公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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5度目の世界で

領地の視察

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今日、副会長の業務引き継ぎが終わり、明日から休日だ。
いつもならば教会へと足を運んで心を癒しつつ、個室を借りて持ち帰った生徒会の仕事を休憩を適度に挟みながら処理していくのがここ最近の繁忙期における私の休日の過ごし方なのだが、今週は持ち帰った仕事は何一つ無い。
ジークには、休暇の期間中は生徒会への立ち入り制限から業務関連資料の持ち出し禁止を受けた。  
その徹底ぶりには嘆息したものだが、私自身は休暇が必要なほど業務にのめり込んでいた気はなかった。 だってあれは、私の現実逃避の一環でしかなかったのだから。
そうした理由から休日の2日間を含め、暇な時はずっと教会で読書でもして過ごそうと考えていた………のだけれど、家に帰ってから暫くして、父に呼び出しを受けた。
書斎で待っていると父からの呼び出しを告げた使用人に聞かされ、そこまで行く足取りは重い。
何か特別、目立つような真似をした覚えはない。 そもそもこれまでの繰り返しの中で父に呼び出されたことなど一度もなく、現状自体がイレギュラーな事態だ。 
父は普段から私を避けて、用がある時は使用人を介して告げられる。 
それが呼び出しなどと……。

「エリーナ、参りました」

「入れ」

返事が返ってきたので書斎の扉を開け、父に淑女の礼をとる。 普段から私の方に視線を向けない父はこの時も私ではなく手元の書類を見ていたのでする意味も無いとわかってはいたが、最低限の礼儀として礼をとった。
しかし、いつまで経っても父は話を始めることはない。 呼び出しておいて私から声をかけるまで黙っているつもりだろうか、この公爵様は。

「ご用件は何でしょうか」

「お前は明日から領地の視察に行け。 今夜はその準備をしておくように」

私から話しかけてようやく口を開いた父は、しかし突拍子のない発言で私に指示を出す。
そこにあるのは最低限、私に伝えるだけの独りよがりな意思伝達だ。 いくら私と話したくないとしても、公爵がこれでいいものだろうか。 

「申し訳ありません。 視察ならば、公爵様本人か次期後継者のマルコが行くべきかと思うのですが、なぜ、私が領地の視察に行く事になったのでしょうか? 理由をお聞かせいただけませんか?」

「………まあ、いいだろう」

漸く顔を上げたかと思えば、嫌々、止む無しといった風に眉を顰めている父、アルフォンス・ラナ・ユースクリフ公爵は表情の薄い淡白ながらも整った厳格そうな顔に皺を寄せ、チラホラと白髪の混じった茶髪を搔き上げながら深くため息を吐いた。

「最近は、早朝から学園に向かったり帰りが遅かったりと生徒会業務に励んでいるらしいな。 結構なことだ。 以降もユースクリフ家の恥とならぬよう務めよ」

「はい、承知しております。それで、領地視察の理由とは?」

「ここ最近のお前の勤勉さは陛下方に伝わっていてな。 ジーク殿下がお前を褒めていたと妃陛下が話してくださった」

私の言葉を無視して父が淡々と語る内容は、思いのほか衝撃的だった。
何をしてくれているのだジークは。
ユースクリフ家の面々とできる限り関わることの無いように早朝から放課後遅くまでの生徒会業務に取り組んでいるというのに、なぜそんなくだらないことを、よりによって妃陛下に話しているのか。 
父は公爵家当主兼大臣の1人であり、王城内では陛下や妃陛下に関わることも多いと聞く。 私の話をすれば、その話が父の耳に届く事などほぼ確実ではないか。 

「少し前までのお前は、生徒会業務を怠り、ジーク殿下に擦り寄るばかりと聞いて失望していたのだが、お前の噂話を聞いて少しお前の能力を見直す必要が出てきた。 加えて、私は王城での仕事が忙しく、マルコには次期公爵として私の補佐をさせている。 ナディアは公爵夫人として、他家との交流で忙しいらしくてな。 お前に任せるのが都合が良かったというわけだ」

「………そうですか」

つまり、態度を改めた私がどれだけ使えるかを測りつつ、使える暇人を使ってやれということか。
わかってはいたが、やはりこの人の中では私は家族ではなく、盤上の駒なのだろう。 今更過ぎて特に思うこともない。

「確かにご存知の通り、最近の私は生徒会の業務に励んでおります。 そして週末には残った業務を持ち帰り休日の間も手掛けておりますので、領地に行くような暇など」

「普段はそうらしいが、今週のみ例外らしいではないか。 ジーク殿下直々に、お前に休暇をとるよう言ったのだとか。 ならば当然、業務関連の書類を持ち帰ってなどいない筈だろう」

ジークは、そんなことまで妃陛下に話したのか。
こうなると、父には何を言っても通じないだろう、なにせ私には断るための正当な理由が無いのだから。
ここで私に許された選択肢は、ただ父の指示に従うことだけだ。

「……承知しました。 私は明日から、領地へと出てまいります」

ああ本当に、ユースクリフ家の傀儡もかくやな私の何とみっともないことか。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


