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辿り至ったこの世界で
逃げ惑いし果て
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記憶とは、言わばその人間の証明である。
唯その人しか持ちえず、唯その人のみが全てを知り得る。 人間の中の『一個体』としての生命を示し、存在を記録する為の情報集積機構なのだ。
だから、人の脳に己の記憶を抹消する機能などありはしない。
そんな事、出来はしない。
そして、何人たりとも人の記憶を機能停止ーー殺人以外に、消せはしない。 記憶を消すという事は、その人物の心を消すという事で、心が消えれば人は人でなくなるのだから。
だから、人の記憶機構はせいぜい忘れるのみに留める。
楽しい記憶も幸せな記憶も虚しい記憶も辛い記憶も苦しい記憶も、その全ては個人を個人たらしめ、そして構築する為の重要なファクターなのだから。
如何に聖霊などと呼ばれる超常とて、人の記憶を脅かす真似など出来はしない。 ましてやそれが、彼らの愛した誰かに託された、彼らの大切な『愛の代替品』であるならば尚の事。
だから、彼らは隠したのだ。
エリーナの記憶の、奥の奥の更に奥底。
埋めて、蓋をして、他の幸せな記憶で覆い隠して、誰にも見付からないように、何よりエリーナ自身が見付けてしまわないように。
故に、元よりエリーナは全てを忘れていた。
辛い記憶など、思い出す価値も無いと。
だってそうだろう。
悪事を働き裁かれた事も、その身の尊厳全てを踏み躙られた事も、死にたいと願う程に摩耗した心も、全ては人間が生きていく営みの妨げとなる痛苦ばかり。 きっとそれらは、エリーナの人生を濁す記憶なのだから。
それに何より、エリーナ自身が己の記憶から逃げたがっていた。
元は、彼らはエリーナの身に自らの愛であった存在を落とそうとしていた。 それは身勝手な事であり、エリーナの意志を無碍に扱う行いではあった。
しかし、いざ完全に記憶を上塗りしようとすれば、エリーナは抗う事無くすんなりとそれを受け入れたのだ。
自身が消えるような感覚に陥りながら、まるで呼吸をするかのように、すんなりと。
死さえ、受け入れていた。
いや、むしろ彼女は死を望んでいた。
彼女は死に続けながら生き続け、砕かれ続けた心で尚終わる事の無い一生を何度も何度も繰り返していたのだ。
それ故の事である。
生命としての道理から外れた望みである。 それは、人間の在り方ではなかった。
その有り様は、悠久の時を超えてただ1人だけ存在した『愛』を求め続けた、聖霊と呼ばれた彼らに何処か似ていた。
片や彼らの『愛』に焦がれ、片や未だ訪れぬ本当の『死』を待ち侘びる。
だからだろう。
彼らは彼女に忘却を与えた。
彼らは、既に逝ってしまった彼らの『愛』の遺言に従いエリーナに憑いているもの。
彼らの事情に巻き込んで人生とその心を狂わせてしまったせめてもの償いに、彼女に今度こそ正しい死を迎えさせるために守ってあげてほしいと『愛』に懇願され、彼らは引き受けた。
しかし、彼らの『愛』から託された彼女は、人ならぬ道を歩んで、とうに心など壊れていたのだ。
永遠ではなく断絶を望み、生命の煌めきではなく死の静寂を望む。
善い先など無いと諦めて、全ては無駄と心が折れた人間だったのだ。
今までと違う、真の死。
息の根絶えて思考が沈黙し、命巡らす心の臓は脈打たず、自我も感情も一切が消え果てた、ただの肉の塊として地に投げ出される。
蘇生せず、一生を何度もやり直さない真っ当で当たり前な人間の死。
そんな『死』を望んでいた。
だからせめてと、聖霊はエリーナに忘却を与えたのだ。 それが、辛い記憶を保持し苦しみ続けるエリーナに、彼らが与えられる唯一の『死』であったから。
忘却もまた『死』である。
自我を忘れれば、肉体は新たなそれを構築する。
けれど、以前の自我は、もう其処にはいない。 誰にも知られず、誰にも看取られず、ただただ何処かへと去っていく。
事実、エリーナはその通りに忘却した。
