公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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生きているこの世界で

『お友達』

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3人の令嬢と対面して、ああそういえば居たな、と思いつつも表情に薄く笑みを貼り付けて応対する。

「あら、アーシアさんにラミアさんにレイシーさんではないですか。 ごきげんよう、お久しぶりですね」

「ええ、そうですわね。 エリーナ様は近頃、生徒会業務に励んでいらっしゃるようでお忙しそうでございましたから」

「エリーナ様、今日は生徒会のお仕事はお休みなんですの? もしよろしければ、少し時間は遅いですけれど一緒にお茶などいかがですか?」

「ええ、そうですね。 エリーナ様と私達はお友達なのですもの。 ラミア様の仰る通り、お茶でもいたしましょう」

おほほほほほ、と笑いが咲く。
もっとも、咲いているのは虚偽の花。 表層のみを取り繕って、煌びやかな外見の内には相手を狩り獲るための毒の棘がいくつも生えている。
特にその気配は、アーシアからとても濃く感じられた。

アーシアはオルトリン侯爵家の令嬢で、家格はユースクリフ公爵家より劣るものの古くから王家に仕えてきた大臣の家系であり、またそれに比例してアリステル王国の政治に多大な影響力を持つ。 
その令嬢であるアーシアもまた、学園内において強い影響力を持っている。
ラミアはオルトリン侯爵家と交流のあるグルトール伯爵家の令嬢で、アーシアとは幼馴染の関係にある。 アーシアに対して一歩引く事のない態度は、伯爵家という半端な家格である彼女に過大な発言力を許していた。
レイシーはトレイル伯爵家という、代々オルトリン侯爵家に仕えている家系の令嬢で、3人の中では最も位が低い。 彼女はラミアと同じ伯爵家令嬢ではあるものの、片やアーシアと幼馴染で片やオルトリン侯爵家の従僕の家系の娘ではヒエラルキー的に差がある。 

私とこの3人は、高位貴族の令嬢同士として学園に入ってからずっと『お友達』として関わってきた。 それは貴族の子息子女であれば当然の事で、いくら愛に飢えていた過去の私でも理解できるほどに、友愛に満ちたものではない。 高位貴族の『お友達』など、迂闊に信じ込むべきではないのだ。
友好にあるように見せて、腹の中ではどう相手を貶めて自らが優位に立つか思案しているだなんてよくある話。 いかに腹の中を探らせず、いかに相手の腹を読み、いかに蹴落としのし上がるかが重要な世界なのだから。
虚偽や欺瞞など貴族としての在り方の基本であり、だからこそ、表層のみを取り繕った貴族の世界は美しくありながら、とても醜い。
愛に狂えども私だって貴族の、それも高位である公爵家令嬢なのだ。 そんな貴族世界の理など理解していた。 

頭では、どこまでも、理解していた。

しかし、だからこそ私は『お友達』である事を忌避し、今世では関わりを絶っていた。
繰り返した生の中でアーシア達との交流もあった。 けれど、私がそれまでの立場を失えば『お友達』などどこにも居なくなった。
吹けば飛ぶような薄っぺらい関係。 虚飾の産物。 『お友達』とは、互いに利を貪りあう関係なのだ。
貴族の人間関係は立場が形作るもの。 
だからこそ、立場が崩壊したその時には人間関係もまた崩壊する。 
当たり前だ。 だって貴族は栄えてこそ。 故に利にもならない、あまつさえ足枷にさえなり得る者に誰が構い続けようものか。

