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第1章

◇ツボ*拓哉

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 今年の桜は遅かった。
 入社式でまだ満開じゃなかった。

 入社式の翌日からの集合研修、その金曜日。
 花見に行こうという話が出たのをさっき聞いた。

 花見かぁ……。今日は帰るかな……。
 桜は嫌いではないが、混んでる中、酒飲みながら見なくてもいいか……。
 適当に断って帰ろうかと思った瞬間。


「高瀬ー」
「ん?」

 織田が、とことこ近寄ってきて、隣の席に座りながら。

「この後、花見行こうって聞いた?」
「さっき、聞いた」

「オレも今聞いたんだけど。……高瀬、行く?」
「……お前は?」

「んー、どうしようかなー。行きたいんだけど、なんかオレ、研修疲れたし、帰って休もうかなーとか思ったり」
「研修、疲れた?」

「もーすっごい疲れたよー何がってさー……頭使い過ぎで」

 へにゃへにゃした表情で、そんな風に言ってる織田に、ふ、と笑う。
 確かにめいっぱい頭使って頑張ってる感じ、するもんな。

「オレ、帰ったらもうすぐ寝ちゃいそう……」
「じゃやめとけば?」

「――――……んーでも花見好きで」
「――――……」

 ……見たまんま、好きそう。
 ぷ、と笑ってしまう。


「高瀬はどうするの?」
「んー……」

「高瀬が行くなら行こうかな。 高瀬行かないなら、帰って寝よーと」
「何でオレ基準?」

「……高瀬が行くなら行きたいから」

 照れ隠しなのか、あははー、と笑う織田に、ふ、と笑い返して。
 間を置かずに、自分から出てきた言葉は。


「じゃあ少し、行くか? 途中で帰ってもいいし」

 ……あれ。
 ……帰ろうと思ってたのに、オレ。


「あ、うん、いこっか。今満開なんだって。癒されるかも。返事してくる! 高瀬の分も伝えてくるー!」

 にこにこ笑って言うと立ち上がって、少し小走りみたいに急いで去っていく。


「――――……」

 
 ついさっきまで、帰ろうとしてたよな、オレ。
 ――――……だめだな、織田の笑顔に弱すぎ……。

 自分から出た言葉が意外で、それに驚くなんて、今まで無かったのに。
 織田と話してると、たまにある。

 さっきまで違うように思ってたのに、織田の顔を見て話してる内に、違う言葉が口から出ていて。

 ……それが、嫌じゃないって、何だか、全然分からない。


 そんな事を考えながら、片肘をついたまま、プリントを眺めていると。


「高瀬、行くって言ってきたー。 頑張って終わらす!」

 さっきまでへにゃへにゃしてたのに、なんだか物凄く元気になってニコニコ笑顔で帰ってきた。

「なんか、元気になったな?」
「え。 あ」

 織田は、そうかも、と笑う。


「だって、高瀬と花見行けるなーって……あ、……って、皆でだけど」
 
 最後の方は、じたばた狼狽えながら、言ってて。
 ぷっと笑ってしまう。


 ――――……なんだかなあ、織田って。
 ほんと。 なんでこんな、可愛いかな……。


 
「……笑わないで」

 織田が苦笑いして、オレを見てくる。


「早く課題終わらせよ? ……ってオレが頑張れって感じか」

 ぶつぶつ言いながら、もうほとんど終わってたオレの方を見てから。
 シャーペンを持って、プリントに視線を落とす。


 ――――……急に真剣になった眼差しに。
 また、いつもの感覚。


 頑張れ、と思う。ただ素直に。
 織田の真剣な、一生懸命な眼差しが――――……好きで。


 ――――……なんだかな。織田って。
 まだ会ってわずかなのに。


 なんでこんなに、ツボなんだろ。
 

 オレはもうほぼ終わってるから、さっさと仕上げて、ここに座っていないで、休憩に行ったりするのも自由なのだけれど。


 いつ何を聞かれてもいいように。わざと仕上げず。
 なんとなく。 隣で座ったまま。過ごした。








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