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◇週末の色々

◇突然の。*優月

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 その時。
 玲央たちの歌がちょうど終わって。
 振り返ると、玲央が、こっちを気にして降りてくるのが分かった。


「……ちょっと見てろよ」

 奏人くんは、そう言い置いて、玲央に向かって、歩いていく。


 ……? 見てろ?


 玲央が、多分、「奏人」と言いかけた、時。

 奏人くんは――――……。

 玲央の服を掴んで引き寄せて。玲央が体勢を崩した、その一瞬の隙に。
 玲央に、キスした。

 まわりが、ざわめいたけど。
 全然気にせず。眉を顰めてる玲央にだけ聞こえるように、奏人くんは何かを囁いて、ぱ、と離れた。

 それから、オレに向けて、べ、と舌を見せて。
 奏人くんは颯爽と歩いて、ホールから、出て行った。

 その場は、ものすごく、変な空気に包まれたけど。
 まだステージに居た勇紀がすぐに、「玲央、もう一曲歌お」と言い出して。玲央も、空気を変えるにはしょうがないと思ったのか、一瞬オレを見て、それから、ステージに上がった。

 勇紀がフォローしつつ、すぐに、歌い出した玲央を見ていたら。
 蒼くんが、「優月」と声をかけてきて、まっすぐ見つめてきた。

「――――……大丈夫か?」
「あ、うん。……大丈夫」


 不思議な位。
 ――――……奏人くんが玲央にしたキスには、何も、思わなくて。

 ただ、ほんとにすごく 好きなんだろうな、という気持ちが、なんか切なくて。何とも言えない気持ちに襲われてた。


「そういやさっき、今日、玲央がお前を連れて帰りたいって」
「え? あ……うん、そうなんだ……」

 蒼くんの言葉、理解はしてるんだけど、いまいち、嬉しいとか、そっちにいかない。なんか遠くで聞こえてるような。

 なんか、切ないのがオレにも移って、ここで、今日玲央と居れるって喜ぶのも、違う気がするし、そんな気にも、なれなくて。

「お前のスーツ、うちにあるから」
「え?」

 続けて蒼くんが言った言葉が、今度は意味が分からなくて、首を傾げる。

「前の仕事ん時に、うちで私服に着替えた事あっただろ。そん時一式置いてったから、オレのと一緒にクリーニング出して、置きっぱなしになってるんだよな……」
「うん……??」

「明日会場で着替えればいーし。少し、早く来いよな」
「――――……??」

「とにかく、ここら辺に泊まって、玲央と、ゆっくり話してこい」

 ……あ、そういう事か。
 着替え取りに行かなくていいから、ゆっくり話せって事、か。
 
「ん。玲央にも聞いてみる、けど……分かった。ありがと、蒼くん」

 頷いておいて。
 ふと、蒼くんを、見つめる。


「ね、蒼くん。……オレが、奏人くんに言った事って……」
「うん?」

「……言わない方が良かった?」

「いや。良いんじゃねえ? お前が玲央を好きなのは分かったし。……あいつがそうなのも分かったけど」
「――――……うん。だよね……」

 何となく、俯いたオレに、蒼くんはふ、と笑った。

「玲央の何がそんなにいいんだか?」

 悪戯っぽく笑う蒼くんに、オレも少し笑んで、首を傾げた。

「んー……分かんないんだけど……全部、好き、だよ?」

 言うと、蒼くんは、はいはい、と笑う。


「……でもなー。最後のキスはな……油断しすぎ、玲央」

 蒼くんの声がちょっと低くなる。
 
「急だったし。……あれは仕方ない気がする」
「そういう問題じゃねえな。優月に見せつけさせるとかは、ちょっとな……」

「……え。蒼くん、今もしかして、ちょっと怒ってる?」
「……ムカついてる」

「オレが怒ってないのに、蒼くん、怒んないでよ」

 ……蒼くんがマジで怒ると、怖いんだから。

「オレ、怒ってないよ?」
「優月が怒ってるかどうかは関係ねえよ、オレがムカついてるだけ」
「蒼くんー…」

 怒ってるって、奏人くんじゃなくて、玲央に言ってるの? 油断しすぎ、だから、玲央だよね……。うう。


「怒んないでよ……」
「お前には怒ってねえぞ?」
「っ分かってるよ、玲央に怒ってるから、言ってるんじゃん」
「――――……」

 蒼くんは、ぷ、と笑うと、よしよし、と撫でてくる。


「オレが何しても、静かにしとけよ」
「何する気なんだよー、お願いだから何もしないで」

「大したことしねえから」

 クスクス笑う蒼くん。
 ……だから怖いんだってば。


「まあでも、さっきの事だけどさ」
「ん?」

「お前は、よく怯まず、ちゃんと好きって伝えたと思うよ」
「――――……」

「頑張ったよな。 ああいうの、苦手だろ? ……お前が真剣なのが分かったから、とりあえずにしたって、退いたんだろうし。ちゃんと答えなかったら、退かなかったんじゃねえか?」
「――――……」

「悪かったな、口挟みそうになって」
「ううん。そんなこと、ないよ。オレこそ、せっかく助けてくれようとしたのに、ごめんね」

 蒼くんは、瞳を優しくして、よしよし、とオレをまた撫でた。

 あ、良かった。
 もう怒って、ないかな?


「――――……で、優月が陰で頑張ってんのに、玲央はさらっとキスなんかされてるしな……」

 ……ていうか、さっきより、怒ってるかも。


「もうそれはいいってば……蒼くんー……」
「つか、ないだろ、キスされるとか。……ガードしろよ」

「――――……不意打ちだったし、しょうがないってば……」


 何でオレがこんな事で、蒼くんの怒りを解かないといけないんだろう……。


 うーん……。


 悩む……。






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