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いつか見た夢の世界で
王太子
しおりを挟む突如、目の前に現れたアルダレートが慌てて駆けていった。
王国騎士団に属する彼には城壁周辺での警備任務が与えられている筈だが、隊列を外れてパーティー会場に入り込んでいるあたり、任務を放棄して自らの慕う者の危機を救おうと走り回っているに違いない。
普段は寡黙で冷静な騎士であった筈なのにあそこまで取り乱すなど、彼はエリーナ嬢をそれほどまでに気にしているのだろう。
アルダレート達騎士を召し抱え、将来的には従える王太子という立場にある俺としては騎士団の秩序を乱して私用を優先する騎士の存在を、本来ならば見逃すわけにはいかない。 事実、今の騒ぎが沈静化すれば、俺はアルダレートの行いを報告し、罰を与える事になるだろう。
それは命を背いた者に罰を与えて、騎士団の秩序を守るために必要な処置であり、俺はアルダレートが愚かであると断じなければならない。
けれど、それと同時に今の彼の身軽さを羨ましく思うのだ。
……俺だって、ここまで戻ってくる事無く、行方不明になったと考えられるエリーナ嬢を探しに動きたい。
たとえ、今この時に危機的状況下にないのだとしても、こんなにも動揺した貴族達が騒いで混沌を極めるパーティー会場に1人で居てトラブルにでも巻き込まれまいかと、彼女の事が心配なのだ。
けれど俺は王太子で、今はこの命を狙われている身の上にある。 立場を投げ出して、一つの衝動のままに動いて責任を放り出し、不用意な行動の結果としてこの命を散らすわけにはいかないのだ。
それに、もしそうしてしまえば、エリーナ嬢が責務として受け負ってくれた、俺の盾としての役目への覚悟を冒涜する事になってしまう。
だからこそ、俺がこの場において生き延びる事は大前提となる。 その為に、エリーナ嬢を含めた多くの者の助力を募り、これまで準備をしてきたのだ。
私欲の果てに不正を働き、いざ断罪されそうになればその原因である王太子を暗殺しようとする安易な思考の叛逆者に殺されてやる訳にはいかない。 国の膿を排して正常な形に戻すためにも、死ぬ訳にはいかないのだ。
……だが、それは自らの命を守る犠牲を容認するという意味ではない。
自らの手でエリーナ嬢を守る事を、俺は王太子という立場から出来はしない。 そうしようと思えば、他人に任せる事しか出来ない。
だから、アルダレートの行動を容認した。 彼の意志に乗っかる形で自らの望みを遂げるしかないから。
だから俺は今、自らの手でエリーナ嬢を探しに行く事の出来ない自らの無力に内心で歯噛みして、エリーナ嬢から宜しく頼むと頼まれたサリー・キリエル男爵令嬢を見やるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
つい最近エイリーン学園に編入してきた女生徒で、俺が彼女の指導を頼んだ経緯からエリーナ嬢と最も親しい間柄にあると思われる令嬢、サリー・キリエル男爵令嬢。
俺自身も、学園で何度か接してきた中で彼女の人となりは何となく把握できた……だからこそ、キリエル嬢は信頼に足ると判断した。 当然、事前に王家直下の諜報組織がキリエル男爵家に連なる関係性を調べ上げ、不穏な要素が無い事を確認した上での、根拠のある評価でもある。
だから、学園内でエリーナ嬢へ危害を加える輩が居ると知ってから、友好的な協力者として成立し得そうなキリエル嬢に犯人捜索への協力を要請した。
そして話をしてみれば、なんとキリエル嬢はエリーナ嬢が危害を受けたその日から独自の調査を進めていたらしく、協力を頼んだ際には既にある程度の事情の把握から怪しげな動きのある集まりまで抑えている程のもの。
さらに彼女はエリーナ嬢を、もはや信奉というレベルで慕っているようで「お姉様を傷付けた輩は許しておけません」などと言って、据わった瞳で犯人達の厳刑を求めてきた。
エリーナ嬢を想う熱意や容赦の無い厳刑を求める主張はともかく、彼女の調査能力は実に優秀であり、学園内における澱みを嗅ぎ分けて、エリーナ嬢を害する輩を糾弾するための証拠を次々と集めてきた。