理屈は分かっている。 合理的だとも思う。
所詮皆、己が一番可愛いのだから、他を利用し、貪って蹴落として地を這う虫ケラを踏み躙るようにしてでも利を得たい。 だからこそ弱肉強食という、人理より外れた獣の倫理でもって、ただ在り続けるために弱者を喰らうのだ。
けれど、私はそれを割り切れなかった。
『お友達』がどんな関係かと分かっていながら、切り捨てられたその時に感じたのは、寂しさだった。
お互いに利用し合う関係だと自覚していながら、裏切られたと憤る事が筋違いであると知っていながら、1人放り込まれた牢獄で、私は虚空に手を伸ばした。 背を向けて離れていく者達の幻影に、その中には間違いなく『お友達』だった者の姿はあったのだ。 
寄り添う事など求められない。 心を許し合う事などできない。 胸の内を打ち明けあう事もできない。 それでも、ただ『お友達』としてだけでもいいから側に居てほしいと望んでいた。
私は、彼女達にも縋っていたのだ。

「申し訳ありません、アーシアさん。 せっかくお誘いいただきましたけれど、私はこれから用事がありますので」

「あら、そうでしたのね。 それはお引止めしてしまい、申し訳ありませんでした。 それでは、お茶会はまた別の機会にでも」

アーシアのお茶会への誘いを断ると、彼女はすんなりとそれを受け入れる。 用事があると誘いを断る者に無理強いをするのもマナー違反にあたるので当然の事だ。
別れの言葉を述べて一礼し、私の前から去るアーシアは、私の視界から表情が見切れるその瞬間まで貼り付けた笑顔のままだった。 まさしく貴族然とした、完璧な擬態だった。
そもそも、今回はなぜ私に接触してきたのだろう。 その笑顔の裏にはいったいどんな思惑が渦巻いている事かと、私も愛想笑いの裏で思案する。
アーシアに追従して行くラミアとレイシーも私に一礼してその場から去った。
彼女達の視線から解放されて、ようやく愛想笑いを解いた。 いつかの幻影のように遠くなっていく3人の背中を見送って、しかし以前のような寂しさは湧いてこない。
彼女達が私を切り捨てたのは、貴族がそういう者であるのだから仕方がない事だった。
それが真理であり、論理的な思考の果てに導き出された結論である。 けれど、それはあくまで概念的な貴族という存在の評価でしかない。 
私が彼女達を受け入れたくないのはもっと別の、単純な理由。 私事の感情論を混じえた、非論理的な憤りのためだった。
切り捨てられた悲しみも、孤独の中で募った寂寥感も、全てが合理的ではない私のわがままの元で形成されて、また切り捨てられる前にこちらから捨ててしまおうという結論に至ったから。
貴族という在り方に、『お友達』という脆く虚ろな関係性に、嫌気がさした。 いや、もっと単純に、私を切り捨てたアーシア達に怒っているのだと思う。  だから、彼女達と『お友達』である事などお断りである。
ただの拗ねた子供じみている思考とその結論だけれど、それでも別に構いはしない。 
生を繰り返して、それまでの全てに期待する事も、縋る事もやめた。 だから今更『お友達』と関わるような意味も無く、縋る事も関わる事もしたくない。 
今生の私が成すべきは善と贖罪であり、無益かつ不毛な貴族同士のしがらみに囚われている暇などない。 
差し当たって成すべきは既に決まっている。 屋敷に帰ってからが正念場であり、いつまでも過去の存在に気を割く事もない。
過去とは慈しむもの、または戒めとするものだ。 決して、追い縋って固執するものではないのだから。

遠ざかる3つの背中から視線を切って、反対の道を歩き出す。
お互い貴族として在る以上は、どちらかが失墜しない限り縁を断ち切る事など出来はしない。 でも、私の心は既に『お友達』の呪縛から解放されたように軽かった。 
一方的に、それも私が思っているだけの事だとしても、縋る事をやめられなかった弱い私はもう居ない。 
これからは善と贖罪の先に、私の望みが叶うと信じて、歩いて行くのだ。 



………けれど、この時の私は1つだけ失念していた。
過去は慈しむもので、または戒めとするもので間違いはない。 けれど、それは主観に寄った見方でしかない。
過去は、他者によって呪いともなり得る。
いくら目を逸らしても、いくら振り切ったと思っていても、いつだって形を変えて纏わり付いてくるのだという事を。

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