上 下
50 / 236
第2章

◇パニック*圭

しおりを挟む
 

「……っ仕事しましょう、先輩」

 オレが言うと、先輩はふっとオレを見て。それから、ぷっと笑った。

「お前そんなんで仕事できる? 大丈夫?」
「全然できます、大丈夫です」

「ふうん、そう? お前ってほんと面白いよなあ?」

 先輩がクスクス笑ってる。
 オレは、机の鍵を開けようとして、カバンのポケットを漁り、はた、と強張る。

「どした?」
「……鍵、忘れました……」
「あららら……」

 気の毒そうな声に返す言葉もなく、仕方なくオレは立ち上がった。

「……すみません。鍵、借りてきます」
「頑張れよー」

 とぼとぼと歩き、フロアの一番端のキャビネの引き出しを開ける。
 そこには、このフロアの机の合い鍵の山。

 大事な資料が入ってるキャビネの鍵は上司が管理しているから別なのだが、私物を入れておく机の合い鍵はすべてここに集まっている。
 ざっと100は超えているその鍵の中から、自分の机と同じ記号を探さなければならないのだ。その大変さは、回数は多かれ少なかれ、誰もが体験はしているらしく。太一の「頑張れよ」という言葉は、この作業に向けてのもの。

 コレが嫌だから、鍵だけはいつも忘れないようにしていたのに……。

 今日は、会社に来るだけで精一杯で、他に何を忘れていたって、不思議じゃない位で。

 誰か整理しとけば良いのに、と思うけれど、誰もそんな事をやってるヒマはない。
 ……あとで自分のだけ、こっそり印つけとこ……。そんな風に思いつつ。すぐ近くの使用されていない机に、全ての鍵をばらばらと散らした。時間がかかるので、仕方なくそこの椅子に腰掛ける。
 その時。

「……なにやってンだよ?」

 後ろから声がして、ぽん、と肩を叩かれた。
 間違える筈もなく、高瀬の声で、 ドキン、と心臓が弾んだ。

「探すの手伝う。机の記号、いくつ?」

 クスクス笑う高瀬の手が、鍵の束の一つに伸びた。

「――――……エ…… Sの……145」
「ん」

 隣に座って、鍵の記号をチェックしはじめる、高瀬。

「……あり、がと」
「ん。いーよ。 いーから探せよ。 10時からミーティングだってさ」

 クス、と笑う高瀬。
 頷いて、探し始めるけれど、正直、鍵の記号すらちゃんとチェックできてるのかも微妙な位、まったく集中出来ない。

 隣に、居るって、それだけで。
 ――――……もう、頭はパニックで。

 どうしたらいいのかも、分からない。


「――――……お前、落ち着いて考えるって言ったろ?」
「……え?」

 不意に静かな声で言われた言葉に、パニックの頭で一瞬呆けていると。

「……考えた? 結論は?」
「――――……え、と……」

「……まだ結論出てない?」
「………ごめん……」

 小さく、頷くと。 
 そっか、と笑う高瀬。

「――――……もう1回言っとく」
「……?」


「……付き合おうって言ったの本気だからな? オレずっと、織田と一緒に居たいから」

 あまりにまっすぐ見つめられて、もう、ただ見つめ返すしか出来なかった。

 一番最初に好きだと思った、瞳が――――……ふ、と緩んで。 
 優しい笑みを作った。


「……答え。待ってるな、織田?」

「――――……」

 正直どうしたらいいか分からないまま、小さく、頷いた。
 頷くと、高瀬はまた視線を鍵の束に戻した。

 もう、自分の混乱状態はMAXで。
 鍵なんかもうどうでもいいから、今日はこのまま会社から帰りたい位で。


 ――――……高瀬が見つけてくれなかったら、
 一生かかっても鍵なんか見つけられそうな状態ではなかった。





しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...