それで、全ては良い方向へと転換していった。
……けれど、それもこれまで。
忘却は『死』である。
しかし、エリーナはこれまで何度も死んで、何度も生きた者。
『死』より生還した者。
逃げられぬ死の運命に狂い、心折れながらもただ一つの『死』を目指して足掻いた存在。
それが如何に聖霊達の我儘による回帰が生みだしてしまった狂ったエリーナの命の在り方と言えど、彼女の辿ってきた道は間違いなく其処にあった。
彼女の心に消えぬ疵痕として残っているのだ。
故に、彼女は此度も生還する。
忘却という五度目の死さえ乗り越えて、●する者を死なせないために。
故に、既に血塗れの手を振るうのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
罪には理由が必要である。
犯すに足る確たる理由が、今の私には必要なのだ。
だって、それが無ければ私はただの人殺し。
畜生と変わらぬ、人未満の獣だ。
堕ちるところまで堕ちた私に、既に己が人間であると肯定するだけのものも、心持ちさえもありはしない。
それでも、私は、まだ人間でありたい。
「……は、ははっ」
そう考えて、馬鹿馬鹿しいと自らを嘲笑う。
求める事は人の業であり、また宿痾でもある。
そして、許されざる大罪だ。
少なくとも、そうした条件は私に限っては間違いない。 だってこれは、私が辿り、そして終焉を迎え続けた世界を思い返して、何度も何度も考えた上での結論であるのだから。
全て、全てだ。
かつての私の犯した全ては、罪となった。
罪の証として、悉く『死』という罰を与えられてきた。
なのにその上でまだ望むか、愚かしい私め。
……まだ誤魔化そうとするか、卑しい私め。
「ジーク様、大丈夫ですか」
「エリーナ嬢、君は……」
「ジーク様、まずは止血をしますので動かないでください」
先ずは、出血の酷い足の治療から。
とはいえ簡易なものしか施せないため、傷口を押さえて撃たれた箇所より上の部位をキツく縛って止血をする。 縛るのに使えそうな紐が近くに無かったので、私の着ている衣服のスカート部分を千切って紐の代わりとした。
「こんな知識をどこで?」
「以前読んだ騎士団長様の指南書を見て学びました。 いざという時、血を止める術を知っていた方が良いと思いましたので」
「では、やはり君は……記憶が戻ったんだな」
患部をハンカチで抑えながら、未だ流血が止まらない彼の足を圧迫する。
そして「ええ、はい」と頷く。
事実、死ぬ前の記憶と死んだ時の記憶に死んでからの記憶、全てを忘れていた時の記憶から死んだ方がマシだと思える程に消し去りたい記憶と直面しどうしようもなく逃げ場が失くなってしまった現在に至るまでの全て、忌まわしくも欠ける事無く全て、憶えている。
「エリーナ嬢。 君は、あいつを」
「はい。 殺しました」
「………」
「殺しました」
初めの返答に言葉は無く、私は事実をリピートする。
一切の間違い無く、全てが事実と肯定するように。
ほんの僅かでも、誤魔化そうなどと考えている自らの思考を、断つように。
「……大丈夫なのか?」
「はい。 ちゃんと死ぬようにしましたから、大丈夫です。 死ぬように……死ぬように、この手で」
期待さえ、分不相応にもこの心に残る『●しい』と感じる想いさえ、全て否定されるようにと淡々と事実を述べる。
もう期待はしない、したくない。
だから、愚かな私がそうならないように、戒めの楔として己が罪を並べ立てる。
愚かな私でも、もう2度と愚を繰り返さぬように、否定の言葉をジークから吐き付けられるために。
「違う。 エリーナ嬢、君が大丈夫なのかと聞いているんだよ」
……なのに、返ってきたのは気遣う言葉。
思っていた否定の言葉と違うジークの言葉に、私は戸惑う。 無様にも「え、あ……」などと乳幼児のような言葉にも満たぬ声を漏らしながら。
「その……大丈夫、とは?」
「……以前、同じ事になった時に君は酷く苦しんでいただろう。 だから、またあの時のように苦しんでいないか、とな」
「……なぜ、そのような事をジーク様が気になさるのですか?」
ジークに、そんな事が関係あるだろうか?
