公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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花枯れた箱庭の中で

罪人の先行き

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結局、再会して早々、強引にサリーに外へと連れ出された。
まあ、それはいいものの。 
貴賓室で祈るだけの日々を繰り返し、食事はパンを少しと水のみという生活を続けていた私の身体は、それはもう痩せ細っていた。
頬は痩け、腕は血管が浮き、体力も酷く衰えていて、死に体もかくやとばかりにこの身体は上手く機能してくれない。 おそらく散歩など、到底出来ないだろう。
という事で仕方なく、サリーは車椅子を借りてきた。 
そのまま私を乗せると、一般の貴族には解放されていない筈の、王族のみが立ち入りを許された庭園へと連れ出した。

「ジーク様から、この場所の使用許可はもらっています。 今日は……いえ、今日からは毎朝ここで朝食をいただきましょう」

普通であれば、一介の令嬢である私には見る事さえ出来ない王族専用の庭園の、専属の庭師によって優美に整えられた花園を一望出来る一画。 
そこにはテーブルセットが配置されていて、机上にはスープや軽食の盛られた皿が2人分用意されている。 
私を乗せた車椅子を押すサリーはそのまま私をテーブルに着かせると、その向かいの席に座って食前の祈りをして、何事も無く食事を始めた。

「さあさあ、お姉様、たんとお召し上がりくださいませ。 このサリー、お姉様の快気を祈って丹精込めて作りました!」

「そうなのね。 ……ところで、あの、キリエル嬢? なぜ貴女が王城に居るの? 貴女はまだ学園に在籍している筈でしょう? 今日は平日よ?」

そこで、ようやくずっと疑問に思っていた事を聞いてみる。

「スープは具材が溶けるまで煮込みました。 栄養満点で、あまり重たいものを食べられない今のお姉様にピッタリです! ウチでは、あまり噛まなくていいから楽だって、婆ちゃんに好評なんですよ」

けれど、返ってきたのは明後日の方向に逸れた話題だった。 けれど、諦めずにまた聞いてみる。

「えっと、ありがとう、気を遣ってくれて。 それで、どうして貴女が」

「食べられたらでいいので、こっちのお皿のサンドイッチもどうぞ。 ガリガリに痩せ細ってしまったお姉様のために、沢山作りましたよ!」

「え、ええ。 それで、キリエル嬢」

「沢山食べて、以前くらいにはお肉を付けませんと……それと、お話は、最低限スープを食べ終わってからですよ?」

サリーは満面の笑みで話を切ると、サンドイッチを頬張った。
対する私はといえば、その笑顔とは裏腹に有無を言わさぬ圧を伴う言葉に気圧されて、次の句を飲み込んだ。 
兎に角、話は食事をしてからと言う事で、私も食前の祈りをする事にした。 両手を組んで目を瞑り、小さくぼそぼそと祈りの言葉を述べる。 
そんな、貴族には無いけれど私にとっては大事な習慣と化した祈りを済ませて、私もサリーに続いて食事を始める。
口にしたスープは温かく、具材がドロドロになるまで煮込んだというそれは嚥下すればゆっくりと喉を流れて少しずつお腹に溜まっていく。 ずっとパンと水だけを詰め込んでいたから、その温かさは少し、胸にしみ入るようだった。
食をまともに受け入れられなかった胃袋は、久し振りな温かい食事をすんなりと受け入れて、気付けば、スープを完食していた。

「ごちそうさま。 ……その、美味しかったわ」

「もうよろしいのですか? 今のお姉様でも食べられるように、サンドイッチの具材はしっとりしたものを選びましたのに。 ほら、このタマゴサンドとか」

「申し訳ないのだけれど、これ以上はちょっと重たくて。 また今度、いただくわ」

言ってから、そういえばと思い出す。
スープを口に運ぶので夢中だったから忘れていたけれど、結局、サリーはなぜ王城でメイド服を着て働いているのだろうか。
それをそのまま聞いてみれば、視線を外したほんの少しの間にまるでリスのように頬袋をパンパンに膨らませたサリーがフガフガと返事をする。 

