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◇出逢い
「出逢い」*優月
しおりを挟む花宮 優月19才。教育学部の2年生。
「クロー?」
校舎の裏、綺麗に敷かれた芝生にベンチ、良い感じの木が茂っていて日陰もある絶好の休憩場所に向かいながら、よく会う黒猫を探す。
すぐ脇の道路を通るのは、駐車場から大学に行く人位。
車通学する学生がそもそも少ないので、ここはあまり周知されていないようで、いつ来ても誰も居ない。休講などで1コマ空く時やお昼の時間に、たまに1人で来て過ごす。
そこそこ友達は居るし、幼馴染の2人が同じ大学に入ったので、よく一緒にも居るのだけれど、クロとの休憩は少し特別。
クロを撫でて癒されたい時や、1人でのんびりしたい時に来る。
子供の頃に飼ってた黒猫にそっくりなこともあって、もう可愛くてならなくて。近くのコンビニで猫用の缶詰やおやつを買ってきて、最初は餌付けで懐いてもらった。
クロと一緒に芝生に座ってしまえば、植え込みの木に隠れて、道を行く人からも見えないのもお気に入り。
「……おーい、クロー?」
去年入学してすぐの頃、1人で学内を探索していて、ここを発見、クロにも出会った。それから1年。もうすっかり慣れてくれて、クロと呼ぶといつもは出てきてくれるのだけれど。
今日はどこか遊びに行っちゃったのかなあ。
……残念。
そう思った瞬間、にゃあ、と猫の鳴き声が聞こえた。
あれ、クロ?
そう思うけれど、呼んでも来てくれなかったし他の猫かもしれない。驚かせないように、そっと声のする方に歩いて、木の枝を手で少し避けた。
「――――……」
誰かの後頭部が、休憩場所のベンチに見える。
ここに人が居るのは、珍しい。
「……なに。オマエも、ぼっち?――――…… おいで?」
優しい声がして、猫を抱き上げたのが見えた。
お前も、って。お前も、ぼっち、なんて。
――――……なんか、すごく、ひっかかる、言い方。
出ていかない方が、いいかな。
後でもう1回来ようかな……。
「……はは。可愛いな、オマエ」
低めの、聞き心地の良い、優しい声。
――――……とくん。と、胸の奥で音がする。
どんな人が、こんな優しい声で、猫に話しかけるんだろう。
好奇心に勝てなくて。
そっと、木の陰から出た。
オレの気配に気づいて、振り返ったその人は。
聞こえた言葉や、聞き心地の良い優しい声とは、少し――……
いや、かなり、印象の違う。
すごく整った顔の、派手なイケメン、だった。
ああ。この人、知ってる。
――――……噂に疎いオレにすら話が届く、有名な人だ。
「――――…………」
ほんとにすごい、整った顔。ていうか、整いすぎ? めちゃくちゃ、カッコいいな。 絵に描いてみたい。 すごく、綺麗な絵が描けそうな気がする。
茶色の髪が陽に透けてて綺麗。 顔の中でも、特に印象的なのが、瞳。
思わず見惚れてしまいながら。
他人の事に疎いオレにすら、勝手に聞こえてきている噂話を思い出す。
たしか、バンドを組んでて、そのボーカルで、とにかく物凄い人気があるらしくて。当然だけど凄くモテるらしい。
そういえば、去年の大学祭のイケメン投票でダントツの一位になって表彰されてるのは、すごく遠くから、見た。
ただ、この人は――――……
男女問わず複数の人と、そういう関係を持つらしく。そっちでも有名。
それでも、一回でもいい、という人が後を絶たないらしくて。
男女問わず、大人気だって話も、聞いた事がある。
……まあ、これだけ見た目、良すぎれば分からなくはないかも。
ちょっと良い、とかじゃない。 かけ離れて、整いすぎ。
人込みに紛れたって、この人の事は一瞬で見つけられそうな気がする。
……ん?
