公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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辿り至ったこの世界で

望みのIF、されど…

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斜陽が窓より差し込んだ頃、今日はこれまでとしてお茶会は終わりを迎えた。 
本当はもっと話していたかったのだけれど、今はまだ王家の庇護下にある身としては我儘なんて言える身ではないので仕方なく。 帰り際になって、駄々をこねるように「今日はこのままお泊まりしましょうよー! ジーク様は帰っていいですからー!」なんて言い始めたサリーの言葉の前半部に内心、多少同意していたのは内緒である。

「まあ、この後はちょっとばあちゃん家に行かなくちゃなのでサリーはここでお別れとなるのですが」

「なら、なんで駄々こねてたのよ」

「いやー、お姉様に湧き上がる愛ゆえの衝動ですかね?」

相も変わらず、意味不明である。 
けれど、これがサリーの私の前での平常運転なので、私はもはや何も思うまいとして「はいはい」と軽く流しておく。

「あん、そっけない。 まあそれはともかく、今日サリーはこのままばあちゃん家に泊まりますので、また明日という事で。 代わりのメイドさんも頼んでますのでご心配なく! それでは後は若い2人にお任せしますという事で、サリーはこれにて失礼しますー!」

最後の最後まで戯言のオンパレードのまま、サリーは先に駆けて行って街の人混みの中へと消えていった。 若い2人って、サリーも私達と同い年でしょうに…。
そうして、いつもの3割り増しくらいにへんてこりんな言動が見られたサリーが去れば、後には嵐が過ぎ去ったのを見送るようにして立ち尽くしている私とジークの2人だけがその場に残って、やがて2人並んで歩き出す。
今日の用事は無事に済んで、あとは王城へと帰るのみ。 
けれどその足取りは私もジークも妙に重く、ただ家具の搬入を見届けてお茶会をしていた事による疲労としては些かおかしな程のものであった。
そして歩く2人に言葉は無く、ただ黙し、なるべく人混みを避けて、斜陽の時から夜の帳が下りる時へと移ろい行く街を歩く。
暫くはそんな状況が続き、別に空気が悪いとか気まずいとか思った訳ではないけれど、何か話した方が良いだろうかと思い付いて先を歩くジークに小走りで追いつき並び、声を掛けた。

「あの、ジーク殿下。 今日もお付き合いいただき、ありがとうございました。 おかげさまで、来週からの新しい生活も安心して送れそうです」

「今日の俺はいつもの付き添いで来ただけで、他には何もしていないだろう。 むしろ、俺の方こそエリーナ嬢に礼を言わなければならない側だ。 ありがとう、今日の持て成しの茶会は楽しかったよ。 久し振りに、君とキリエル嬢が仲睦まじくしているのを見られたからな」

そう言うとジークは、口元を押さえてくつくつと笑った。 
思い出し笑いらしいそれは、王城でもたまに見る、ジークが愉快なものを見た時に見せるリアクション。 最近では、食事を共にする時に結構な頻度で見る笑いである。
つまりこの笑いの真意は、今日も多発したサリーの暴走とそれを止める私のやり取りを思い出しての事だろう。

「あれは、サリーのいつもの発作のせいです。 好きで漫才じみた事をしているわけではないのですよ!」

「いやいや、分かっている。 その上で面白いのだから許してくれよ……だが、仲が良いのはいい事だ。 彼女のあの様子では今後とも交流が途切れる事はなかなか無いだろうから、余計にな」