「ふぉいふのもへふえ」

「口いっぱいに頬張ったまま喋らないの。 学園でも何度かそう教えたでしょうに……」

スープを一杯食しただけでもだいぶお腹に溜まって早々に食事を終えた私に対して、皿に盛られたサンドイッチを両手に取って次から次へと頬張っていくサリーに、いつかの学園の時のように注意の言葉が出た。
こう言うと、サリーはいつも無理矢理に口の中の物を飲み込もうとして喉を詰まらせる。 
なので水を先に用意しておく。 
案の定、喉を詰まらせてドンドンと胸元を叩くサリーに、私は水を差し出した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


水を飲んで落ち着いたサリーが教えてくれた話によると、彼女が王城で働いているのはジークに頼まれたからという事だった。
私があのパーティーでの事件以降塞ぎ込んでいるから、側に仕えてあげてほしい。 そして支えてあげてほしい、と頼み込んだとの事だ。

「もちろん、私はジーク様に頼まれて即決しました。 快諾です! 普段からお世話になっているお姉様が大変な時なんですもの、この機会に御恩はしっかりお返ししなければなりませんから。 ……それに、合法的にお姉様のお世話だなんて、さいこー」

ジークに命令されてではなく、サリーは自発的に来てくれたらしい。 相変わらず、こういう質問をした時には言葉尻になるにつれて声が聞き取りにくくなっていくのが気になるけれど、自発的な事ならば嬉しい話だし、初対面である王城勤めの侍女に囲まれているよりとても安心出来る。 
そして、時間が合えばジーク本人も食事を一緒にとの事らしく、いずれまたジークと顔を合わせる機会もあるという。
……ならば、その時にこそ、問いたい。
私は裁かれるべき罪人なのに、なぜ、まるで赦されたかのような自由が与えられているのかと。
それどころか、まるで、もてなされているような気がするのだ。 
拘留している罪人の扱いにしては、自由に外を出歩かせてもらえる辺り、好待遇が過ぎると思う。
そもそも、貴賓牢から貴賓室へと移された事だって意味が分からない。 
罪人を置いておく部屋をわざわざ変える必要など有りはしないだろうし、罰を与えるというならば牢の中に閉じ込めて罪を悔い改めさせるべきだろう。 懺悔はどこでだって出来る事であると言っても、私の状況はあまりに恵まれ過ぎている。
寝床も、食事も、自由さえも与えられ、あまつさえそれを甘受しているくせに、ただ懺悔を繰り返すだけで赦されようだなどと虫が良い話ではないだろうか。
罪とは贖うべきもの。 
贖いには過酷な罰を。
罪を犯した責を負い、そして自らを戒めるためにも、罰とは過酷であるべきだと思う。
人を殺した罪は計り知れない程に重いのだろう。 
けれど私は、その罪を贖うに相応しい罰を知らない。 だから法に乗っ取り、正当な裁きを誰かから下されるのを待っていた。
それが、もうどうしたら良いのか分からなくなってしまった私の標となるのだから。
赦されるために、いずれ真っ当な死へと至るために、これからどうすれば良いのかと示してほしかった。
なのに。

「大丈夫なのですよ、お姉様。 これからはサリーが一緒にいますから、怖い事なんてもう無いんです」

本当に、今は、なぜこんなにも罪を重ねた私が恵まれているのだろうか。 
過去にあんなにも、この孤独を癒してくれる誰かを、望めども望めども得られなかったというのに。 
こんなにも、容易く寄り添ってくれる人と出会えるだなんて……。
本当に、人生は何度繰り返しても分からないものだとつくづく思う。 
人を殺すだなんて、どうしたって大罪であるのだから、こんなにも易々と平穏を甘受出来る筈が無いというのに。 

先行きに暗雲が立ち込めているというのに、それでも、今感じているこの温もりは紛れもなく本物だ。
そしてそれは、理性さえも蕩けてしまいそうになる程に甘い、優しい現実なのだ。
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