公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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生きているこの世界で

ダンスレッスン

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最近の私は、とても充実した日々を過ごしていると思う。 
事業は未だ下準備の段階にあり、開店にすら至っていない現段階では雇った領民達に払う給金は私の自腹を切るしかない。 なので、1日でも早く開店できる状況まで持っていかなくてはならない。
平日の昼間から放課までは学園と生徒会、放課後から夜中は学園で出た課題に商品のデザインと事業に関する雑事の処理。 休日はユースクリフ領の視察と領邸で仕事をしている領民達に顔を見せて共に作業をしたり孤児院に顔を出して子供達と遊んだりと、ゆっくり読書を楽しむ暇も無い日々を送っている。
問題があるとすれば、目元のクマがそろそろ化粧でも誤魔化しきれないほど酷くなってきたというくらいか。 
最近は、ジークのみならず、アリーからすら過労気味だからと休むよう言われる始末である。聞く耳など向けてやらないけれど。
少なくとも、運命に怯え、人に怯え、神に救済を祈りながら死を待つよりはよほど健全で建設的な事だろう。
手を掛けている事業は未だ手探りで、これが領民達への救済になれるかは分からないけれど、そうなるよう励むのだ。 だってそれは、善い事なのだから。

それよりも目下、最も心配なのはサリーの事だった。 
彼女がジークと結ばれる事は確定事項で、王太子と結ばれる次期王太子妃だからこそ、今からでも足りていない教養やマナーを叩き込まねばならない。  ……だと言うのに、どうにも進展の兆しが無い。

「キリエル嬢、今日もお勉強の時間よ」

「お姉様っ! わざわざお迎えに来てくださってありがとうございますぅ~っ!!」

「……少しは落ち着きなさいな」

レッスンを受けさせるためサリーの教室まで行けば、声をかけた途端に大声を上げて私の元まで駆け寄って来るサリー。 これでも、令嬢が大声を上げるのと走るのはやめてくれないかしら、という旨を口が酸っぱくなるほど教えてきたはずなのだけれど……。
お昼休みは私も常よりも比較的に時間が空いているため、毎日ではないにせよ2、3日に一度はこうしてサリーを引っ張っていって教育している。 おかげでサリーともすっかり親交ができ、たと思っていたのだけれど、これは『親しくなった』と言うよりも『懐かれている』と評した方が正しいだろう。 
呼び方も、初めてダンスのレッスンをした際に私が男性役として相手をしていると、いつの間にか「エリーナ様」から「お姉様」になっていたし。 

「だって久しぶりのお姉様なんですよ!  またお会いできるのを待ちに待っていました!」

「前回のレッスンからまだ3日と経っていないでしょうに、キリエル嬢は熱心な子ね」

「私なら毎日、いえ、いつもご一緒したいですから」

この通り、サリーはとてもやる気のある子であり、教える私としても望ましい限りだ。 でも、熱心なのは感心するのだけれど、せめてその成果を見せてほしいものである。 とりあえず、いい加減学園内で走ったり大声を出すのはやめてほしい。

「今日はダンスのレッスンよ。 ホールを借りているから、行きましょう」

「はい、お姉様」

「……以前教えた事はもう覚えたかしら?」

「大丈夫です、多分! 何とかなります!」

………とても、先行き不安である。 


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 「目線を私の顔に合わせるように、あまり他を見ないで。 足元はリズムに合わせて、硬くなりすぎないよう自然な足取りでステップを踏んで」

「はい、お姉様……て、きゃあああ!!」

足を滑らせて、サリーが盛大に転んだ。 しかも手をしっかり握られていたものだから、私まで巻き添えを受けて引っ張り倒された。 本日3度目である。
背中から倒れるサリーに引っ張られる私はサリーの上に覆い被さる形で倒れ込んでいるので怪我はないけれど、私に潰される形となるサリーは痛いだろうに、潰される度に喜色満面の顔をしている。

「ごめんなさい。 痛くはない? 大丈夫?」

「いえいえいえ、大丈夫ですよお姉様! むしろどんと来いというか、柔らかくて心地いいというか……」

最後の方は何と言っているのか聞き取れないけれど、潰されても大丈夫だと笑顔の彼女を健気と見るか、穿ってみれば何処と無く嬉しそうにも見えるので何か倒錯的な癖でもあるのではないかと邪推するべきか悩ましい。
少なくとも、今明らかなのは彼女に施してきたダンスレッスンの成果があまり見られないという事だ。 基本の姿勢や所作を知っていても、肝心のバランスやリズム感が危う過ぎるのだ。 ひょっとしたら彼女には、いきなりダンスを教えるよりも先に体幹トレーニングをさせるべきかもしれない。

「お姉様、私なら大丈夫ですよ! ささ、もう一度お願いします!」

彼女のやる気は一人前である。 
ただ、やる気だけでどうにかなる程世の中甘くはない。 そんな事で万事どうにかなるのなら、私だってもう少し楽に生きられた筈だ。
とはいえ、やる気に満ちた者の興を冷めさせる事もあるまい。 もう暫くダンスレッスンをさせて、後で体幹トレーニングについて話してみよう。
そう考えて、差し出されていたサリーの手をとってそのまま彼女を引き寄せる。

「きゃっ」

「さあ、続きといきましょう。 今度は転ばないように落ち着いて、ね?」

「……は、はいぃぃ、お姉様…」

そうして踊る事暫く、サリーの動きがどうにもぎこちない。 先に比べて、まるで油のきれた機械仕掛け程に動きからしなやかさが失われている。
しかも何かブツブツと聞き取れない声量で言っているし、本格的に様子がおかしい。

「あの、キリエル嬢? 調子が悪いのかしら。 それとも疲れたのだったら、今日はもう終わりにしよう」

「いえ、大丈夫! まだやれます! ……あ」

かしら、と続ける前にサリーに言葉を遮られて、挙句焦った彼女は気もそぞろで、またしてもバランスを崩して倒れ込んだ。

「きゃああああ!!!」

叫びながら、直前まで取っていた手を握り潰さんばかりに掴まれる。 よって案の定、私も巻き込まれて倒れた。
ただ、こう何度も巻き込み事故のように倒れる事にも慣れてきて、サリーを潰してしまわないようサリーの腰に回していた方の手で何とか倒れ込むのを踏ん張った。
結果、サリーを潰す事はなかったけれど、代わりに私とサリーの鼻先があと数ミリで触れ合う所まで顔同士が接近し、危うく私とサリーでキスをするところだった。 しかも、形としては私がサリーを押し倒しているように見えるため、大変宜しくない。

「お、おねえさま……」

サリーなど顔が真っ赤である。 初心な子だ、余程恥ずかしいのだろう。
いくらこのホールを私が借りているとはいえ誰かが来ないとも限らないし、サリーの精神衛生的にも、早く退かなければ。

「ご、ごめんなさい!」

反射的に顔を逸らして、その勢いのままサリーと距離をとった。
理性的に思案していたけれど、実は私も恥ずかしかった。 だって、とても顔が近かったのだもの。
パッと接近した顔を離し、朱色に染まった頰をサリーに見られないよう背を向ける。

「……失礼、2人とも。 これはどうした事なのかな?」

なぜか聞こえてきた誰かの声。
トーンは男性のもの。 このホールには私とサリーの女性2人しかいない筈なのに。
誰かと思って声のする方を見れば、そこにはジークが、唖然として私達2人を見やっていた。

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