「ええ、全くです。 移り住んで早々、寝具でも持って我が家に乗り込んで来そうな勢いですもの」

けれどそれも、別に嫌という事でもない。 
そう思っているあたり、サリーのペースに流されに流されきって仕方がないと諦めの境地に立っているというか、なんというか、慣れとは恐ろしいものである。 まったく。
しかしそれをジークに愚痴れば、彼は「良かったじゃないか」と、先とは別種の笑みをこぼすのだ。 
確かに、私としてもサリーの距離感に最近では満更でもないのだけれど、そうも分かったように振る舞われるのはむず痒いものがあるのでやめて頂きたい。 とはいえジークに悪気は無いようで、そう文句を言うわけにもいかず唇を尖らせるに留めるけれど。 
少なくとも、ジークの言うように『良かった』とは思っているのだ。
いかに安定した基盤の元に始まる新生活であろうと、ジークが言うように定期的に王城の近衛が護衛として私の生活を守りに訪れて安全が保障されていようと、人の営みとはそうした個人の安定の上にのみ成立しているわけではない。 
必ず、自分以外の誰かが必要になるのだ。
それは所謂、他人に始まり、知人や友人、そして……果てには伴侶と、そういうもの。
文明の中で社会というシステムを基盤に置いた人間は、どうしたって一人では生きていけないのだ。 人間それぞれに役割があり、それぞれが他の役割に縋り、寄り合って、社会というシステムを成立させているのだから。
今の私は言わば、社会のシステムから一度逸脱していて、これから新たな枠組みに収まる前の歯車のようなものである。 
組み込まれれば、周りの歯車と噛み合うまでにはどうしたって時間がかかる。 私自身がそうした人間関係の構築を不得手としている故に、尚の事である。
だからこそ、慣れるまでの期間にも既に自らと馴染んだ……と言うより、ガッチリと癒着しようとしてきたサリーが居てくれるのは、実は非常に有り難い事なのだ。
新たな生活であれば、困難もある。 
想定外に発生する非常の事態もあるだろう。
日々の生活に、不意に孤独を感じる事も、きっとあるだろう。
そんな時、頼れる友人が居てくれるというのは大きな要素だ。 
だからこそ、サリーの存在とは存外に大きく、そして手離し難い貴重なものである……まあ、変態言動を減らしてくれればもっと良いのだけれどね。

「だが、頼りにはなるだろうさ。 何せ彼女は心底君に惚れ込んでいるからな、これからはエリーナ嬢も穏やかに過ごせる筈だ。 まあ、キリエル嬢に関してはすぐに暴走するきらいがあるのがたまに、と言うか、だいぶ疵だが」

「そこが一番心配なのですがね、サリーは」

でも、それも含めてのサリーである。
数少ない、失わずに済んだ友人だ。

「まあ、何か困難があっても大丈夫だ。 いざとなれば近衛を通じて王家に頼ってくれればいいし、俺も可能な限り力になる。 ……だが、すまない事に暫くは俺自身が君の元に出向く事は出来ないかもしれないんだ。 何せ、俺は王太子として、これからもっと忙しくなる。 他国の脅威への対策と、アリステル貴族内部に他の間者が紛れていないか探る事を第一に動き、辺境の防衛線強化を推し進めなければならない。 やがて騒ぎが沈静化して学園を正式に卒業すれば今度は婚約者探しもあるし、国政への本格参戦に、やがての王位継承、あとは……」

「……そうですか」

ジークの言葉に、その中のたった一単語に、まるで怯えるようにびくりと胸が跳ねた。
何せそれは、明確な離別を示すものだから。
拾うものあれば、捨てるものあり。 
続くものあれば、終わるものあり。
ここ最近でずっと感じているけれど、何かを得るという事は、同時に何かを捨てるという事でもある。
次を選んで今を手放さないのは、ただの我儘。
失う事を覚悟してこそ変化を得られ、失うものを手放してこそ人は先へと向かって歩く事ができる。 失い難いものとは、同時に枷でもあるのだから。
新たな鋳型に身を収めるなら、それは当然これまでとは全てが変わって然るべき。 
故にこそ、変化の中でこそ失う事を受け入れなければならない。 受け入れ、手離し、その上で唯一残る記憶だけを胸の内で尊ぶ事こそが肝要なのだ。
それに元より、私などには到底手の届かないような、分不相応な事だったのだ。
ならば、これもまた仕方のない結末である。
高望みなど、身の破滅をもたらすばかりの愚かな理想でしかないのだから。 故に、思いの外に大きかったこの胸の内の感情も、惜しむ事無く手放すべきなのだ。 
廃棄にどれだけ時間が掛かろうと、一片の悔いも無いよう手放すべきだ。

「だから、暫く会えなくなってしまう事が心苦しくてな。 それで、せめて君が王城を出る日に餞別の品を贈りたいと思っているんだ。 その……受け取ってもらえると嬉しいのだが」

