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生きているこの世界で
幼馴染という関係性
しおりを挟むほんの数分前まで、私とサリーは昼食をどうしようかと話をしていた。
剣術大会の午前の部が終了となり、再開までの1時間程度の昼休憩。 けれど、私はそこまでご飯がお腹に入るような体調でもなくて、何でもいいと考えていたのだけれど、サリーが「たくさん食べて体力を付けないとまた倒れてしまいます!」と言うので何を食べるか検討する事になったのだ。
とはいえ、来賓や一般向けに解放された食堂を利用するなり、屋台なり、学園外に出て何かを食べてくるなり選択肢は色々ある。
選択肢の中でどれだけ迅速に、そして手軽にカロリーを摂取できるかと考えている最中、わざわざ私達を探しに来たらしいジークに、公衆の面前で、せっかくだから昼食を共にと誘われた。
そのおかげで、観客席の最前線からキャピキャピとはしゃいで黄色い声援を送っていた令嬢達からの妬みの視線を向けられる羽目になった。 昼の部からは、あの令嬢達からの妬心をひしひしと感じながら観戦する事になりはしないだろうかと思うと、とても気不味い。
けれど、そんな内心の気不味い心境を面に出さないよう努めて笑顔を浮かべて、ジークの控え室で昼食をいただく事しばらく。
笑顔が引き攣ってはしないだろうかと不安になるほどに、私の心境の気不味さは増していた。
「お互いにここまで勝ち上がってこれた事を嬉しく思うよ。 俺達が当たるとすれば決勝だろうからな。 君との試合、楽しみにしているから負けてくれるなよ」
「ええ、もちろん負けません。 誰にも、殿下にも、負けるわけにはいきませんから」
机1つ挟んだ向こう側で繰り広げられる、男同士の尊い友情とも、ライバル同士の他愛のない軽口による牽制とも見てとれる光景。
正直、剣術大会の昼休憩中の一幕というロケーションと、お互いに対戦相手として意識し合っているというシチュエーションに私達のようなただの観戦者は不要に思う。
しかし、そんな『男の世界』とでも呼ぶべき空気の中にも平気で入っていく勇者が私の隣にいた。 言うまでもなくサリーである。
「ジーク様も騎士様も強かったですものね。 2人とも、応援してるので頑張ってくださいね!」
編入して来たばかりの頃に令嬢達に絡まれていた時もそうだけど、こうして自分よりも高位の相手に臆する事なく話せるサリーのその豪胆さには本当に驚かされる。 主に肝が冷える方向にだけれど。
本当はサリーではなく、私の方が公爵令嬢で高位の貴族でジーク達相手に自然に会話ができる立場にあるのだから、会話に入るならば私から2人に声を掛けるべきだった。
けれど、私としては何を言うべきか言葉を選びかねていたのだ。
昼食に誘ってきたジークは別に構わない。 あわよくば、サリーと2人きりにして距離を縮めるために色々と画策したいところだけれどまだ問題は無い。
問題なのは、もう片方のジークが会話をしている人物 ………ジークと良い雰囲気で会話をしているアルダレートの方だ。
さっき、あんなおセンチな雰囲気の別れをしておいて、ものの数時間後に再会どころか昼食を共にするだなんて、気不味いにも程がある!
だいたいアルダレートもアルダレートだ。 ついさっき、私にあんなちょっとカッコつけたような事を言っておいて、私を前に気にしている素振りの1つも無くジークと話をしているのだもの。
……気にしたら負けかしら? 負けなのね? なら気にしないわそうするわ。
あまりにも私に対して反応を見せないアルダレートの様子に、無理矢理にそう納得した。 ついでに気不味い気分を払拭するために、目の前の淑女2人を放置して話に花を咲かせていた男2人の輪に私も飛び込んだ。
「殿下とありゅだっ! ……アルダレート様はとても親しげですけどお知り合いだったのですか?」
焦りすぎて途中で噛んでしまったけれど、早口と勢いで押し通して失敗を誤魔化す。
ジークもアルダレートも紳士であるゆえ、私が噛んだ事に殊更指摘は無かった事が救いだった。 彼らの心ある気遣いに感謝しなければ………心境としては、気不味さに恥の上塗りである。 踏んだり蹴ったりである。
「俺とアルダレートは幼馴染でね。 幼い頃はよく騎士団の訓練で一緒になったものだよ」
ジークが教えてくれたアルダレートとの関係性は実にシンプルでありがちなものだった。
狭い貴族の世界の中で、王族として生まれた王太子とそれを守護する事も役目の1つである王国騎士団団長の子息という間柄。 さらに年も近いとなれば、将来に側近として迎える事を考えて幼いうちから交流させておく事はよくある話だ。
