公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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生きているこの世界で

不穏な予感

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そもそも、2人がなぜ言い争っているかと言えば、事の発端はやはり先日のジークの世迷言。 私を、王家主催のパーティでパートナーとしてエスコートしたいという話だった。

どうやら、ジークは私に賭けを約束させた後でマルコと遭遇し、そこでパーティのパートナーを私にしたいとの話をしたらしい。
当然、私を嫌っているマルコは大反対。 
しかし聞く耳を持たない、あの日に限ってやたらと強引だったジークはマルコを無視して帰っていった。 
話を聞き入れられる事のなかったマルコは、私を諸悪の根源と断定してユースクリフ邸に帰るなり私に非難の言葉を浴びせ、挙句もう一度ジークを説得すると勝手に私とサリーに付いて来た。 
そうして、今の状況に至ったというわけだ。
 
「俺からエリーナ嬢にパーティでのパートナーを頼んだ事は間違いではないんだよ、マルコ。 だから君が言うように、彼女が俺を騙しているなんて事はない」

「いえ、そんな筈はありません殿下。 たしかに最近の義姉上は以前に比べて大人しくなったかもしれません。 けれどそれは、きっと表面だけの事なのです。 中身は何も変わっていない。 これまで貴方が義姉上に迷惑にも散々追いかけ回されて付きまとわれた事をお忘れではないでしょう!」

剣術大会参加者に与えられた控え室。 それも王太子であるジークのためだけに用意されたその一室で言い争う2人。 
私に対して散々な言い分だが何一つ間違っていない過去の事実を引っ張り出してジークの考えを改めさせようとするマルコと、これまた一昨日あった事実でもって熱弁するマルコをやんわりと躱すジークの意見は平行線。 
ジークの言動の真意が見えず、また王家の主催するパーティで王太子であるジークのパートナーを務める事の意味を知らない筈もない私としてはマルコに加勢してジークの考えを改めさせ、その上で出来る事ならばサリーをパートナーに据える方向に話を持って行きたいのだけれど、ここで私がマルコ側に立ってジークと対立すれば話が余計に拗れてしまいそうなので諦めて静観する。
片や私を非難する者と片や私を擁護する者が言い争うという目の前の光景はなかなか精神的に辛いものがあり、叶う事ならばこのままジークとマルコを放っておいて観客席まで逃げたいところではあるのだけれど、ジークの前に出ておいて挨拶もなしに立ち去る事は失礼かつ不敬。 頼むから、私とサリーを放っておいて言い争うのはやめてほしい。 他所で、2人きりの時にしてくれないものかしら。
サリーも2人に呆れて私の袖を引いて「もうほっといて行きましょう」とばかりに目配せしてくる始末だし……。
状況に収拾がつかなくなってきて途方に暮れていると、開いている扉をわざわざノックして誰かが入室してきた。

「失礼します、ご令嬢方。 殿下に用向きがあって来たのですが……これは、いったいどういう状況なので?」

戸惑った様子で未だ平行線の言い争いを繰り返すジークとマルコを見ながら問うてくるのは騎士団の制服に身を包んだ、背が高く肩幅も広い筋肉質な大柄の若い男性。 
とても特徴的な明るく、そして炎が燃えているかのように鮮やかな赤髪に、黄金色に輝く切れ長の鋭い瞳。 顔付きは端正で、纏う色味から朗らかな人柄を予感させるのとは裏腹に無表情。 
人を寄せ付けない凛とした雰囲気を纏う騎士の男性は、しかし、見た目の勇猛な騎士然とした様からは予想外に感じるほど丁寧かつ紳士的な物腰で、部屋の中の状況を私とサリーに尋ねる。

「あちらはマルコ殿、ユースクリフ公爵家のご嫡男でしょう。 殿下とは友人の如き間柄と聞いております。 それに、マルコ殿の姉君であられる貴女様までいらっしゃるとは一体……」

