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「初めてのふわふわ」

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「――――」

 三匹、寄り添って、スヤスヤ眠ってる。寝息が静かで、可愛い。
 なんだか、毛糸のかたまりみたいにも見える。手の平に乗っちゃうんだろうなぁ。
 ココの耳はピン、と立ってるけど、この子たちの耳は、ちっちゃくて、ぷにょって垂れてる。 

 おててが短くてちっちゃくて、あんよもそろってる。なんでおんなじかっこして寝てるんだろう。

 ……おててとは言わないのかな? 四本全部、あんよかな?
 ていうか、足と呼ばず、あんよと自然と出てしまうくらいの、可愛さ……。

 
「かわいぃな……」

 ……こんな可愛い生き物が、犬だなんて嘘みたい……。
 そんな風に思ってしまうくらいは、私はずっと、犬を怖がって生きてきたなぁ。なんて、ちょっと冷静になる。

 でも、目の前のこの子たちは。すぴすぴ寝息をたてて。
 ……ぬいぐるみにしか見えない。
 
 めちゃくちゃ、ふわふわしてそう……。


 ――――触ってもいいよ、という恵ちゃんの声がよみがえる。


 触る? 犬に? 「犬に触る」という状態を考えただけでも、ドキドキするけど。


 そっと手が出た。
 指先で。そっとなら……。


 なんだか、指が震える。
 怖いからじゃない。

 小さすぎて。
 力が入らないように、一度、ぐーぱーしてから、そっと、人差し指の先で、首元の一番もふもふしてそうなとこに触れてみた。


 ふわ。と。
 思っていたよりも、もっとフワフワしていた。

 びっくりしてすぐ手を引いた。


 ……わたあめみたい。


 ふ、と口元が綻ぶ。

 すごくドキドキする。
 怖いからじゃなくて。


 可愛すぎて。胸がきゅんきゅんするし。
 ふわー。なにこれ、可愛いー。


 ふふ、と笑ってしまった。


 すぐ恵ちゃんが帰ってきて、ココがゲージに戻ったので。
 初めての接触は、指先だけ。だった。
 

「触れた?」
 そう聞かれて、少しだけ、と頷くと、恵ちゃんが、びっくりした顔で私を見た。

「って言っても……」

 人差し指の先っちょを指さして、「これくらいね」と言うと、「それでも、花音が触ったの、すごい」と笑う恵ちゃん。まあ確かに、と私も笑ってしまう。


「コーヒー淹れるね」
「ありがと」

 リビングテーブルで、恵ちゃんが淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら、ココと三匹を眺める。

「ぬいぐるみみたいだね」
「だよね。可愛いでしょ?」
「うん。可愛い。犬を近くで見て、可愛いって思えたの初めてかも」
「筋金入りだもんね、犬が怖いの」

 苦笑しながら、恵ちゃんに頷く。

「でもまだ色々大変なの。カーペットもね、体温調節ができないからだし。二ケ月くらい経てば、そんなに心配も無くなってくるんだけど」
「そっかぁ」
「おしっことかも、自分でできなかったりするから、ココが舐めてあげるんだよね」
「そうなんだ」

 そうなんだ。子犬の育ち方なんて、初めて考えたなあと思いながら。

「三匹、どうするの?」
「んー、オス一匹は欲しいって言ってる人がいるんだけど……お父さんの会社の人。メス二匹はまだ決まってない。うちでもう一匹飼うかもしれない」
「そうなの?」
「うん。でもまだ三匹とも決まってないよ。興味があって見に来る人達も居るんだけどね。相性もあるでしょ。この子たちが大きくなって、懐いた人がいいなぁって思う気持ちもあるし」
「そっかぁ」

 そうだよね。ずっと一緒に暮らすんだもんね。お互い好き同士がいいよねぇ。
 なんて思っていたら、ふと、駿しゅんのことが浮かんだ。

 相性かぁ……。
 少し考えていると、恵ちゃんが、私を見て、「花音?」と聞いてくる。

木本きもとくんのこと?」
「……んー。……ていうか、鋭いー」

 苦笑すると、恵ちゃんが苦笑い。

「だって、最近会うと、彼氏の話だから」
「……昨日も夜、雰囲気悪くなっちゃって」
「理由は?」

「んー……私が飲み会でね。ちょっと遅くなったら。電話した時には、もう機嫌悪くて」
「なるほど……」
「……ていうか、こないだ、駿も、終電を逃してタクシーだったしさ……」
「んー。心配してる、のかな?」
「心配っていうか……私の職場、結構男の人が多いからさ。飲み会っていうと不機嫌……」

 はぁ。ため息。
 恵ちゃんも、んー、と考えてから。

「すれ違っててあんまり会えてないんでしょ?」
「うん」
「会わないと、うまくいくものも、いかなくなっちゃうんじゃない? 会いに行けば?」
「んー……でも、駿も私も、実家だし。仕事終わるのもお互い結構遅くて」

 はああぁ。ため息。

「木本くんとはもう何年になるんだっけ……」
「五年……位かなぁ」
「結構長いね」

 ん、と頷いて。またため息が零れそになって、止めた。

「大学生の時はずっと一緒に居られたから……すごく仲良くて、楽しかったんだけどね」
「社会人になるとね。変わるよね。でも別れたくないなら会わないと、って気がするけど」

「……そう、だね。今日電話したら、言ってみる」
「電話は毎日してるの?」

「んー……たまに喧嘩した時、無い日もあるかな。前は毎日だったんだけど」
「そっかぁ」

 なるほどねー、と恵ちゃんが頷く。

「いいなー恵ちゃんは、付き合いたてで、仲良いよね」
「まあ、付き合ったばっかりだからね」

 職場の人と、グループで遊んでて、その中の一人と付き合い始めたみたいで。
 恵ちゃんは、最近、楽しそう。

 正直、いいなあと、思ってしまう。



 と。その時。
 きゅ、みたいな変な音がして、私が振り返ったら、「あ。起きたかも」と恵ちゃんがいった。


「え、今の鳴き声?」

 なんだか、きゅう、みたいな、高くて細い、音。


 思わず立ち上がって、側にいくと、ぬいぐるみみたいな、パンみたいなふわふわが、もぞもぞ、一斉に動き出したところだった。


 

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