だから、そんな未練を作らないで。
お願いだから、この手にはもう何も残さないでほしい……! 
でも、そんな事を口にすれば、私の感情の全てはバレてしまうだろう。 
だから内面を悟らせぬよう、今の私の心の全てが誰にだって見えないように唇を噛んで、かつて忌み、今となっては不要でさえある、貴族が感情を隠すための仮面を被って、平然を装って言葉を返す。

「まあ、ありがとうございます。 それでは私は、お礼に手料理を振る舞いましょう。 これでも私、習いたての頃より格段に腕を上げましたのよ。 あ……でも、殿下が普段から召し上がられている物よりも粗末な出来でしょうから、嫌でしたら無理にとは言いませんが」

「いや、そんな事は無い。 楽しみにしているよ」

……ああ、この人は。
私の好きだった恋愛小説のヒロインのように、大粒に零れる感情の雫を浮かべる程の想いではないにしても、確かにこの胸に在る感情を刺激しないでほしい。
これから手放さなければならない貴方との関係に未練など残らぬようにするために既に固めた気持ちを、揺さぶらないでほしい。

「それでは、当日は頑張りますね!」

普段であればあり得ぬ虚勢である。
でも、堪えきれない感情を覆うには好都合だ。
私には、もう、彼に何も悟らせぬよう演じるより他に、術など無かったのだから。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


2人が語り、彼女が騙り、しかし始めた雑談は止まらぬままにエリーナとジークの2人は帰路を行く。
人混みを抜け、人目を離れ、そして王城内部へと続く秘密の通路へと2人は入る。
通路の中は薄暗く、そして狭く。
故に、ジークがエリーナをエスコートして先を歩く形で暗い暗い通路を歩いていた。
不気味な雰囲気を持ち、そしてジメジメとした空気の漂う中で、しかし2人の会話は今日の余韻を残した楽しげな雰囲気を保ったまま継続していて、場の雰囲気など関係無いとばかりであった。
そして、通路の中程。
ここでジークは、エリーナとの会話の楽しさに興じる中でさえも気付く程の、強烈な違和感を覚えた。 
その違和感とは、臭気。
日の当たらぬ通路は普段、多少の換気性も無くジメジメとした湿気とカビなどの菌糸類の臭いが立ち込めており、何度も通路を使って慣れたジークでさえ今だに顔を顰める程のものであるのだ。
なのに、今この場には全く別の臭いが満ちていた。
それは………腐った肉のような、水に溶けた鉄錆が辺り一面に散らばって空間の全てから腐臭を漂わせているような、そんな悍ましい臭気であった。
その正体は、想像に難くはない。
何せ、ジークは似たような臭いを嗅いだ事があったのだから。 それも、つい最近。
だから、すぐにこの場から逃げるべきだと瞬時に判断し、エリーナに声を掛けると同時に走り出そうとした刹那、掴んでいた彼女の手が彼の手よりすり抜け落ちていくのを感じた。

「エリーナ嬢!!」

危機感と共に、ジークは叫ぶ。
けれど、時既に遅く。
ジークの眼前には、薄暗闇の中でさえ分かる程に悪辣な気配の男が3人。 
エリーナはそのうちの1人に捕えられていた。

「嬢ちゃんの命が惜しけりゃあ、黙って付いてきな。 オウジサマよォ」

「わかった。 だが、彼女だけは解放しろ。 俺だけ連れて行けば十分の筈だろう」

「いいやァ、違うねェ。 俺らの標的はこの娘の方でなァ、言うならまァ、お前はオマケなんだわ」

「な!? がぁッ……!」

背後より忍び寄っていた男に殴られて、ジークもまた気を失ってしまった。
こうして、2人は拐われた。
つい先程まで、あんなにも楽しげな空間で、茶をしばいて明るく楽しく美しい未来の話をしていたというのに。 
彼女があんなにも未来のために失くさなければならないものに哀しみながらも、諸行無常を受け入れて、苦悩の心に笑顔を装ってまで仕方がないと受け入れたというのに。
こんな悪漢達なんかに、いとも容易く。
確かに、語った未来は明るいだろう。
望んだ未来は素晴らしいだろう。
されど……それらは所詮、妄想や夢語りでしかなく。

理想も夢も、全ては現実に貪られるのだ。

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