休日の早朝。
日が昇る前からユースクリフ領に向けて出発した私は、山から陽が顔を覗かせているのを眺めていた。
ユースクリフ領は王都の貴族街にあるユースクリフ邸から西の方へと山を一つ越えた先にあり、その道程は馬車で片道4時間はかかる。
進む道はお世辞にも舗装されているものとは言えないほど荒れていて、馬車の中で仮眠をとることもままならないほどに揺れている。 おかげで睡眠不足に加えてお尻まで痛くなってしまい、また酷い揺れで酔ってしまった私は2、3回吐いてしまった。
四苦八苦しながらも漸く領地に着いた頃には疲労困憊で、到着してから3時間ほど仮眠をとらせてもらい、起きてからは領邸の家令に早馬で知らせてあった視察の予定を打ち合わせて、護衛2人をつけて領民にバレないようお忍びの視察をすることにした。

「このところ雨が降らんでね。 おかげで水不足で作物も育ちゃしないよ」

「他の領地に住んでる甥っ子が言ってたんだけどさ、あっちじゃあ最新の農耕機器を導入してもらったらしくてね。 作業効率が上がってそりゃあ楽してるってらしいんだよ。 ウチの領主様もそういうの入れてくれないもんかねぇ」

身分というフィルターが外れた素の言葉を聞きたかった私はお忍びということもあって、流れの商人の娘という設定で領地内を見て回ることにした。 
領民にどの程度私の姿形が認識されているのか不明なため、いつも教会に出向く際のラナの格好に加えて、念のために伊達眼鏡も装着し、見回って話を聞くこと暫く。
あらかたの領民から話を聞き終えた事柄を纏めると、上記2つが領主に対する主な願望だった。
これに加えて、私が実際に領地を見て回って問題に思った箇所も何点か有り、後日父に報告するにしても書面に纏めるだけでそれなりの時間がかかりそうだ。 
実情のリストアップに各問題の詳細な状況報告、加えて領民の声までも書面に表現して、加えてこの視察が私の力量を試すためのこともあって、私自身が改善策を提案することを要求されている。
 これでは生徒会で業務をこなしているよりも余計に働いているし、ジークが私に休暇を与えた意味がない気がする。
領地の隅から隅までを歩き回り、目に付いた領民に片っ端から声を掛けて、領地の屋敷に帰る頃にはすっかり陽も落ちていた。

「明日は、また領内を歩いて領民達に話を聞いて回るわ。 明後日からはまた学園があるから長居はできないけれど、今日確認できた問題の再度確認と、それと孤児院に行くわ」

「孤児院に、ですか?」

驚いたように尋ね返すのは、私の正面に座って共に今日聞いて回った領内の問題を纏めた書類を作る手伝いをしてくれている、領邸家令のアンドレイだ。
父の2代前からユースクリフ家に仕えているらしい彼は83歳と高齢で、顔には今までの生の証である深い皺が刻まれ、髪も全て白髪と化している。 そんな老体だが、未だ現役との噂は事実らしく、あまり面識の無かった私は年齢にそぐわない精悍な働きと顔付きに最初は面食らってしまったものだ。
しかし、普段は鉄面皮なアンドレイもこの時は驚いたようで、仕える者に表情を見せないよう努めることを心情にしているらしい彼もこの時はその仮面が剥がれていた。

「そう。 何もおかしな話ではないでしょう? 私はこれでもユースクリフ公爵の代理として視察に来たのだから、孤児院の訪問くらい普通よ」

「そうでしたか。 ……いえ、申し訳ありません。 2代前までの公爵様方、並びにその奥様方は、孤児院への支援をされど訪問などなされたことはありませんでしたので少し驚きました」

「そう。 それなら、領主の娘が突然の訪問、いえ、それ以前にそもそも訪問をしては迷惑になってしまうかもしれないわね。 身分を隠しての訪問だし問題ないとは思うけど」

「いえ、迷惑などということはございませんでしょう。 お嬢様のご訪問ならば、きっと子供達も喜びます」

「世辞の句はいらないわ。 ……そうね、明日は一応、今日と同じで領主の娘だと悟られないように変装して行くわ。 あの孤児院は確か教会としても機能している筈だから参拝客として足を運んでみるわ」

私の言葉に、アンドレイはただ一言「承知致しました」とだけ返す。
主人の言葉に多少の意見を出しつつも、最終的には主人の意思を尊重して口を挟まない。 
仕える者として、実に模範的で正しい振る舞いだ。 確か、アリーもそうだった気がする。
こうして冷静に分析してみればよく分かることだったのに、どうしてあんなにも熱を上げてしまったのか。 つくづく自らの行いが馬鹿馬鹿しく思える。

「疲れたからもう寝るわ」

「はい。 おやすみなさいませ、お嬢様」

打てば鳴る鐘ではあるが、それは実に面白くもない機械的な返答。
アリーも………いや、引き摺っていても全てが無駄だ。 早く寝て、忘れてしまおう。




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