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◇気持ち

「優しく」*玲央

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 教授がこちらに背を向けて、黒板のボードに字を書いていると。
 そっと由香が近寄ってきて、囁いてくる。

「ねね、玲央」
「……ん?」

「夜遅くなってもいいから、行っちゃだめ?」
「――――……」

 甘えるように言われる。
 美人だし。体の相性も悪くないし。
 ――――……全然いい、筈なのだが……。


「……早く終わったら、連絡する」
「早くって?」
「20時までに連絡なかったら、今日は無しでいいか?」

 由香は、むー、と口を閉ざして。
 頷いてる。

 教授がこちらを向いたので、そこで話を終わりにする。


 何でだろう。即答ができない。


 ――――……優月と、約束はしてない。

 優月は、怒ってはいなかったけど、オレ的には、すごくひどい触れ方をしてしまったから。
 本当に、ちゃんと、優しくしたい。
 
 ……気も、する。


 でも、あくまで「セフレ」と言い切ったのだから、
 そんなに毎日誘ってもどうかと思うし――――……。
 
 授業が終わり、片付けていたら、由香が顔をのぞき込んできた。

「ねね、じゃあ、お昼一緒に食べようよ?」
「……ああ。いいよ」
「やった。じゃあ、裏のカフェに行こうよ」

 校舎の裏、駐車場側に少し歩いた所にあるカフェの事だと分かって、頷いた。学食とは違うオシャレな店。由香らしい。
 授業を終えて、立ち上がる。

「あ、ちょっと待ってね、玲央」

 由香が荷物を片付けているのを待ちながら、ふと、後ろの奴が目に入った瞬間。なんかどっかで見たなと思い、それからすぐに、思い出した。

 ああ。……優月の幼馴染か……村澤 智也、だっけ。

 最初優月に名前を言われた時は顔を思い出せなかったけれど、昨日優月と昼一緒に居るのを見たのもあって、急に記憶が繋がった。

 向こうもオレに気付いたらしく、ふっと視線を向けてきたのを、気づかないふりをして流した。

 ――――……確かにゼミで一緒だったな。顔を見たらちゃんと思い出した。
 見た目のまんま、まじめというか、まっすぐな意見を、言う奴。 

 ――――……優月がオレとセフレ、とか言ってんの……知ってんのかな。


「玲央ごめんね、お待たせ」

 由香が言うのと、

「なあ」

 と、村澤から声がかかるのが、一緒だった。
 え?と由香が村澤を振り返って、それからオレを見た。

「……悪い、由香、ちょっと教室の外で待ってて」
「あ、うん」

 由香が素直に頷いて、外に出て行く。
 ……こいつに、直接話しかけられたのは、初めてかも。

「何?」
「……昨夜さ、優月と一緒だった?」
「――――……」

 無言で頷くと。
 
「あ、良かった」

 意外な言葉に、少しだけ首を傾げて、顔を見ていると。

「……昨日の昼居なくなって、4限の後はたぶん習い事に行ったと思うんだけど、夜入れた連絡に返事来ないから少し心配しててさ」
「――――……」

 昨日、習い事の後、先生だかと夕飯に行って、その後はずっとオレと居たから。スマホ、触ってる暇はなかった筈。

「……今朝、一緒に学校来たから大丈夫」
「ふーん。なら良いや」

 それきり、お互い、黙る。

「――――……お前、優月の幼馴染なのか?」

 言ったら、村澤はオレを見て。くす、と笑った。

「優月、オレのこと話してンだな……ん、そーだよ」
「――――……」

 昨夜が一緒だったか聞くってことは――――……。

「……知ってるってことだよな?」
「……うん、まあ」

「……」

 何も言うべき事が見つからないでいるオレに、村澤はまた少し笑った。

「オレが言う事じゃないんだけど。できたら、今のまま、優しくしてやってよ」
「今のままって……」
「お前がめちゃくちゃ優しいって、言ってたからさ」
 