「お構いなく騎士様、殿下に用事があられるのでしょう? あの2人のお話は終わりそうにありませんし、これ以上は不毛ですもの」

騎士にそう言って、未だジークに同じ事を言い続けるマルコの襟首を掴んで引き摺るようにして連れていく。

「殿下、騎士様。 私達はこれで失礼させていただきます。 お二人のご活躍、楽しみにしておりますね」

礼儀として挨拶と社交辞令だけは忘れずに、速やかかつ丁寧に済ませて「義姉上! まだ殿下に話が」と騒いでいるマルコの襟首を引っ掴んだまま退室する。 サリーも、ジークと騎士への礼を欠く事なく、私に続いて退室して何とか面倒な場面から解放された。
先程の部屋からだいぶ離れた辺りで掴んでいた襟首を離すと、マルコは憤慨して文句をブツクサ言いながら何処かへ行ってしまった。 その背に向けてサリーが舌を出していたのはご愛嬌である。

「さあお姉様。 (邪魔者もいなくなった事だし)観客席に参りましょう」

サリーの発言に、何か、言葉にならないとても不穏な響きが含まれていた気がしたのだけれど、それすら追求する気にもなれない。 それ程には、さっきまでの時間が濃かった気がする。

「ええ……そうね。 なんだかどっと疲れてしまったし、早く座って休みたいわ」

あいも変わらず強い陽射しは継続的に体力を削っていく。 日傘だけでは対策としては足らず、せめて冷たい飲み物とそよ風程度でもあればいいのだけれど。
いっそこのまま帰ってしまいたい。 そう何度も考えながら、やっとの思いで観客席まで辿り着き、腰を落ち着ける。
私の座っている席は日陰になる奥側。 暑いので、いくら舞台から遠かろうともこの場所を移る気は毛ほども無い。
しかし、他の令嬢らはどれだけ暑かろうともお構い無しに舞台手前側の席に集中し、きゃあきゃあと選手達に声援を送っている。 
驚くべきは令嬢達の装いで、皆一様にこれから舞踏会にでも行くのかとばかりに派手な格好をしている。 暑くはないのだろうか。
派手派手しい格好の令嬢らが頰に汗を流しキャピキャピとはしゃいでいる。 私としては、照り付ける陽射しの下でよくあれだけの重装備に身を包んで騒げるものだとあの令嬢達の熱意に感服しかない。 けれど、開始時刻が近付き、選手が入場するたびに黄色い声援を飛ばすのはやめていただきたい。 
頭に響くような歓声に眉を顰め、次第次第に大きくなっていく声援を気にしても仕方がないと、令嬢達の方へと引かれる意識を逸らすために舞台上の選手に視線をやる。
その中に、今朝ジークの元を訪ねてきていた騎士を見つけて、ふと気になった。
あの騎士は、私がマルコの義姉である事を知っている様子だった。 話し口からも間違いないだろう。
それに……

「あの方、何処かで………」

誰だったかと、妙に気を引かれるあの騎士について何かしら覚えがあっただろうかと記憶を探る。
それでも思い浮かぶ節も無く、さらに記憶の奥底を浚ってみようかと意識を記憶に埋没させようとしたその時、一際大きく、脳の髄まで響き渡るような令嬢達の声援が響いた。
もはや全力の悲鳴にも等しいほどにキイキイと響く声援。
その元凶たる者の登場。 より一層沸き立ち、騒ぐ令嬢達は総じてその者の名前を声援として発し続ける。
端的に言うと、ジークの登場である。
イケメン、人格者、王太子、前回大会優勝者にして今大会優勝候補者筆頭、令嬢達の人気者。 まあ、それは盛り上がるわけだ。
と、そこでふと思った。

そういえばジークが優勝したら、王家主催のパーティでジークのパートナーをしなければならないのだった。

すっかり忘れていた事態に、怖気が走る。
先程まであれだけ暑かったのが嘘のように寒気で身体が震え、鳥肌が立つ。
王家主催のパーティで王太子であるジークのパートナーとしてエスコートされる。
つまり、婚約者。 そうでなくともジークと好い関係にある。 
周囲の者に、そう解釈されるという事だ。
実情がどうあっても、私がジークの運命の相手であるサリーを彼の妃にしようとしていても、関係は無い。
今のジークに婚約者はおらず、陛下と妃陛下は早々に高位貴族の令嬢を婚約者として当てがいたいらしいと噂で聞いた事がある。
もし、私がジークのパートナーとしてエスコートされたという既成事実でもって婚約者にまでなる事になったら………。

考え至った可能性に、どうしよう、と私は今更ながらに頭を抱えた。
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