公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

文字の大きさ
上 下
24 / 139
生きているこの世界で

縋る希望と消えぬ不安

しおりを挟む
このアリステル王国において、人々は実に信仰深い。  他国の有り様と比較すれば、それは実に顕著である。
そしてアリステル王国そのものも、領土内にある市町村の都会と呼べる場所から過疎地域に至るまであらゆる場所に教会が存在し、それらは国からの指示で各領地を治める貴族達によって管理されている。
事実、ユースクリフ領のピューラが営む教会も、本来はユースクリフ公爵直下の者によって管理され、経営されるべきものなのだ。 なぜか放置され、今ではピューラが管理と経営をしているが。
教会を各地域に配置して管理するというのは二代目アリステル国王の意思であり、何でも遥か昔の時代とは神秘と癒着した文化の発展があったとされ、そのような記述のある当時の文献が王城内の書庫から発見されている。
文献に記述されていた神秘の内容は、豊穣の祈りと安寧の理想郷の2つに分類される。
豊穣の祈りが、人々の祈りによってもたらされる大地の恵みと繁栄。 これによって、当時はさして肥えた土地でもなかった場所に存在したアリステル王国は栄えたと考えられている。
そして安寧の理想郷が、ただ1人の愛し子によってもたらされる『全ての者が幸せに生きられる国』の実現。 これに関してはあまりにも資料が少ない。
唯一記述があるとすれば、初代アリステル国王はその愛し子を蔑ろにして死に追いやったがため、永遠にアリステル王国を安寧の理想郷とする事ができなくなったらしい。
だからこそ、愚なる初代アリステル国王を打倒した二代目の王は国土のあらゆる場所に教会を設置した。 それは、失われた安寧の理想郷へと至る機会を取り戻すためか、或いは蔑ろにした愛し子への贖罪のためか。 

「神秘、ねぇ……」

この身に起こる繰り返しの現象も神秘の一端なのだろうか。 ならば、そんな神秘は返上するからもっと有効的に扱ってほしい、どう考えても神秘の無駄遣いだろう。
エイリーン学園の図書室で古い文献を読みながら、私は呆れ混じりにそうぼやいた。
もちろん、生の繰り返しがかつて初代アリステル国王の時代に神秘と呼ばれたものと同一であると決まったわけではなく、あくまで可能性の一つとして一考の余地があるというだけのものだ。
しかし、神様という得体の知れなく存在すら怪しいものよりも、私の身に起こっている現象について考察するならばこうした過去の文献にある神秘の方がまだ信じられるという事もあって、結果的にそちらに対して文句を言いたくなるのだ。
 
