もねえから」
――――……オレに構ってる時の、高瀬……。
いっつも、ちょっとからかうみたいに、笑ってて。
でもいつも、すごく優しくて。
……教えてくれたり、助けてくれたり。
……迷惑かけて、助けてもらってばっかりなのに、
どうしてこんなに優しいんだろって、ずっと思ってた。
――――……オレの何かを……。
気に入ってくれて、優しく、してくれてたのかなあ……。
なんか、やたら優しかった、高瀬の笑顔ばかりが思い出されて。
離れてたこの数日間が、すごく、切なくなる。
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