公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

使命

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「なぜ、殿下がこちらに……? だって、自室に籠られて出てこないとライアス様が……」

「俺は理由も無く引き篭もりになんてならないよ。 ……ライアスの奴め、説明を簡略化し過ぎだ」

ブツブツとライアス様への文句を言うその姿に、私は未だ目の前にいるのがジークであるという実感が持てずにいた。
つい先日まで学園で彼の姿を見る事は無く、そして話す事も叶わなかった。 
それが都合良く目の前に、それもわざわざ私に用向きがあって会いに来ただなんて、出来過ぎている。
だからこれは夢で、未だ熱に浮かされているかもしれない頭が願望を夢として見せているのではと思ってしまう。
勿論、今この時が現実である事は自覚している。 けれど、あまりにも現状が非現実的ゆえに、そうした疑問は尽きない。

「なぜ、今まで学園をお休みに? どこか体調でも崩されていたのですか? それに、どうして我が家に? 何か御用でも」

「用事ね、確かにそうだな。 見舞いと、エリーナ嬢に大事な話があってね。 まあ、思ったよりも元気そうで何よりだよ」

「見舞いと、大事な話って………殿下が、わざわざ公爵邸までいらっしゃる程なのですから、とても大事なお話があるのでは」

王族で、それも王太子であるジークがわざわざ高位の公爵家とはいえ、ただの令嬢の元に来る事が平常なわけが無い。 何か、大きな事情を抱えていると勘繰るものだろう。
そんな、たかだか見舞いと同列に扱っても良いものだろうか。
……それに、名目が見舞いだなんて。 
アルダレートからお見舞いを受けるだけでもとても意外だったのにジークもだなんて、意外過ぎる事だ。
意外で、そして嬉しい反面、困惑もあった。 だって、そんな経験は今まで一度も無かったのだから。 
母が生きていた、私がうんと幼い頃に、私を公爵として扱う母によってごっこ遊びのような看病を受けた事がある程度。 それ以外だと、私付きの侍女であるアリーが付きっきりで面倒を見てくれたくらいの経験しかない。
当時は親しい知人も友人もいなかったし、血の繋がった肉親は、方や私を玩具として自らを満たすために扱い、方や興味の埒外に置いて放っておくほどに無関心だった。

「そんなにも気にする事は無いよ。 それに、俺が学園にいない間に何者かにエリーナ嬢が階段から突き落とされたと聞いて、とても心配だったんだ。 どこか酷く痛めたりはしていないか? 必要なら、腕のいい医師を紹介しよう。 あと、アルダレートとは別に俺からも見舞いの品として茶葉を持ってきたんだ。 この茶は飲むとよく眠れる効能があるらしいからな。 よく眠り、よく休んでくれ」

だからこそ、こうして純粋に心配をかけられる事には不慣れで、どうしたら良いのかわからずにいる。
どう反応を返すべきかと悩み、取り敢えずは感謝を伝えるべきだと凡庸な結論に至った。

「ありがとうございます、殿下。 私のためにわざわざ気をつかっていただいた事、とても嬉しいです」

「ああ、喜んでもらえて良かった。 見舞いの品とはいえ、女性への贈り物なんて始めてだったからな。 エリーナ嬢が喜んでくれるもの、というよりもしっかり体を休めてほしくて選んだ。 君はすぐに無理をするからな、こんな時くらいはしっかり体を休めるんだぞ」

剣術大会以前まではほぼ毎日のように言われ続けていた些細な小言を、ジークはここでも口にする。
そんな彼の言動に、非現実的だと現状を否定していた心が、その痞えを落として現状を受け入れていく。
だからこそ、普段から言われ続けたあの小言はジークが本当に私の事を心配してくれているからこそのものなのだと、そして今も普段と同じく本当に心配してくれているのだと、そう感じられた。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


なんだか照れ臭いような、妙な多幸感に揺れる心地の良い気分でジークと、とりとめのない会話を続けていた。
けれど、そんな時間も終わりのようで、アルダレートの咳払いが一つ、客室に響いた。

