公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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5度目の世界で

ラナせんせー

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不出来として扱われていた私が、最近学園の生徒会で職務に忠実に励んでいるという噂を父が聞きつけ、その力量を計ろうと押し付けてきた領地の管理。
補佐として、領地の屋敷で家令を勤めるアンドレイが居はするが、父からの支持か極力私の力のみで解決させようとしている事がその様子から見て取れる。
父に目をつけられたのはまったくもって面倒この上ない事ではあるが、おかげで私の安寧の場所を見つけられたのも事実だ。

領地に着いてからすぐにアンドレイからの情報収集、領内視察、領民とのコミュニケーションと全てを終え、夜中の内に重要項目を纏め終えて、父から与えられた仕事は終えた。
だから残りの時間は自由であり、私はまた、孤児院へと向かう。
先週来た時は、ピューラにだけはエルマ達に学術を教える事を話して承諾は得た。
ピューラは大層喜んでくれたが、エルマ達はどうだろうか。
うきうきとした小走りで、胸に皆へ渡す自作の教材の入った袋を抱えて、護衛が付いていることも忘れて、舗装されていない隆起のある道を行く。
神の家たる教会までの道だ、朽ちかけの教会のついでに舗装してもらおうと脳内でメモ書きを走らせる。

「あっ、ラナ姉だ!」

第一に私を出迎えてくれたのは、今日も元気いっぱいなワイリーだ。
でも周りには、エルマはおろか他の子やピューラもいない。 そしてワイリーの手には鎌が握られている。

「久しぶりね、ワイリーくん。 こんな所で、一人で何してるの?」

「それがさー、ピュー姉におこられてここらのくさかりしてんだー。 エルマがたべないのかとおもっていちごをかわりにたべてやっただけなのになー、エルマないてたけど」

それはエルマが好きな物を最後までとっておくタイプだから避けていたのでは。

「もう、相変わらずねワイリーくんは。 ダメよ、人から物を貰う時はちゃんと相手に貰っていいか聞いてから、ね?」

「ピュー姉にもおなじこといわれたー!」

そう言って無邪気に笑うワイリーはピューラに言われた事をちゃんとわかっているのだろうか。
そう苦笑しながら、ワイリーに手を引かれて孤児院の中へと招き入れられる。

「あら、ラナさん。 いらっしゃい」

「はいピューラさん、お邪魔してます。 それで、これなんですけど」

挨拶もほどほどに、ピューラへと要件を話そうとした時、小さな影が未だ私の手を引くワイリーに向かってきた。

「うぅ~、ワイリーのばかぁー!!」

「わっ、エルマまだないてたのかよ!」

「……すみません、騒がしくて」

「いえいえ、子供達が元気なのはとてもいい事じゃないですか」

少なくとも、会話すら無く、冷めきっているよりかは全然いい。
私とピューラは、好物を取られてワイリーに怒っているエルマを宥めて、事を収める。
その際、ポーチに入れていたいちご味の飴玉がひと役買ってくれたのは微笑ましいエピソードになった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「がくもん? おべんきょうおしえてくれるの? ラナさんが?」

口の中で飴玉をコロコロさせながら、エルマが首を傾げて尋ねてくる。
小動物的な仕草のエルマがたまに飴玉で頬を膨らませて、なんとなくリスを連想させる。和む。
対してワイリーは不服そうにしている。 
泣き噦るエルマのご機嫌取りに飴玉をあげた時に他の子にも配ったのだけど、ワイリーだけはピューラに「ワイリーはもうエルマから取ったいちごで充分でしょう?」と、飴玉を要求して伸ばした手をはたき落とされていたからだ。

「ラナさん、ワイリーをあまり甘やかさないでくださいね。 少しはこうして自省させないと、この子のためにもなりませんから」

「は、はーい………それで、みんなに学問を教えてあげたいのですが、構いませんか?」

ポケットから取り出そうとした飴玉についてピューラに言及されたので軽く謝りつつ、先週から考えていたエルマ達への学問指導の件について話をしてみる。

「まあ、ラナさんがですか?」

「はい。 及ばない点もあるかと思いますが、初等教育程度ならば大丈夫かと。 教材も作ってみたんですがどうでしょう?」

参考として、この1週間で徹夜して書き写した子供達の人数分の教本を見せると、ピューラはそれらに目を通し、言葉にならない歓喜の声を上げた。 そして祈るように両手を組んでエリーナに問いかけた。

「これ、ひょっとしてラナさんのお手製ですか?」

「はい。 とは言っても、昔使っていた教本の写しというだけですけれど」

「まあ、素晴らしいことです! 使わなくなったものを再利用し、形を新たにこの子達のために施してくださるなんて。 こうしてこの孤児院に来て子供達と遊んでくれているだけでもありがたい事ですのに。 本当にありがとうございます、ラナさん!」

ピューラは子供達よりも大はしゃぎで、それにつられてどういう事かよく分かっていない子達も喜んでいる。
エルマも、渡した教本の写しをパラパラとめくっては未知の事に目をキラキラとさせている。 作ってきた甲斐があって、エリーナとしてもとても嬉しい事だ。
当事者ではないけどウッキウキのピューラの熱量もそうだし、子供達の反応も上々のようで良し。
エルマなんかはキラキラしいオーラが幻視できるくらいに教科書に釘付けになっている。

概ね良好な反応が得られ、今後の授業や教育方法などをピューラと、子供達からの提案も参考にしながら決めていく。
その中でピューラにワイリーの事で「あまり甘やかさないように厳しく躾けてくださって構いません」などと釘を刺されて苦笑いで曖昧に返答したり、それに対抗してワイリーが「ラナ姉はおれらにやさしいからピュー姉みたいにオニババアじゃねーよな!」と言ってピューラに頭チョップをくらったりと微笑ましい攻防があったりして、それを発端にちょっとした騒ぎが起きた。
エルマがワイリーに不機嫌そうに顔を寄せて「ワイリーって、ラナさんとかピューラみたいな大人が好きなの?」と問いかけた。
それに対してワイリーは、とても無邪気に思った事をそのまま返答する。

「んなワケねーじゃん! だいたい、ピュー姉もラナ姉もおれらよりずっととしうえのオバサンだし」(8歳)

「ちょっと待ってワイリーくん! 今のは聞き捨てならないなぁ!」(17歳)

「ワイリー、私達はオバサンなんて年齢ではありません! ……まだ! 全然! 若い部類に入る……はずです!」(2X歳)

「ほんと!? よかったぁ…」

「うん、エルマちゃんが嬉しそうでよかったのだけれど、そんな反応されたらお姉さん複雑だなー!」

この後、散々なことを言ってくれたワイリーに私とピューラで少しお説教をすることとなった。
その後は、楽しそうにワイリーに話しかけるピューラを微笑ましいやら先の「オバサン」騒動からなんだか複雑な気分で眺めたり、ピューラと子供達に教える学術について少し話したあったりしていると、気付かぬうちに帰る時間が近づいていた。
帰りの馬車の中では今日のことを反芻し、しかし自分が17歳で婚約者のいない、貴族の常識としては行き遅れギリギリのところにいるという事実に気付いてしまった。

「オバサン、かぁ……」

その独り言は、エリーナしかいない馬車の中に虚しく響いた。 
そして、実はこの発言が御者にも聞こえていて、しかし紳士であった彼が今聞いたことは忘れようと決めたのは内緒の話である。
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