なんでそんな人が、「オマエもぼっち」なんて言うんだろ。
オマエもって。
――――……自分も、一人ぼっちってこと?
でもどう見たって、そんなタイプには見えないし。
……オレの聞き間違いかな。
名前、なんだっけな……。
学部も違うし、当然取ってる授業も違うから、授業では会わない。
噂でしか、知らない人。
「――――……誰。 なに、お前?」
低めの、涼しい声。
なんだか一度聞いたら忘れない感じの、いい意味で特徴的な、声。
この声で、歌うのか……。ちょっと聞いてみたいな。
呆けて、咄嗟に答えられなかったオレに、彼は、猫を抱いたまま立ち上がった。
見た目がこれで声もカッコよくて、立ったら背も高くて足も長くて。とか。
――――……欠点とか、ないのかな??
派手で、目立ちすぎるとこ、とか?
……欠点では、ないか。
「何か用?」
超イケメンが猫を抱きながら、オレを訝しげに見ている。
「なに、て…… あの……」
声を出したら、彼に抱かれてた猫が、ふっとこっちを向いた。
「あ、クロ」
やっぱり、クロだった。
さっき呼んでたのに、来てくれないんだから。
……クロもイケメンが好きなのかな。
なんて、考えて、心の中でおかしくなってしまう。
優月の声に反応したクロが、イケメンの手からポーンとジャンプして歩いてくる。オレに甘えてるクロを見て、彼が言った。
「お前の猫……じゃねえよな?」
「あ、うん。違うけど。たまにエサあげにきてて」
たまにというか、結構な頻度だけど。
「――――……下手にエサとかはあげないほうが良いんじゃねえの」
「……え?」
「お前があげに来なくなったとき、困るのはそいつだろ」
「――――……」
……そんな事、考えるんだ。
――――……言い方は、ちょっと怖くて、ちょっと冷たいけど…
言ってることは……優しい、かもしれない。
「あの……この子、向こうにあるコンビニのおばちゃん達にエサ貰ってる子なんだけど……店の裏の方に寝床もあるし。店のおばちゃん達と話して、オレが昼までにそこで缶詰買った日は、そこでは缶詰はあげない事になってて」
「――――……」
「確かに、オレが気まぐれにあげてたら、後でクロが困るかもだけど」
膝をついて、クロを抱きながら、イケメンを見上げる。
「でも、そんな事、普通考えないと思う――――……優しいんだね」
思った事を口にしてみた。ほとんど表情は変わらなかったけれど、一瞬言葉に詰まったみたいで、すぐに目を逸らされてしまった。
缶詰を開け、紙皿にのせて、クロの前に置く。
「ほら、クロ、食べなー」
と、言うより早く、もう食べてる。
可愛くて、クス、と笑ってしまう。
「……クロって?」
「え?」
「お前がつけたの?」
「あ、うん。コンビニのおばちゃんたちは名前はつけてなかったみたいで。つけさせてもらった。もともと、ずっと黒猫ちゃんて呼んでたらしくて。クロ、て呼んでる」
「……超安易。そのままじゃんか。センスの欠片もないな……」
「う……」
んー……まあ。その通りだけど。
……良い声で、ぐさっと、刺さないでほしい……。
クロがあっという間に平らげたので、その缶と紙皿をビニールにしまってから、その頭をよしよし、と撫でた。
「美味しかった?」
……ああ、可愛いなあ。
もふもふしてて。撫でてあげると、気持ちよさそうで。
ほんと可愛い生き物だなあ、猫って。
……癒される。
「なあ、ちょっと立って」
「え?」
急に二の腕を掴まれて立ち上がらされた。せっかくクロを撫でてたのに、あっという間に引き離されてしまった。
「え、なに?」
突然目の前に、超がつく程の、イケメン。
「……キスさせて?」
「え?」
「良い? 拒否らないなら、するけど」
「え、 え? なに――――……」
顎に触れられて、上向かせられたと思ったら、急に、めちゃくちゃ近づいてきて。
唇にふわ、と柔らかいものが触れた。
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