上 下
2 / 23

「犬に触る」とか。

しおりを挟む



花音かのん、こっちから見てみて」

 静かにそう言いながら、恵ちゃんが私を手招きする。
 そっと覗き込むと、三匹生まれたという赤ちゃんたちは、すやすや眠っていた。

 眠っていたココは、私が近づくと、ぴくっと顔を上げて私を見た。子犬たちだけが小さいホットカーペットの上に乗っていて、三匹は何故か、これでもかというくらいに、むぎゅっと、くっついてて。お腹のあたりに小さい布が掛けられている。
 
 ……うわー…… なんだろう、これ。
 犬? ……なんかホコホコの焼き立てパンみたい……。ふわふわしてしそうなのが、見た目からも分かる。

 きゅ、と胸の奥が縮んだ。
 
 あれ? 可愛い……かも。

 犬は犬だから、きっと多少は怖いと思うかも。と思っていたのだけれど。
 さすがに、ふわふわホコホコの焼き立てパンみたいな存在には、「怖い」のかけらも無かった。

 ただ、近づくと、ココがじっとこっちを見ていて、それはちょっと怖い。
 でも多分これはきっと……。

「ココがちょっと警戒してる」

 ふふ、と笑って、恵ちゃんはココを撫でた。
 やっぱり、と思った。大事な赤ちゃんたちを、守るためなんだと思うと、なんだか不意に感動する。

「ココ、ちゃんとお母さんなんだよ。何人か見に来てるんだけど、知らない人が来るとガードするの。まだ、花音だから、吠えてないけど」

 一応、ココも私を知っているとは思う。……私は撫でたことはないけど。
 恵ちゃんは、私が犬を苦手なのは知ってるので、私が居る時は、ちゃんとココを押さえてくれているから、あまり近づいたことはない。だからまあ私も、ココを連れてる恵ちゃんと立ち話くらいは出来る。視界に入るのも嫌とか、そんなことは無いんだけど……。

 多分ココは、私のことを「飼い主の恵ちゃんが笑って話す人」くらいに思ってるのかなあ……? 

「どう? 怖い?」

 そう聞いてくる恵ちゃんに、私は首を振った。

「ううん……可愛い」
「でしょうーー?? もう私、もう、ほんと可愛すぎて、メロメロでねー! 花音にも可愛いって思ってほしかったのー」

 これなら怖くないでしょ? と恵ちゃんは笑う。

「あ、そうだ。私、今からココのお散歩に行ってくるから。ちょっとこの子たち、見ててもらえる? 赤ちゃんが気になるみたいで、ココがすぐ帰りたがるから、少しで帰るから」
「うん、良いよー。見てるだけでいい?」
「寝てるし。起きても、ぴょこぴょこしか動かないから」
「うん。いってらっしゃーい」

 ココをゲージから出しながら、私を見た恵ちゃんは、そうだ、と笑った。

「もし触りたいなって思ったら、ココが出るからチャンスだよ。指先で、ふわふわに優しく触る位なら起きないから、大丈夫だから」
「……触れないと思うけど」

 少し首を傾げながら恵ちゃんを見つめると、恵ちゃんは、ふ、と微笑んだ。

「うん、だから。もし、触りたいって思ったら。触ってもいいよ?」

 クスクス笑いながらそう言って、恵ちゃんは、出て行った。

 恵ちゃんは長い黒髪が綺麗な女の子。中学で転校してきた私に一番に声をかけてくれて、そしたら家がすぐ近く。それで仲良くなって、高校まで一緒。大学からは別だけど、よく連絡取り合ってて、外でちょこっとだけ喋ったり、よくしてる。気さくで優しくて、友達になれて良かったなーと思ってる。

 触りたいと思ったら、かぁ……。 

 「犬に触る」なんて、考えたこともない。一生触らず生きてく気がしてた。
 触るとか考えると、ソワソワした感じで、ドキドキする。



しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】ある神父の恋

真守 輪
ライト文芸
大人の俺だが、イマジナリーフレンド(架空の友人)がいる。 そんな俺に、彼らはある予言をする。 それは「神父になること」と「恋をすること」 神父になりたいと思った時から、俺は、生涯独身でいるつもりだった。だからこそ、神学校に入る前に恋人とは別れたのだ。 そんな俺のところへ、人見知りの美しい少女が現れた。 何気なく俺が言ったことで、彼女は過敏に反応して、耳まで赤く染まる。 なんてことだ。 これでは、俺が小さな女の子に手出しする悪いおじさんみたいじゃないか。

40歳を過ぎても女性の手を繋いだことのない男性を私が守るのですか!?

鈴木トモヒロ
ライト文芸
実際にTVに出た人を見て、小説を書こうと思いました。 60代の男性。 愛した人は、若く病で亡くなったそうだ。 それ以降、その1人の女性だけを愛して時を過ごす。 その姿に少し感動し、光を当てたかった。 純粋に1人の女性を愛し続ける男性を少なからず私は知っています。 また、結婚したくても出来なかった男性の話も聞いたことがあります。 フィクションとして 「40歳を過ぎても女性の手を繋いだことのない男性を私が守るのですか!?」を書いてみたいと思いました。 若い女性を主人公に、男性とは違う視点を想像しながら文章を書いてみたいと思います。 どんなストーリーになるかは... わたしも楽しみなところです。

死にたがりのうさぎ

初瀬 叶
ライト文芸
孤独とは。  意味を調べてみると 1 仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと。また、そのさま。 2 みなしごと、年老いて子のない独り者。 らしい。 私はこれに当てはまるのか? 三十三歳。人から見れば孤独。 そんな私と死にたがりのうさぎの物語。 二人が紡ぐ優しい最期の時。私は貴方に笑顔を見せる事が出来ていますか? ※現実世界のお話ですが、整合性のとれていない部分も多々あるかと思います。突っ込みたい箇所があっても、なるべくスルーをお願いします ※「死」や「病」という言葉が多用されております。不快に思われる方はそっと閉じていただけると幸いです。 ※会話が中心となって進行していく物語です。会話から二人の距離感を感じて欲しいと思いますが、会話劇が苦手な方には読みにくいと感じるかもしれません。ご了承下さい。 ※第7回ライト文芸大賞エントリー作品です。

いつか『幸せ』になる!

峠 凪
ライト文芸
ある日仲良し4人組の女の子達が異世界に勇者や聖女、賢者として国を守る為に呼ばれた。4人の内3人は勇者といった称号を持っていたが、1人は何もなく、代わりに『魔』属性を含む魔法が使えた。その国、否、世界では『魔』は魔王等の人に害をなすとされる者達のみが使える属性だった。 基本、『魔』属性を持つ女の子視点です。 ※過激な表現を入れる予定です。苦手な方は注意して下さい。 暫く更新が不定期になります。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

家族

葉月さん
ライト文芸
孤独な少女は優しい女の人の家に居候することになって、、、⁉︎

秘密部 〜人々のひみつ〜

ベアりんぐ
ライト文芸
ただひたすらに過ぎてゆく日常の中で、ある出会いが、ある言葉が、いままで見てきた世界を、変えることがある。ある日一つのミスから生まれた出会いから、変な部活動に入ることになり?………ただ漠然と生きていた高校生、相葉真也の「普通」の日常が変わっていく!!非日常系日常物語、開幕です。 01

三度目の庄司

西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。 小学校に入学する前、両親が離婚した。 中学校に入学する前、両親が再婚した。 両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。 名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。 有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。 健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。

処理中です...