公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

文字の大きさ
上 下
107 / 139
辿り至ったこの世界で

想い馳せし未来の理想図

しおりを挟む

「えぇ! そうなんですか、お姉様!?」

けれど、そんな私の決意に意を唱える、という程ではないにせよ、衝撃を受けたかのように驚嘆して大声を上げる者がいた。 
もっとも、恒例とはいえ王太子であるジークとの食事中にそんな声を上げ、そして私の事をお姉様と呼ぶ者なんて彼女くらいのものだろうけど。

「そうよ、サリー。 私、記憶を取り戻したら平民として市井で生きようと考えているの」

まあ今の私はユースクリフ公爵家を勘当され、この身の保証をしていた貴族としての名前が取り上げられているので、既に平民に片足を突っ込んでいるようなものなのだけれど。 とはいえ、勘当されて尚こうして王城に置かせてもらっているのでただの平民ともまた違う立ち位置にあるだろう。
今となっては貴族として帰る家がある訳ではなく、しかし平民として身一つで市井に捨て置かれる事もなかった。 
……帰るべき場所は何処にも在りはせず、けれど仮宿を与えられてその厚意にもたれ掛かって暮らしている。
要するに今の私は、貴族とも平民とも言えぬ宙ぶらりんな立場の人間なのだ。 
けれど当然、いつまでもこの時が続かない事も承知の事。
いつかは今のような時間も終わり、私はユースクリフ家に捨て置かれた末路の続きを行かねばならなくなるのだ。
言わば、王城に置かせてもらっている今は猶予期間のようなもの。 そしてそろそろ、見切りを付ける頃合いなのだ。

「ユースクリフ家には良い思い出なんてあまり無いの。 だから、そんな家になんてもう帰りたくない。 マルコだって私をどうするつもりで引き戻そうとしているか分からないし、父にももう関わりたくない……まあ、何一つ未練が無いという訳ではないけれど、それは仕方がないわ」

脳裏に私の味方であり理解者であったアリーの顔が過ぎり躊躇しかけたけれど、その衝動もなんとか堪える。
正直、とても離れ難くて出来ればこれからも一緒に居たかった。 
でも、それはもう無理である。
一つの進展には、別れもまた付きもの。
ならば、これは私が新しい生活を得るための必要な過程なのだ。 そして、それは今のような時間についても同じように。
けれど、それはあくまで私の都合の話。
私への好意を前面に押し出し、そこには表裏の概念さえ皆無なのではないかと思う程に純朴なサリーには、私の言葉は酷なものとなってしまったのだろう。

「そうですか……また、お姉様と学園に通えるようになるの楽しみにしてたのに」

「ごめんなさいね。 でも……」

「それは、エリーナ嬢が貴族籍を取り戻しても無理だろう。 今の状況でエリーナ嬢を学園に復学させる訳にはいかないからな」

私は、ジークの言葉に同意して頷く。
ジークの言う通りなのである。 学園、ひいては社交界に戻ろうものなら、私はすぐさま好機の的になってしまうだろうから。
今の私は、ジークから聞く客観的要素を纏めて評するならば『殺人令嬢』と呼ぶのが相応しいだろう。
私が犯した殺人は、あくまでも「正当防衛」であり結果的には罪人の悪行を未遂にとどめるに至った行いであった。 そして王族は王城内部で起きたその事態を、多少の脚色と隠蔽を含んで貴族間に公開した。
それは私の名誉を守る事と、他国による侵略の恐れがあるとの無用の混乱を招かぬための配慮である。
しかし、貴族社会の人間はいつだって耳聡い。
どこから聞き付けたのか、それともどこから漏れたのか「ユースクリフ公爵家の令嬢が殺人を犯し、王城に幽閉されている」との噂話が貴族間には広まっているのだ。
その噂は、半分が真実で半分が出鱈目。 
けれど事実が混じっている以上、情報の漏洩は間違いなく発生している。
故に、きっと今の私が社交界に出れば言われ無き批難と嘲笑の標的となるだろう。
まして、貴族社会の縮図とも呼べるエイリーン学園もまた同じように。 いや、精神性の幼い貴族令息令嬢らならば、稚拙でありながらより残酷な行いに打って出ないとも限らない。
事実、そのような多方面からの攻撃を避けるために父は蜥蜴の尻尾の如く私を切り捨てたのだから。
それだけ危険な場所なのだから、復学も当然しない方が賢明だという判断である。
サリーには悪いけれど、どちらにせよ私がエイリーン学園の校舎に立ち入る事は今生ではもう2度と有り得ない事なのだ。

「では、お姉様はお城を出てからはどうなさるのですか?」

「そうね。 市井に降った後は、公爵家からの手切金で暫く生活出来るだけのお金はあるし、王都で住まいを見つけて、それから仕事を探すしかないわね。 手に職を付けて安定した生活を確保しないといけないもの」

公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフとはとうに過去の事。 今の私はただのエリーナなのだから、その身に合う位にまで降るのは必然である。
だったら、くよくよもめそめそもしていられまい。
捨てられ、一人で生きていく事になる今など一生の一時でしかなく、人生はこの心の臓が止まるまで終わる事はないのだから。
それに、一人で生きていく事は過酷だろうけれど、悪い事ばかりでもないでしょう。 
だって、自身の全てを自身で決められるのだから。 縛られず、意思の決定権は常にこの身に有り続ける。
その、なんと素晴らしい事だろうか。

