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生きているこの世界で
剣術大会、決勝戦
しおりを挟む開幕は、これまでの試合展開通りにアルダレートが初手で終わらせんと、高速の詰めで一撃を叩き込む事から始まった。
「オォォッ!!」
横一文字に薙ぎ払う一手目は、これまでの試合の全てにおいて対戦相手を悉く叩き潰してきた。
剣術大会において使用されるの剣は、真剣ではなく、刃が潰された物に限られる。 しかしアルダレートの大剣の一撃は、文字通りに鎧に身を包んだ相手を、斬るのではなく、叩き潰さんとばかりに放たれる剛の剣だ。
それに対するジークは後手に回ったが、それはいつもの事。 そもそもジークの戦法は、相手の攻勢をいなしてからのカウンターであるのだから。
だが、しかし。
「………ぐっ!?」
この一手目の返しは、その身に迫る一太刀を横へのステップを交えたパリィでいなし、そのまま距離を取って体勢を立て直すのみに留まった。 これまで一手受けた後に指し返す戦法を取ってきたジークにとって、想定を超えた事だった。
アルダレートの持つ大剣は、一撃の重さを追求する代わりにその後の立て直しには不安定さが残る武器である。 しかし、その大剣と共に戦場を生き延びてきたアルダレートには付け入る隙も見えない。 ジークが一撃の後に大きな隙を晒す大剣を持つ相手に対して反撃の機を見出せずに、一度完全に引いて様子を見る事にしたのはそのためだった。
加えて、パリィした瞬間に剣を持つ手に伝わってきた衝撃がジークの手に少しの痺れを残した。
一撃を弾くだけでも、手が痺れるほどの衝撃だ。
大剣に振り回されず、逆にその重量感を剣速の上昇に利用した一太刀には相応の力が乗っている。 つまり、一撃でもまともにくらえばそれで終わってしまうのだ。
技術は相応の修練と経験の果てに身に付くもの。 先のやり取りだけでも、それはジークにとって警戒すべき要素となった。
アルダレートがそれだけの実力者である事に加えて、その手には少し掠るだけでも大きなダメージを負いかねない大剣。
対するジークは、技術については幼い頃から現役の騎士団の中で訓練してきた事もあって負けてはいないかもしれないが、つい最近まで戦場で戦っていたアルダレートの比べて実戦経験が圧倒的に劣る。
それに加えて、ジークが持つのは一般的な騎士剣で、重過ぎず軽過ぎず、あらゆる面において『良』でしかない、特筆する要素の無いありふれた剣。 アルダレートの大剣と比べて誰でも扱い易い汎用性の高い剣である、という事がいったいどれだけのアドバンテージとなり得るだろうか。
策を思案する間にも、アルダレートの追撃は止まる事は無い。
さすがに、扱う得物が大剣であるゆえに追撃の手は幾らか遅くはあるが、それでも一手攻めた後の立て直しは早い。
何せ、戦場では数秒のロスですら命取りとなるからこそ、殺せば次、殺せば次と、生きるために次を次をと殺さなければ次に殺されるのは自分かもしれないのだから。 そうした技術など、真っ先に身に付くものなのだから。
一定の距離を保ちながら機を伺うジークに、アルダレートは飛びかかる。
己の脚力に大剣を振り回す遠心力を乗せて、大剣で斬り掛かりながら、また一手を詰めていく。
「ヌンッ! セイッ! ハァァッ!!」
防戦一方のジークに反撃の機を与えないように、継ぎ目無く攻める。 攻める。 攻める。
ジークはそれをいなし、躱し、逃げるに徹してアルダレートの猛攻を耐え忍ぶが、そこに反撃のための活路は未だ見えない。
このまま手数で押し潰し、早期の決着をとアルダレートは考える。
アルダレートが振るうのは『生きるために殺す剣』であり、だからこそ攻める事に特化している。
状況に合わせて適切な攻め手を繰り出す。 ゆえに彼の剣は変幻自在の、敵の命を狩り獲るための在り方だ。
対してジークの剣は、彼の剣術指南役である王国騎士団団長より習った『生きるために抗う剣』である。
ジークは、アリステル王国を統べる王族であり王太子。 いずれ国一つを背負って立つ立場にある彼が、そう易々と死ぬわけにはいかない身の上だ。
王は敵を滅ぼす者に非ず、統べる国の内に住まう民を守るための守護者であるがゆえ、だからこそ最も貴い存在であり、また最後まで生き抜く義務がある。 だからこそ、ジークの振るう剣に明確な殺意など有りはしない。
守る事に重きを置いた戦い方が、王となるべく在るジークの剣なのだ。
殺すための剣と生きるための剣の戦いは、それぞれの在り方から相入れないようでいて、どこか噛み合った試合を展開していた。
アルダレートが攻めれば、ジークはそれをいなす。
アルダレートには一歩引くという選択肢は無く、だから常に前へ前へと向かっていく。
ジークは、アルダレートが攻めた分だけ守り続ける。 しかしそれは、敗し屈する事への抗いなれば、負けなければまだそこに活路は見出せるのだという、諦念を排する信念の表れであった。
実力は拮抗し、しかし踏んできた場数と実戦経験の差に押し潰されそうになりながらも、ジークが諦める事は無い。 付け入る隙を常に模索し続けている。
アルダレートに攻める以外の選択肢は無い。 だからこそ、付け入るならばそこだろう。
その得物が大剣ゆえに、アルダレートの一撃はモーションの一つ一つが大きい。
そして、一撃を剣で弾いて流せば距離を詰めて追撃を。 そもそも触れる事無く躱せばまた別の一撃を加えてくる。
どちらにせよ攻め込まれる、まるで炎のように苛烈なアルダレートの攻め手。
しかし、守りを考えていない様子から、攻めを一度崩してしまえば瓦解するのではないかとジークは思い至る。
そんな一つの思い付きでジークは一歩、前に出た。 これまで堅実にあった自らの態勢投げ捨てて、大剣の軌跡を紙一重で躱して、アルダレートに詰め寄った。
アルダレートも、ここまで守りに徹して一定の距離を保ち続けたジークが唐突に前に出てきた事に一瞬だけ面食らった。
その一瞬と、そして大剣の重量がアルダレートの返しを鈍らせる。
迫るジークの一撃に、果たしてアルダレートの剣は間に合うものか。
ジークが虎視眈眈と待ち続けたこの好機、この一斬を以ってアルダレートを打倒できるものか。
「ハアアァァァァァッ!!!」
「ウオォォォォォォッ!!!」
裂帛の気合いがぶつかり合う。
そして刹那の後に、舞台に立つ2つの影のうち1つが膝をついた。 その手に剣は無く、既に抗う手立ても無い。
屈した彼にあるのは、ただ明確な『敗北』の二文字のみだった。
その事実に、敗者は屈辱と共に勝者として目の前に立つ者への憧憬に暮れるのみ。
その勝者の名は ーーー
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