人殺しは罪だが、罪人の心情は罪科を測るに必要な要素ではないだろう。 だって、どうあれ人を殺めた事に変わりはないのだから。
なのに、何故に裁く側であるジークが罪人に寄り添う発言などを……。
まるで、理解が出来ない。
そして何一つとて理解の出来ていない私は、次いで語られるジークの心境にさえ首を捻った。
「それは、君がヤザルを殺した時にそれを止められなかった事を、君が『そう』するより他に無い程の窮地にまで陥りながら、それでも救いだす事が出来なかった事をずっと悔いていたからだ。 本当、己の無力さには、ほとほと嫌気がさすよ、全く」
答えたジークは、不快そうに、苦痛そうに、そう吐き捨てる。
それは足を射抜かれた痛みよりも辛いものなのか。 そうまで悔しいものなのか。
それ程までに鬼気迫る表情と言葉の節々に感じられる彼の怒気には、噴き出すような怒りが込められていた。
それも、自罰的で自己嫌悪に満ちた憤怒だ。
けれど、何故にそこまで自らに怒る事があるというのか。
「そんな事、ジーク様が気にする事じゃないじゃないですか。 ……なのに、何故? 何故、あなたはそんなにも……?」
何一つとて、ジークの心情が分からない私は問う。
自らの不甲斐無さに怒るという感覚は分かる。
自己嫌悪も、とてもよく分かる。
ただ唯一分からないのは、いつだって何一つとして理解が至らずに思考停止して流し続けてきた疑問はただ一つ。
なぜ、『ジークは私のために』と言うのか。
それだけである。
婚約者でもない、愛し合う運命同士でもない、ましてや結ばれるに足る者同士でもないというのに、この世界でのジークはいつも「エリーナ嬢のために」と言う。
その真意は、何であるというのか。
「それは……伏せろっ!!」
ジークの真意。
それが語られる刹那、彼は腕を伸ばして私を抱き寄せた。
本当に急の事で「何事か!?」と心臓がすごく跳ねたけれど、その後に響いた大きな破裂音と空を裂くような細い音が、相も変わらず愚かしい私の幻想を掻き消し、現実へと引き戻す。
「ガキどもがァァッ!! 死ねクソがァァァァッ!!」
引き戻された現実の先。
殺したと思っていた野獣が、怒りの咆哮を上げて、殺意と暴力を私達2人に向けていた。
唯その人しか持ちえず、唯その人のみが全てを知り得る。 人間の中の『一個体』としての生命を示し、存在を記録する為の情報集積機構なのだ。
だから、人の脳に己の記憶を抹消する機能などありはしない。
そんな事、出来はしない。
そして、何人たりとも人の記憶を機能停止ーー殺人以外に、消せはしない。 記憶を消すという事は、その人物の心を消すという事で、心が消えれば人は人でなくなるのだから。
だから、人の記憶機構はせいぜい忘れるのみに留める。
楽しい記憶も幸せな記憶も虚しい記憶も辛い記憶も苦しい記憶も、その全ては個人を個人たらしめ、そして構築する為の重要なファクターなのだから。
如何に聖霊などと呼ばれる超常とて、人の記憶を脅かす真似など出来はしない。 ましてやそれが、彼らの愛した誰かに託された、彼らの大切な『愛の代替品』であるならば尚の事。
だから、彼らは隠したのだ。
エリーナの記憶の、奥の奥の更に奥底。
埋めて、蓋をして、他の幸せな記憶で覆い隠して、誰にも見付からないように、何よりエリーナ自身が見付けてしまわないように。
故に、元よりエリーナは全てを忘れていた。
辛い記憶など、思い出す価値も無いと。
だってそうだろう。
悪事を働き裁かれた事も、その身の尊厳全てを踏み躙られた事も、死にたいと願う程に摩耗した心も、全ては人間が生きていく営みの妨げとなる痛苦ばかり。 きっとそれらは、エリーナの人生を濁す記憶なのだから。
それに何より、エリーナ自身が己の記憶から逃げたがっていた。
元は、彼らはエリーナの身に自らの愛であった存在を落とそうとしていた。 それは身勝手な事であり、エリーナの意志を無碍に扱う行いではあった。
しかし、いざ完全に記憶を上塗りしようとすれば、エリーナは抗う事無くすんなりとそれを受け入れたのだ。
自身が消えるような感覚に陥りながら、まるで呼吸をするかのように、すんなりと。
死さえ、受け入れていた。
