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花枯れた箱庭の中で
王族の呪い
しおりを挟む「……ようやく、来てくださいましたか」
サリーはジークを迎える言葉を口にしながらも、丁寧な言葉遣いとは裏腹に眠っているエリーナの手を取ったままでそちらをを見向きもしない。
声の調子には疲労が色が濃く、サリーのお仕着せはどこかヨレているように見える。
「いったい、何が……」
「あの日、ジーク様を見送ってすぐ、お姉様は普段通りに図書館に参られました。 けど私が少し目を離したらいなくなってて……。 見つけたのは、最近はいつも通っている庭園の奥の荒れた宮です。 そこにある石碑の前に倒れてて、それからずっと、眠ったままです……」
倒れているエリーナを発見すると、サリーはすぐに彼女を担いで連れ帰ったという。
そうして王城勤めの医師を呼んで診てもらえば「異常は見当たらない。 怪我や病ではなく、ただ眠っているだけ」との診断が下された。
ではなぜ、安全な筈の王城で怪我でも病でもないのに倒れていたのかと問うても医師には原因が分からなかったのか首を捻るのみ。
だから、サリーは原因究明よりもエリーナの快復を最優先とした。
サリーとしては医師の態度に関しては絶対に後で苦情を入れるとして、そんな事よりもエリーナの身が第一であった。
そしてサリーは以降、ずっと付きっきりで寝ずの看病をしている。
「けれど、お姉様全然目覚めてくれないし、医師の方からは何度聞いても眠っているだけって言われるし。 もう、ジーク様に頼るしか思い付かなくて…」
感情の起伏が感じられない声でそれまでの事を一息に話すサリーは、けれど途中から決壊した溜め池の如く涙を流した。
嗚咽は止まらず、流れる涙が伝い落ちては仕着せの袖で拭い、エリーナの手を取っていない方の手はスカートを力一杯握り締めているために血色が失せて白くなっている。
対するジークも、突然の事に困惑を隠せずにいた。
ずっと、傷心のエリーナにさらなる追い討ちを掛けるような事実を伝えなければならない事に迷いがあった。 ただでさえヤザルを殺して、暫くの間塞ぎ込んで一心不乱に赦しを乞うて祈り続けるエリーナの傷ましい姿を目の当たりにして、そして、何も出来なかった自身の無力を悔いているのだ。
もし、エリーナがまた同じようになってしまったらと考えると、どうしても勘当の件を伝える事に二の足を踏んでしまった。
それを、ようやく伝える決意を固めてきたというのに……。
この場においても、ジークはまたしても無力であった。 そして、挽回の機会さえ取り上げられたのだ。
「俺が、医師に聞いてみよう。 ……もう一度しっかりと診てもらえるように、掛け合おう」
嗚咽と涙に揺れるサリーの背中を見ながら、所詮は些細な慰めにしかならないと知りながら、ジークはそう言う他に言葉が無かった。
そして彼の視線は、一度としてエリーナに向ける事も出来ない。
だってそこで眠っているのは、自らの無力と決断の遅延、その結果でもあるのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
サリーが医師に問うても取り合ってもらえなかったとの言から、いくら王太子である自らが問うても結果は変わらぬであろうとジークは薄々察していた。
王城勤めの医師は優秀な者ばかりが揃い、そして、いかな使用人であったとて放ってはおかない。 奇病に罹った者を放置しては、下手をすれば貴人に伝染する可能性があるのだから。
けれど、そんなジークの考えとは裏腹に、医師らは口を揃えて「陛下の元へ参られなされ」と進言した。
そうして今、ジークはディーレリアと対面していた。
事情を説明すれば、ディーレリアは眉根を寄せてため息を一つ吐くと、執務机に向かっていたその身を仰け反らせて天井を仰ぎ見た。
「そうか。 しかし、次が選ばれたと報告はあったが、まさかあの子とはな……」
「選ばれた? どういう事ですか陛下、何か御存知なのですか! エリーナ嬢に、いったい何が」
「落ち着け………教えてやるから付いて来い。 ただし、この事は他言無用。 他の貴族らは勿論の事、王妃にさえも話すな。 今代の王族で知るべきなのは、私とお前だけだからな」
王の執務室を後にし、ジークはディーレリアの後を付いて行く。
道中、何度かディーレリアに対して「どういう事か」と問おうとも全ては黙殺され、代わりに「今じゃないのだがなぁ」や「あいつにどう伝えたものか」と独りごちるぼやき声が聞こえてきた。
そうして、ジークにとっては何一つ分からないままにディーレリアに連れられて辿り着いたのは、一昨日まで王族の行事である懺悔のために入っていた幽閉棟であった。