 そんな言葉に、何だか返答できない。


「……村澤は、良いのかよ」
「んー……優月がそうしたいんだから、オレが何か言う事じゃないし」

「……」


 まあ確かに。
 ……つか、オレは何が聞きたかったんだ。


「ただ、優月にとっては、なにもかも、未知の世界だからさ。できたら、今のまま、優しくしてやって」


 そんなふうに言って、クスクス笑ってる。


 ――――……今のまま、優しくしてやって、か。
 村澤の言葉の端々に、優月を大事に思ってるのが感じられる。

 オレに複数セフレ居るの有名だし。
 別に隠してねえし、こいつも知ってるだろうし――――……。

 大事な優月が、オレみたいな奴のセフレになるの、許せるんだな。
 何となく、意外。
 こいつ、そんなのダメそうなのに。


 めちゃくちゃ優しいって言ってたって――――……。
 ……夜中した事が、ますます悔やまれてくる。

 朝意外なほど、普通だったというか。
 いつも通り、赤くなったりして。
 好意が消えてなかったのは良かったけど――――……。

 たぶん、そもそもそういう行為の、「当たり前」とかを知らないから、あんな感じで許してくれたんだろうとは、思う。

 ――――……なんか今。
 ……めちゃくちゃ、トロトロに、甘やかして、触りたい。
 
 つか。オレ。
 ――――……ずっと、優月の事ばっか。


「……あのさ」
「ん?」

「何で優月を誘ったの?」
「――――……」

「なんかお前の周りに居る女とか……男とも、優月って、全然違うからさ」
「――――……」

「言いたくなかったら別に良いんだけど。これは、オレが聞いてみたかっただけだから」

 言いながら、筆箱にシャーペンと消しゴムを片付け始める。


「……何となく……?」
「何となく、なの?」

 苦笑いの村澤。頷きかけて、思わず首を傾げた。


「……あー……分かんねえや」

 興味があったから。キスした後の顔が、可愛かったから。
 優月の反応がなんか――――……気に入ったから。

 並べる事はできるけど――――……。 
 ……決め手はよく分かんねえし。

 なんか全部を、こいつに並べるのもおかしいし。


「……ふーん」

 村澤は、じーっとオレを見つめてくる。


「まあ、何となく気に入ったんだろうなーってのは、分かるけど」

 はは、と笑ってる。


「……村澤」
「ん?」

「……優月って、元々、男って、ありな奴?」
「無し。多分、今まで、考えた事もなかったと思う」
「――――……」

 ……まあ、そうだよな。

「でも優月は、自分の想いにまっすぐだからな、今はとにかくお前と居たいって思ってるから」
「――――……」

「……まあ釣り合わないって、ちょっと思ってるらしいけど」
「……?」


 釣り合わない?

 視線を向けると、村澤は、ふ、と笑った。


「――――……そう思ってるっぽいから。違うなら、否定してやってよ」
「……」


 何だか腑に落ちないけれど、とりあえず頷く。


「……何かオレ、お前と初めてちゃんと話したかも」

 クスクス笑いながら、村澤が立ち上がる。


「あー、そうだ。 昨日オレと居た女の子、見た?」
「……ああ、なんとなく」

「優月の保護者的な子だからさ。お前んとこにいつか乗り込むかも」
「――――……」

「昔から、優月の事が大事でしょーがないンだよね。だから、もし乗り込んできても、そう思って許してやって」
「……何だ、それ」

 思わず笑ってしまうと。村澤も、はは、と笑った。


「……じゃオレ、昼行くね。あの子、待ってるし」

 由香が廊下から、ひょこ、と顔をのぞかせてる。 じゃあなと言って足早に立ち去っていくその後ろ姿を見ながら、今の会話で、色々気になった事を考える。

 軽く息をついてから、ドアの所で待っている由香の元に向かった。





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