「殿下、エリーナ様への見舞いはどうかその辺りで。 エリーナ様に、お話しするべき事がありましょう」

「……そうだったな。 エリーナ嬢と話すのは楽しいから、すっかり忘れていた」

言われて、私も思い出した。
ジークは、私のお見舞いと、大事な話があるという事で公爵邸までやって来たのだ。

「貴重なお時間を奪ってしまい申し訳ありません!」

「いや、気にしなくてもいいよ、 俺だってすっかり忘れて話に耽っていたんだから。 ……それじゃあ、何処から話したものかな。 君は今、次の王家主催のパーティーにおいて、俺のパートナーという立ち位置にいるよね。 だから、エリーナ嬢には俺から直接話したいと思ったんだ」

ジークが口火を切った大事な話の前提は、なんとも私の予想外な事だった。
確かに、私は今のところジークのパートナーとして扱われ、周知されている。 
今回私が階段から突き落とされた一件も、その話が出回ってからの事だから、きっと周囲の認知度も高い事だろう。 何せ噂の元となった剣術大会での一件には、多くの目撃者が居るのだから。
けれど、それは本来ならジークの運命の相手であるサリーが選ばれるべきなのだ。
だからこそ、目の前にジークがいる今こそ、パートナーの辞退とサリーの推挙を話さなければならないという事を思い出して、口を開きかけた時、ジークの二の句が紡がれた。

「俺がここ何日か学園を休んでいたのは、王城で一つの事件が発生したからでね。 俺の食事に毒が盛られていて、毒味役の男が一人亡くなってしまった。 だから、警戒のために身を隠す必要があったんだ」

「………え?」

今、ジークは何と言ったのか。 
そう……………毒と、そう言った。 毒が盛られて、人が亡くなったのだと。
ジークの発言に理解が追いつくと、血の気が一斉に引いていった。 軽い貧血が起きて、視界がブラックアウトしていって倒れそうになる。
毒と聞いて、思い出したのだ。 
2度目の世界のその結末を。 毒を飲んで、身を焼かれるような苦痛の中で死んでいったあの経験を。

「……病み上がりの君には刺激が強い話だったみたいだ。 配慮が足りなくて済まない」

「いえ、私の事はお気になさらず……」

顔色が悪いのを見られたのだろう。 
ジークは私の体調を慮ってか、話を切り上げようとする。
けれど、毒物混入に毒殺。 それも王太子の食事に仕込まれた毒などと、そんな秘匿されるべき重要な機密事項を話されて、聞かないわけにはいかない。 
だって、王族の判断の下に知らされるのだ。 それに意味が無いはずもなく、それに準じた役割を求められているのだろうから。

「私が、聞かなければならないお話なのでしょう? ……最後まで、お話ください。 私は大丈夫ですので」

私は、この後に続くジークの話を聞かなければならない。
毒殺未遂だなんて、そんな恐ろしい危機がジークに迫っているならば尚の事。 その危機を回避して、最悪の事態が起こらないよう尽力する必要がある。
私の贖罪はジークとサリーを結ぶ事なのだから、ジークが死んでしまってはいけない。 そんなバッドエンドでは、贖罪など果たせないだろうから。

「……すまない、エリーナ嬢。 こんな事に君を巻き込んでしまうなんて」

「いいえ。 私は臣下として、殿下をお支えするのみですから。 それは学園でも、公の場でも同じ事ですもの」

そう返答すると、ジークは微かに眉を歪めて「そうか」と小さく呟いて、その表情は何処か寂しそうにも、哀しそうにも見えた。 
その表情の示す意味はきっと、課される私の役割への憐憫だろう。
けれど、どれだけ過酷な役割であろうとも、私は構わない。
自らの役割の果てに命を散らすような事になろうとも、それは贖罪の果てに辿る運命。
赦しを得て、安らかな死を賜るために。 
そして今日、今まで知らなかった喜びをくれたジークとアルダレートに報いるために。

「お役に立って見せます。 それが、私の務めですもの」

だから私は、ジークが気にしないように虚勢を張るのだった。


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