しかし、此度は幽閉棟の中に立ち入らない。
代わりに幽閉棟の傍に設けられた厳重に鍵の掛けられていた門の施錠をディーレリアが開けて通り、建物の裏手に出た。
「これは……」
絶句したジークの視界に広がっていたのは、整然と並んだ多くの墓石であった。
歴代王族の墓………ではない。
長いアリステルの歴史を紡いできた時の王族が眠る場所は王城の敷地内ではなく、王城より少し離れた王都を一望出来る丘の上に設けられているのだから。
では、ざっと見ただけでもおよそ50をゆうに超えるであろう程に並んだ墓は、いったい誰のものであるというのか。
そして、何故に王城の敷地内に設けられているのか。
「これらはアリステルの歴史おいて、呪いを受けた生贄達の眠る墓。 王族の罪の呪い、それを我らの血族に連なる者であるという理由だけで受けた被害者達だ」
ディーレリアは語った。
王族の血を引く者の中から、およそ50年周期で眠りに着いたまま二度と目覚めない者が出るという。
病や奇病の類ではなく、症例的にはただ眠っているだけで身体にその他の異常などありはしない。 本当に、ただ眠っているだけなのだ。
それはもう、死に至るまで。
「疑問に思わなかったか? なぜ王族が、遥か昔の過ちを未だに贖い続けているのか。 赦しを乞うているのかと。 そしてその懺悔の対象が何故、愚王に裏切られた王妃だけに絞られているのかを」
神秘と癒着した文化はある時を境に衰退した。
それが、初代国王が娶った少女、初代王妃の死を境に起きたと当時の記録にはある。
けれど、その記録にはまだ続きがあった。
二代目国王の治世より暫く、少しずつ国が安定を取り戻しつつある中の事。 国王の子である王子の中より長兄が、眠りに着いたまま目覚めなくなってしまった。
王は手を尽くして王子の快復に尽力したが、それでも王子は目覚める事無く、やがて衰弱して亡くなった。
そんな、文字通り永遠の眠りに着いた王子は亡くなる直前、奇妙な寝言を漏らしたという。
『ゆるしてください……。 ぼくたちがわるかったから、だからゆるして………おうひさま』
それを知った二代目国王は王子の死後、新たに王族を縛る法を制定した。
それが、王族を罪人のように幽閉棟へと入れて赦しを乞うという奇妙な行事の成り立ちであった。
愚なる王、建国の王たる父の愚行によって死に至らしめられた神秘の王妃はアリステル王族そのものを呪ったのだと二代目国王は考えた。 息子を失った悲しみの末に、既に討ち取った父を恨みながら、残った子らに良き王族であるよう徹底的に教育した。
そうして良き王が多く生まれ、アリステルは長き泰平の国となる。
けれど、それでも王族の呪いは消えず、約50年周期で眠りの呪いにかかる者は出続けた。
降嫁などもあって、長い歴史の中で王族の血は貴族達の中にも広がっていき、やがて王城内で働く王族の血を引く他家の人間さえも眠りの呪いの対象となった。 呪われているのは、王族の血そのものであると明らかになった瞬間である。
そうして呪いは終わらぬまま、王族の懺悔もまた終わらぬまま……そうして未だ、全ては続いているのだ。
「最後に呪われて眠りに着いたのは、私の父の弟でな。 幼い頃は俺も良くしてもらっていたよ。 けれどある日、叔父上が長い眠りに着いて、私はそこで初めて、父から王族の呪いについて聞いたよ」
並び立つ墓の一つの前で、そこに眠る者の安寧を祈りながらディーレリアは語る。
良き王として怠ることの出来ない執政の合間に弟の快復のために色々と手を尽くしていた事。
そんな父を手伝っていた事。
やがて父が病で倒れて、王位を継いだ後も動けない父の代わりに叔父の快復手段を探していた事。
そして、その全てが徒労に終わった事。
ぽつりぽつりと語るその言葉には、結局何も出来なかった無力な自身への失望と、そして多大な徒労の果ての諦めが多分に滲んでいた。
「きっと、あの子もこの場所に眠る事になるだろう。 ……もしあの子を助けたいと思うのならば、止めはしない。 ただし、良き王族として自らの役割は果たせよ」
話すべきは全て話したと墓場を去るディーレリア。
最後の言葉はジークへの励ましのようでいて、本質的には自信の諦念の果てよりの「期待はし過ぎるな」という注意喚起でもあった。
聡いジークはそんなディーレリアの本心には気付いており、その論拠たる実話もついさっき語られた。
ならば、自らにはいったい何が出来るのだろうかと、墓場に残されたジークは立ち尽くすしかないのであった。
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