公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

文字の大きさ
上 下
39 / 139
生きているこの世界で

剣術大会、決勝戦

しおりを挟む


開幕は、これまでの試合展開通りにアルダレートが初手で終わらせんと、高速の詰めで一撃を叩き込む事から始まった。

「オォォッ!!」

 横一文字に薙ぎ払う一手目は、これまでの試合の全てにおいて対戦相手を悉く叩き潰してきた。 
剣術大会において使用されるの剣は、真剣ではなく、刃が潰された物に限られる。 しかしアルダレートの大剣の一撃は、文字通りに鎧に身を包んだ相手を、斬るのではなく、叩き潰さんとばかりに放たれる剛の剣だ。
それに対するジークは後手に回ったが、それはいつもの事。 そもそもジークの戦法は、相手の攻勢をいなしてからのカウンターであるのだから。 
だが、しかし。

「………ぐっ!?」

この一手目の返しは、その身に迫る一太刀を横へのステップを交えたパリィでいなし、そのまま距離を取って体勢を立て直すのみに留まった。 これまで一手受けた後に指し返す戦法を取ってきたジークにとって、想定を超えた事だった。
アルダレートの持つ大剣は、一撃の重さを追求する代わりにその後の立て直しには不安定さが残る武器である。 しかし、その大剣と共に戦場を生き延びてきたアルダレートには付け入る隙も見えない。 ジークが一撃の後に大きな隙を晒す大剣を持つ相手に対して反撃の機を見出せずに、一度完全に引いて様子を見る事にしたのはそのためだった。 
加えて、パリィした瞬間に剣を持つ手に伝わってきた衝撃がジークの手に少しの痺れを残した。 
一撃を弾くだけでも、手が痺れるほどの衝撃だ。
大剣に振り回されず、逆にその重量感を剣速の上昇に利用した一太刀には相応の力が乗っている。 つまり、一撃でもまともにくらえばそれで終わってしまうのだ。
技術は相応の修練と経験の果てに身に付くもの。 先のやり取りだけでも、それはジークにとって警戒すべき要素となった。
アルダレートがそれだけの実力者である事に加えて、その手には少し掠るだけでも大きなダメージを負いかねない大剣。 
対するジークは、技術については幼い頃から現役の騎士団の中で訓練してきた事もあって負けてはいないかもしれないが、つい最近まで戦場で戦っていたアルダレートの比べて実戦経験が圧倒的に劣る。 
それに加えて、ジークが持つのは一般的な騎士剣で、重過ぎず軽過ぎず、あらゆる面において『良』でしかない、特筆する要素の無いありふれた剣。 アルダレートの大剣と比べて誰でも扱い易い汎用性の高い剣である、という事がいったいどれだけのアドバンテージとなり得るだろうか。
策を思案する間にも、アルダレートの追撃は止まる事は無い。
さすがに、扱う得物が大剣であるゆえに追撃の手は幾らか遅くはあるが、それでも一手攻めた後の立て直しは早い。
何せ、戦場では数秒のロスですら命取りとなるからこそ、殺せば次、殺せば次と、生きるために次を次をと殺さなければ次に殺されるのは自分かもしれないのだから。 そうした技術など、真っ先に身に付くものなのだから。
一定の距離を保ちながら機を伺うジークに、アルダレートは飛びかかる。
己の脚力に大剣を振り回す遠心力を乗せて、大剣で斬り掛かりながら、また一手を詰めていく。

「ヌンッ! セイッ! ハァァッ!!」

防戦一方のジークに反撃の機を与えないように、継ぎ目無く攻める。 攻める。 攻める。
ジークはそれをいなし、躱し、逃げるに徹してアルダレートの猛攻を耐え忍ぶが、そこに反撃のための活路は未だ見えない。
このまま手数で押し潰し、早期の決着をとアルダレートは考える。 
アルダレートが振るうのは『生きるために殺す剣』であり、だからこそ攻める事に特化している。 
状況に合わせて適切な攻め手を繰り出す。 ゆえに彼の剣は変幻自在の、敵の命を狩り獲るための在り方だ。
対してジークの剣は、彼の剣術指南役である王国騎士団団長より習った『生きるために抗う剣』である。
ジークは、アリステル王国を統べる王族であり王太子。 いずれ国一つを背負って立つ立場にある彼が、そう易々と死ぬわけにはいかない身の上だ。
王は敵を滅ぼす者に非ず、統べる国の内に住まう民を守るための守護者であるがゆえ、だからこそ最も貴い存在であり、また最後まで生き抜く義務がある。 だからこそ、ジークの振るう剣に明確な殺意など有りはしない。
守る事に重きを置いた戦い方が、王となるべく在るジークの剣なのだ。

殺すための剣と生きるための剣の戦いは、それぞれの在り方から相入れないようでいて、どこか噛み合った試合を展開していた。
アルダレートが攻めれば、ジークはそれをいなす。
アルダレートには一歩引くという選択肢は無く、だから常に前へ前へと向かっていく。
ジークは、アルダレートが攻めた分だけ守り続ける。 しかしそれは、敗し屈する事への抗いなれば、負けなければまだそこに活路は見出せるのだという、諦念を排する信念の表れであった。
実力は拮抗し、しかし踏んできた場数と実戦経験の差に押し潰されそうになりながらも、ジークが諦める事は無い。 付け入る隙を常に模索し続けている。
アルダレートに攻める以外の選択肢は無い。 だからこそ、付け入るならばそこだろう。
その得物が大剣ゆえに、アルダレートの一撃はモーションの一つ一つが大きい。 
そして、一撃を剣で弾いて流せば距離を詰めて追撃を。 そもそも触れる事無く躱せばまた別の一撃を加えてくる。
どちらにせよ攻め込まれる、まるで炎のように苛烈なアルダレートの攻め手。
しかし、守りを考えていない様子から、攻めを一度崩してしまえば瓦解するのではないかとジークは思い至る。
そんな一つの思い付きでジークは一歩、前に出た。 これまで堅実にあった自らの態勢投げ捨てて、大剣の軌跡を紙一重で躱して、アルダレートに詰め寄った。
アルダレートも、ここまで守りに徹して一定の距離を保ち続けたジークが唐突に前に出てきた事に一瞬だけ面食らった。 
その一瞬と、そして大剣の重量がアルダレートの返しを鈍らせる。
迫るジークの一撃に、果たしてアルダレートの剣は間に合うものか。
ジークが虎視眈眈と待ち続けたこの好機、この一斬を以ってアルダレートを打倒できるものか。

「ハアアァァァァァッ!!!」

「ウオォォォォォォッ!!!」

裂帛の気合いがぶつかり合う。
そして刹那の後に、舞台に立つ2つの影のうち1つが膝をついた。 その手に剣は無く、既に抗う手立ても無い。
屈した彼にあるのは、ただ明確な『敗北』の二文字のみだった。 
その事実に、敗者は屈辱と共に勝者として目の前に立つ者への憧憬に暮れるのみ。
その勝者の名は ーーー




 







しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...