いや、むしろ彼女は死を望んでいた。
彼女は死に続けながら生き続け、砕かれ続けた心で尚終わる事の無い一生を何度も何度も繰り返していたのだ。
それ故の事である。
生命としての道理から外れた望みである。 それは、人間の在り方ではなかった。
その有り様は、悠久の時を超えてただ1人だけ存在した『愛』を求め続けた、聖霊と呼ばれた彼らに何処か似ていた。
片や彼らの『愛』に焦がれ、片や未だ訪れぬ本当の『死』を待ち侘びる。
だからだろう。
彼らは彼女に忘却を与えた。
彼らは、既に逝ってしまった彼らの『愛』の遺言に従いエリーナに憑いているもの。
彼らの事情に巻き込んで人生とその心を狂わせてしまったせめてもの償いに、彼女に今度こそ正しい死を迎えさせるために守ってあげてほしいと『愛』に懇願され、彼らは引き受けた。
しかし、彼らの『愛』から託された彼女は、人ならぬ道を歩んで、とうに心など壊れていたのだ。
永遠ではなく断絶を望み、生命の煌めきではなく死の静寂を望む。
善い先など無いと諦めて、全ては無駄と心が折れた人間だったのだ。
今までと違う、真の死。
息の根絶えて思考が沈黙し、命巡らす心の臓は脈打たず、自我も感情も一切が消え果てた、ただの肉の塊として地に投げ出される。
蘇生せず、一生を何度もやり直さない真っ当で当たり前な人間の死。
そんな『死』を望んでいた。
だからせめてと、聖霊はエリーナに忘却を与えたのだ。 それが、辛い記憶を保持し苦しみ続けるエリーナに、彼らが与えられる唯一の『死』であったから。
忘却もまた『死』である。
自我を忘れれば、肉体は新たなそれを構築する。
けれど、以前の自我は、もう其処にはいない。 誰にも知られず、誰にも看取られず、ただただ何処かへと去っていく。
事実、エリーナはその通りに忘却した。
それで、全ては良い方向へと転換していった。
……けれど、それもこれまで。
忘却は『死』である。
しかし、エリーナはこれまで何度も死んで、何度も生きた者。
『死』より生還した者。
逃げられぬ死の運命に狂い、心折れながらもただ一つの『死』を目指して足掻いた存在。
それが如何に聖霊達の我儘による回帰が生みだしてしまった狂ったエリーナの命の在り方と言えど、彼女の辿ってきた道は間違いなく其処にあった。
彼女の心に消えぬ疵痕として残っているのだ。
故に、彼女は此度も生還する。
忘却という五度目の死さえ乗り越えて、●する者を死なせないために。
故に、既に血塗れの手を振るうのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
罪には理由が必要である。
犯すに足る確たる理由が、今の私には必要なのだ。
だって、それが無ければ私はただの人殺し。
畜生と変わらぬ、人未満の獣だ。
堕ちるところまで堕ちた私に、既に己が人間であると肯定するだけのものも、心持ちさえもありはしない。
それでも、私は、まだ人間でありたい。
「……は、ははっ」
そう考えて、馬鹿馬鹿しいと自らを嘲笑う。
求める事は人の業であり、また宿痾でもある。
そして、許されざる大罪だ。
少なくとも、そうした条件は私に限っては間違いない。 だってこれは、私が辿り、そして終焉を迎え続けた世界を思い返して、何度も何度も考えた上での結論であるのだから。
全て、全てだ。
かつての私の犯した全ては、罪となった。
罪の証として、悉く『死』という罰を与えられてきた。
なのにその上でまだ望むか、愚かしい私め。
……まだ誤魔化そうとするか、卑しい私め。
「ジーク様、大丈夫ですか」
「エリーナ嬢、君は……」
「ジーク様、まずは止血をしますので動かないでください」
先ずは、出血の酷い足の治療から。
とはいえ簡易なものしか施せないため、傷口を押さえて撃たれた箇所より上の部位をキツく縛って止血をする。 縛るのに使えそうな紐が近くに無かったので、私の着ている衣服のスカート部分を千切って紐の代わりとした。
「こんな知識をどこで?」
「以前読んだ騎士団長様の指南書を見て学びました。 いざという時、血を止める術を知っていた方が良いと思いましたので」