それにしても、ジークからはアルダレートへの態度に親愛を感じられるのだけれど、対するアルダレートはジークへの対応がすごく硬い。
「アルダレートは昔からこうでね。 融通が利かないというか、真面目すぎるというか。 俺としては、幼馴染としてもっと砕けた感じで接して欲しいんだけどね」
「いえ、殿下は王国騎士として仕えるべき方ですから。 馴れ馴れしく接するなど、とてもそのような事は」
「はいはい、それはもう何度も聞いたよ。 本当に硬いやつだなぁ、まったく」
ジークは少し拗ねたようにぶつくさと文句を言いながらも、口調とは裏腹にそんな事を気にしている風でもない。
そしてアルダレートはといえば、こちらもジークの文句に眉ひとつ動かさず、またかと少し呆れたような雰囲気でお茶を啜っている。
きっと、この2人にとっては慣れたやり取りなんだろう。
なんだか少し噛み合わないようで、しかし、お互いを理解して尊重し合っているからこそ成立しているそれは、どこか暖かみのある、気の置けない者同士の会話だった。
これが、本当の幼馴染という関係性というものなのだろうか。
………だとすれば尚更、アルダレートを忠義という束縛から解放した事は正しかったのだろうと思う。
何せ、私とアルダレートの関係性は『たった1日だけの幼馴染』でしかない。 お互いがお互いを知る事も、信頼関係を築く事さえもできないまま終わった、思い出の1つでしかないのだ。
「ふふっ、お二人は仲がよろしいのですね。 とても、羨ましいですわ」
幼馴染という言葉がどこまで適用されるものなのか。 その言葉の示す関係性の深度はどの程度までなのか。
それすら識らず、知らず。 なぜ私は、アルダレートとのなんとも浅い関係性を『幼馴染』だなんて言ってしまったのか。
恥ずべき無知のままに、愚かにも図々しく、アルダレートの『幼馴染』である事を無意識に望んでいたのだと今、気付いた。 そして、恥じた。
何度恥じても、何度繰り返しても、何度後悔しても、私はその度に形を変えて愚を繰り返す。 これもまた例に漏れず、自らの思い込みと願望のままにアルダレートを、私の『幼馴染』というカテゴリに押し込んでしまっていた。
幼馴染の定義なんて知らない。 けれどたった1日だけしか顔を合わせず、それも泣いているところを助けてもらっただけだなんて薄い関係性が幼馴染の筈がない。
だって私は、アルダレートの事を深く知る事も、信頼関係を築く事もできていないのだから。 むしろ、繰り返す前には彼の信頼を裏切ってばかりだったのだ。
危なかった。 また愚を犯すところだった。
罪人のくせに、アルダレートと幼馴染だなんて図々しいと、自らを叱咤する。
「私なんて、小さな頃はずっと屋敷から出た事が無くて、同い年のお友達がいなかったんです。 だから、殿下とアルダレート様の関係性がとても羨ましいですわ」
演じる事には慣れている。
今まで『そう』だと思い込んでいた事を自らの内で否定して、それを言葉として吐き出すだけの簡単な事だ。 当然、笑顔でいる事も忘れない。
これは、思い込みを誤魔化すためと言うよりも、自らに言い聞かせるための儀式だった。
私に幼馴染など、親しかった者など居はしないと。 これ以上、愚を重ねるなと。
私に幼馴染は居ない。 それが事実で、正しい事で、期待してはいけない事。
それで良いのだと、自らに納得させるための言葉だった。
けれど、それはすぐに否定された。
「何を言っているのですか、エリーナ様。 貴女の幼馴染なら、俺がいるでしょう」
それまで、ジークの言葉に無愛想な言葉を返すだけだったアルダレートが初めて気のある言葉を発した。
そして私は、そんなアルダレートの言葉に、全てを納得して諦めるための決心がぐらつくのを感じた。
「貴女はきっと無理をする人だと、俺はそう思っています。 でも、無理なんてなさらなくて構わないんです。 俺が守ると誓ったんだから、俺に頼ってください。 またあの時のように、我慢して1人で泣く事なんてないんですから」
対面に座るアルダレートが、私を真っ直ぐに見据えている。
そんな彼に何か言葉をと口を開きかけた瞬間に、ほぼ同時にやってきたジークとサリーの質問責め。
さっきの言葉はどういう意味かとアルダレートに聞くジークに、アルダレートとはどういう関係かと詰め寄ってくるサリー。
内心は、頭の中がぐちゃぐちゃでサリーの質問にどう答えてやるべきかと悩んでいた。
けれど、サリーへの返答に困りながら、何となく憑き物が落ちたような、どこか清々しい気分も間違いなくあった。
その清々しさの正体が何なのか、私にはいまいち分からない。
けれど、多分これが嬉しさなんだろうと、何となく思った。
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