文句を言いながら、そして忙しい時間の合間を縫って眉唾もののノンフィクションかすら怪しい謎の文献をわざわざ調べているのは言わずもがな私の身に起こっている繰り返しの原因究明と打開案の模索、そして繰り返し現象の解消のためである。
いかんせん手がかりの無い、明らかに人の領域を超えた現象だから、こうした真偽不明の伝承が記された文献さえも漁っている……今のところ、確信を得られるような情報は一つも得られていないのだが。 もっとも、それは仕方のない事である。 
何せ解明しようとしている内容が内容なのだから、いくら文献を読み漁っていくら思案しようともそう易々と解など得られまい。
人の生を繰り返させるなどと明らかに人外の域にある事象を引き起こしているものなど、私程度には到底理解の及ばない存在なのだろう。
しかし、同じ生を繰り返すなどという苦行を終えてしまいたい私はその方法が在りはしないかと、時間がある時は学園の図書室や王都の図書館を利用して調べている。 
始めは特殊な病の類かと思って医学書を読み漁り、期待外れと知れば次は歴史書を最新版から初期版まで全てを見比べて相違点や記載されている事象から何か得られないかと調べ上げた。 すると、初代国王の治めるアリステル王国が神秘によって成り立っていたという記載が古い歴史書に記されていた。
だから、神秘などのスピリチュアルかつ人の手によっての解明が困難な議題を纏めた本を探し、最終的に行き着いたのが今読んでいる教会が出版元の教本であった。
しかし、読んでみて分かったけれど、こうした本は抽象的な表現が多すぎて参考にならない。 
安寧の理想郷だの豊穣の祈りだの、具体的なものが無いのでは空想の産物であると切り捨てられてもおかしくない代物だろう。 それほど、あまりにも現実味が無さすぎた。
大した成果も得られないまま教本を閉じて、元あった本棚の奥の隅に返す。
次は何を調べようかと本棚の間を彷徨き、そしてまた思案する。
この行動の意味とは何なのかと。
私自身、理解はしている。 
生の繰り返しが、人知の及ばぬ事象であり、そして人知が及ばぬからこそ書籍に頼っても意味など無いと。
では、私の動機は何かと問われれば、薄ぼんやりと自覚のある感情があった。
私は今、焦りと恐怖を内包した心が先行きの見えない自身の末路に怯えて歪みを生んでいる状態にある。
それはつまり、不安であった。
ただ善を成し、贖罪を成す事で生の繰り返しが終わるとも限らない。 
言ってしまえば私の動機とは、ただの不安の払拭にすぎないのだ。
でも、成すべき事を成して死んだ後、また生を繰り返すなどとなれば、その時こそ私は希望を失ってしまうだろう。
罪人であるから死ねども死ねども繰り返してはまた死ぬのだと考えた。 だから罪人であるこの身の罪を濯げばようやく本当に死ぬ事ができる、この命を、エリーナ・ラナ・ユースクリフを終えられるのだと信じている。
それが唯一の希望で、まだ私の心が生きるための最後の楔だ。
けれど、もしもを考えてしまう。
善であり、身を濯ぎ、しかしまた生を繰り返してしまったら……。 
そんな最悪の想像をしてしまった時、あらゆる可能性を考慮し、その上で次こそは確実に死ねるように準備をしようと決めた。 
だからこそ善を成し、身を濯ぎ、その上で死のための方法を探しているのだ。
だって死ぬ事でしか、エリーナ・ラナ・ユースクリフという存在として生きる私が愛されないという運命から逃れる事などできないだろうから。

エリーナは愛されない。 
覆りようもなく、ずっと証明され続けてきた真理だ。
だから、次こそは……。
手にしようとした本の背表紙にかかる指先に力が入る。 
そのまま本を引き抜いて、内容を確認しようとしたその時、放課の鐘が静寂を保っていた図書室に鳴り響く。
私は時計を確認し、時刻的には普段の生徒会業務終了よりも早いが、放課後は一般生徒が居残る事は許されていないため今日はもう帰る事にした。
さっき手に取ろうとしていた本に未練は残るが、次に来た時に読めばいいとして諦めた。
そこでふと、次はいつ図書室に来る事になるだろうかと考えて、その時はすぐに訪れるだろうなと半ば確信を持って思う。
そもそも今日だって、昨日やっと連日続いた大規模な学内設備一斉点検の報告書を提出し終えた後、ジークからまた「働きすぎだから明日は休め」と言われて渋々従ったのだ。
近頃のジークは私に対してよく休暇を勧めてくるし、大仕事の後は強制的に私を休ませるようになった。
以前にも思ったが、私は働きすぎだなんて思っていないし、現実逃避のために好きでやっているのだから放っておいてほしい。
だというのに、心配を通り越して過保護の域にあるジークは私を放っておかない。 むしろ目を光らせて、私が過重労働をしないように見張ってすらいる。
そんなだから、サリーという運命の相手との進展も無さげであるし、私の贖罪もまた同じように進まない。 ほぼ同義の上にある事象なので、仕方がないのだけれど。

「ほんと、ままならないわね」

「あら、お悩み事でも? よろしければ友人である私達がご相談にのりますわよ、エリーナ様」

聞いた事のある声が後方から響いてくる。
いつから後ろにいたのかは不明だが、そういえば以前までならば彼女達は気付けば私の側にいたのだった。
声の主に返事をすべく振り返る。
そこには、予想通りであり、また知った顔が3人並んでいた。

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

処理中です...