「では、やはり君は……記憶が戻ったんだな」
患部をハンカチで抑えながら、未だ流血が止まらない彼の足を圧迫する。
そして「ええ、はい」と頷く。
事実、死ぬ前の記憶と死んだ時の記憶に死んでからの記憶、全てを忘れていた時の記憶から死んだ方がマシだと思える程に消し去りたい記憶と直面しどうしようもなく逃げ場が失くなってしまった現在に至るまでの全て、忌まわしくも欠ける事無く全て、憶えている。
「エリーナ嬢。 君は、あいつを」
「はい。 殺しました」
「………」
「殺しました」
初めの返答に言葉は無く、私は事実をリピートする。
一切の間違い無く、全てが事実と肯定するように。
ほんの僅かでも、誤魔化そうなどと考えている自らの思考を、断つように。
「……大丈夫なのか?」
「はい。 ちゃんと死ぬようにしましたから、大丈夫です。 死ぬように……死ぬように、この手で」
期待さえ、分不相応にもこの心に残る『●しい』と感じる想いさえ、全て否定されるようにと淡々と事実を述べる。
もう期待はしない、したくない。
だから、愚かな私がそうならないように、戒めの楔として己が罪を並べ立てる。
愚かな私でも、もう2度と愚を繰り返さぬように、否定の言葉をジークから吐き付けられるために。
「違う。 エリーナ嬢、君が大丈夫なのかと聞いているんだよ」
……なのに、返ってきたのは気遣う言葉。
思っていた否定の言葉と違うジークの言葉に、私は戸惑う。 無様にも「え、あ……」などと乳幼児のような言葉にも満たぬ声を漏らしながら。
「その……大丈夫、とは?」
「……以前、同じ事になった時に君は酷く苦しんでいただろう。 だから、またあの時のように苦しんでいないか、とな」
「……なぜ、そのような事をジーク様が気になさるのですか?」
ジークに、そんな事が関係あるだろうか?
人殺しは罪だが、罪人の心情は罪科を測るに必要な要素ではないだろう。 だって、どうあれ人を殺めた事に変わりはないのだから。
なのに、何故に裁く側であるジークが罪人に寄り添う発言などを……。
まるで、理解が出来ない。
そして何一つとて理解の出来ていない私は、次いで語られるジークの心境にさえ首を捻った。
「それは、君がヤザルを殺した時にそれを止められなかった事を、君が『そう』するより他に無い程の窮地にまで陥りながら、それでも救いだす事が出来なかった事をずっと悔いていたからだ。 本当、己の無力さには、ほとほと嫌気がさすよ、全く」
答えたジークは、不快そうに、苦痛そうに、そう吐き捨てる。
それは足を射抜かれた痛みよりも辛いものなのか。 そうまで悔しいものなのか。
それ程までに鬼気迫る表情と言葉の節々に感じられる彼の怒気には、噴き出すような怒りが込められていた。
それも、自罰的で自己嫌悪に満ちた憤怒だ。
けれど、何故にそこまで自らに怒る事があるというのか。
「そんな事、ジーク様が気にする事じゃないじゃないですか。 ……なのに、何故? 何故、あなたはそんなにも……?」
何一つとて、ジークの心情が分からない私は問う。
自らの不甲斐無さに怒るという感覚は分かる。
自己嫌悪も、とてもよく分かる。
ただ唯一分からないのは、いつだって何一つとして理解が至らずに思考停止して流し続けてきた疑問はただ一つ。
なぜ、『ジークは私のために』と言うのか。
それだけである。
婚約者でもない、愛し合う運命同士でもない、ましてや結ばれるに足る者同士でもないというのに、この世界でのジークはいつも「エリーナ嬢のために」と言う。
その真意は、何であるというのか。
「それは……伏せろっ!!」
ジークの真意。
それが語られる刹那、彼は腕を伸ばして私を抱き寄せた。
本当に急の事で「何事か!?」と心臓がすごく跳ねたけれど、その後に響いた大きな破裂音と空を裂くような細い音が、相も変わらず愚かしい私の幻想を掻き消し、現実へと引き戻す。
「ガキどもがァァッ!! 死ねクソがァァァァッ!!」
引き戻された現実の先。
殺したと思っていた野獣が、怒りの咆哮を上げて、殺意と暴力を私達2人に向けていた。
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