「ではでは! もしかして、お姉様がご近所様になるだなんて素敵な事もあったりするのですか!? 毎晩お裾分け持ってお伺いします!」

「貴方も一応貴族令嬢なら住まいは貴族街の方でしょう。 私が住まうとしたら、庶民街の家が関の山でしょうに」

考えた事も無かったけれど、自由に友を呼ぶ事だって叶うだろう。
人と表面ばかりの関わりを持って『お友達』を作っていた頃とは違う、腹の内に何を抱えるでもなく何も警戒する事の無い、普通の友人関係だって。
……無論、サリーも。

「もし新しい住まいを見つけて落ち着いたら、そうね……以前、ジーク殿下と街へと行った時に屋台の串焼きを買っていただいた公園があるのだけれど、そこのベンチで待っているわ。 私の新居に招待してあげる」

「……このサリー、たとえ雨風に吹かれようともお姉様をお待ちいたしましょう」

「いえ、もっと気軽でいいから」

「いえいえ~、だって一人暮らしのお姉様の家に初めて招かれるのですよ。 初めて、このサリーがその栄誉を得るのですよ!」

……この子はどれだけそんな事が嬉しいのかしら。 私に抱き付いて、鼻息まで荒くしちゃって、まあ。
でも、喜ばれるのは悪い気分ではないわね。
そう考えて少し絆されていると、抱き付いた姿勢のままサリーはジークの方を見て彼に対して「フッ」と鼻で笑った。 なぜか、勝ち誇った様子で。
いや、嬉しいのは分かるけれど、そういうのは不敬だと何度言えば……。

「……サリー、不敬。 撤回するわよ」

「もうしわけありませんでしただからそれだけは平にご容赦をぉぉぉ!!?」

ちょっと脅したら、今度は抱き付いていた体勢から数秒も満たずにサリーは土下座の体勢になって、なぜか私に向かって謝り始めた。
謝る対象が違うでしょうに。
そう思ってジークの方を見やれば、一連の流れが愉快だったのか彼は口元を押さえて笑っていた。

「ふふっ、いや気にしなくて構わないよ。 キリエル嬢に関してはいつもの事だし、面白いものも見れたしね」

いや、使用人が雇用主に対して不敬な態度を取る事を「いつもの事だし」と流すのもどうかと思うけれど。 まあ、ジークが良いのなら構わないでしょう。

「しかし、君が城から出ていくとなると寂しくなるな。 仕事が忙しくて君が待つ公園のベンチには辿り着けそうもないし、キリエル嬢が素直にエリーナ嬢の家の場所を教えてくれる訳ないだろうしね」

「まあ、何を仰いますのジーク殿下。 ジーク殿下は以前私を連れ立ってくださった時のように市井にはよく出掛けているのでしょう? でしたら、そこでバッタリと再会するかもしれないじゃないですか。 その時でよろしければ、ご案内いたしますよ」

多分ジークの社交辞令で本当にそんな事になるとは思わないけれど、そうなる時があるならばと、私は期待半分にそう答えた。
半分が社交辞令で、もう半分が本心。
私とジークは既に遠き間柄にある故、普通ならば起こり得ない事象であるのだから。
今のような時間もそれに付随するジークとの距離感も、近いうちに終わりを迎える。 そうなれば望めども言葉を交わす事さえ叶わず、きっと一生その機は訪れまい。
けど、きっとそれが自然な流れである。
でも……。

「ああ、その時はよろしく頼む。 土産として串焼きも何本か買って行こうじゃないか」

ジークはそのように笑いながら言うのである。
進展とは、時に過去を切り捨て先へと至るための行い。
ユースクリフ家との関係性が切れる事も、ジークとの別れも、全ては必要な犠牲であり切り捨てるべき事象である。
なのに、そんな風にあっさりと再会した時の事を約束されてはその決意が鈍ってしまう……。

「で、では! そのためにも、まずはマルコと話をしなくてはなりません。 招待を受けたのは明々後日の事ですから、今のうちにユースクリフ邸に赴く準備をしておかなければ! それでは、今朝はこれで失礼致します!」

あまりにも自然にまだ未定の理想の未来の話を進めるジークの様子に耐えられなくなり、強引に話を切って離席する。
ジークに見られたろうかと熱の上る頬を両手で押さえ、心を沈めるように目を閉じる。
……今の関係性も、いずれは終わる。
それは自覚している。
なのに、ジークからは離別する気配も無ければ離れていくどころか少しずつ距離が近付いているように感じてしまう。 勿論、私の自意識過剰であろう。
でも、そんな自意識過剰でも、この心の臓の動悸を激しくする要因になるのだ。
本当に、心臓に悪い。
でも、もしも近い未来、さっきジークが言ったように私が新たな住まいに移ったとしても会えるならば……。


それは、理想論に塗れたIFの妄想。
確かに都合良く、そして甘いだけの、現実とはかけ離れた理想であろう。
けれど、それは近い未来の可能性であり、否定しきれない一つの道。 0%と切り捨てられない憧憬である。
だから、願うのだ。
ただ甘いだけだと知りながらも素敵な、理想の未来を。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...