そしてその中には、あまりにも決定的な証拠能力を持つ情報も含まれていた。
その情報収集能力の高さ故に矢面に出して顔を広く知られるべきでは無いと判断し、一時はキリエル嬢の存在を秘して、本人にはエリーナ嬢へと近付かないようにと言い聞かせた事もあった。
結果として、諜報員としてのキリエル嬢の存在を気取られる事無く、より多くの情報を集められた。 キリエル嬢はエリーナ嬢の側に行けない事を渋り、護衛として付けたアルダレートに対して妬心を漏らしていたが、これは有効な手であったと思う。
キリエル嬢のおかげで糾弾の準備は整った。
後は、如何に有効的に証拠をぶつけてやるかのみ。 はぐらかされ、言い逃れでもされれば厄介だからと、致命となる瞬間を待っていた。
尻尾を出すその時を、虎視眈々と待っていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
見ているだけでも、パーティー会場は混沌を極めていた。
騒めき、暴徒となる寸前の貴族達とそれを宥め透かそうと弁と身で抑止する使用人達。
たった一射の火矢が王城に放たれただけだというのに、貴族達は焦り、慌て、我先にとパーティー会場を去ろうと出口に向けて押し掛けている。
しかし、この場の貴族達を抑える為に次々と使用人が会場へと投入され、1人、また1人と貴族達が沈静化されていく。 だから少しずつ、騒ぎは収まっていった。
やがて貴族の沈静化が完了し、使用人達が、騎士団が王城に火矢を放った不埒者である賊の制圧を行っているから案ずる事はないと説き、場は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
賊の制圧を完了し、王城内部の安全が確保された後に帰る事を許された貴族達は、先に見せた焦りの表情など微塵も感じさせない澄まし顔だった。 もう何事も無いかの如く振る舞い、先の騒ぎですら笑い話として話の種としていた。
会場に多く動員された使用人達もようやく騒ぎにひと段落がついたと安堵のため息と共に騒ぎの自己処理を始め、場の空気が先の混沌としたものから少しずつ緩いものへと変化していく。
だからこそ………不意の凶刃は、より一層その鋭さを増すのだ。
ギラリと光を反射する凶悪な刃を片手に、給仕服に身を包んだ使用人が1人、奇声と共にジークへと走り迫る。
不意の出来事に、その場の者らは思考が止まっていた。 まるで埒外の場所から湧いた1人の狂人が凶器を振るうなど、想定の外にあったのだから。
しかし、そうしてフリーズする者らを気にも留めぬままに、給仕服に身を包んだ狂人はジークを殺さんと刃を振りかぶる。
たとえ小さな刃物であれ、深々と刺せばそれは致命になりかねない。 だからこそ、狂人は大きく振りかぶってから、刃をジークへと突き立てんと振り下ろす。
………だがその後、再び目の前で起こった凶行に理解が及んで2度目の混乱に陥った貴族達の騒ぎの最中、給仕服の狂人は地面に打ち倒されて蹲っていた。
地に転がるのは狂人が振るった小さな刃。
それは、ジークに届く事は無かったのだ。
「……感謝するよ、エリーナ嬢。 君のおかげで、命拾いしたようだ」
ジークの手には、小さなナイフが一本。 エリーナが、ジークの側を離れる際に手渡したものであった。
いくらジークとて、素手で刃物を持った暴漢に抗えば、最悪の場合には命を落としかねない。
今回はそんな危険から、その小さなナイフがジークが抗う為の武器となり、そして無傷のままに彼の命を守る事になった。
「ああ……お前、とても都合が良い」
エリーナのナイフと自らの身体能力もあって拾った命だ。 ジークはそれを、無駄にはしない。
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王太子であるジークに、エリーナを直接救いに行くという選択肢はあり得ない。
だからこそ、ジークはジークなりのやり方で事件を収束させて一刻も早く全てを終わらせる事しか、エリーナを救う手段をとれはしない。
それが、彼が出来るエリーナを救う唯一の術なのだ。
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