最果ての少女は祈れない

ヤマナ

文字の大きさ
上 下
48 / 62
終わる世界

心の支え

しおりを挟む
レイド様に、以前からナナシが毒を盛られていた事がバレてからの後、ナナシは毒を食み続けた事で体内に溜まってしまっているかもしれない毒を体外へ排出するための治療を受ける事となりました。
治療と言ってもお腹を切ったりする訳ではなくて、人体の排泄機能を利用して様々な体液と共に少しずつ排出していく方法です。 日々の食事内容の管理に始まり、普段より多く水を飲んだり、運動量や入浴時間を増やして発汗量の増加を促したりと、それは多様な術で。
そんな生活の結果、ナナシは代謝機能が普通の人よりもすごく活発だったらしく、ものの2週間程度で無事に完治と診断いただく事となりました。
そして、そんな風に医官の方に完治のお墨付きをもらって、すぐの事。
完治したとは言えど、それでも暫くは安静にしているようにとベッドの上で安静にしているナナシの元に、訪問者がいらっしゃったのです。
まずは開幕、腹部にタックルという形で。

「ナナシ、大丈夫!? お腹は痛くない!?」

「ぐふっ……あらまあ、ハンナさん。 ナナシは大丈夫ですよ。 だから、少し抱き付く力を緩めて…」

「ハンナさん、もっと淑女らしい振る舞いを心掛けなさいと……ああもう。 お久し振り、ナナシ。 面会謝絶だと言われて不安だったけれど、思ったよりも元気そうで何よりだわ」

「カルネも。 ご心配をかけてごめんなさい。 この通り、ナナシはすっかり元気です。 ……だから、ハンナさんを剥がすの手伝ってくださいませ」

いらっしゃったのは、ナナシの元に襲撃、もといお見舞いに来てくださったカルネとハンナさんのお二人でした。
お二人とは面会謝絶で治療を受けている間も手紙でやり取りをしていたのですが、それでもこうして面会謝絶が解除されてすぐにお見舞いに来てくださるのはとても嬉しいです。 
さて、それから。 
なんとかハンナさんをナナシとカルネで落ち着かせてお腹にホールドしているのを引き剥がす事には成功したのですが、それでも膝元からはどうしても離れてくれなかったので、もうそれについては諦めて受け入れました。 
あ、でも。 実は内心、程良い重みが膝に乗っかっているのは猫が居座っているみたいで心地良いな、と感じていたのは内緒です。
そうしてお茶とお見舞いのお菓子を頂いて、それぞれの近況報告や雑談を話し終えて、すぐの事。
その話題を切り出したのは、カルネでした。

「それにしても、いったいどこの痴れ者が毒を盛るよう指示を出したのでしょうね。 ナナシに毒を盛るように仕向けるなんて……逮捕されたメイドは全員、指示を受けた実行犯というだけの事だったのですわよね?」

「少なくとも、あのメイドらはそのように供述しているらしい」

カルネの問いに対してそのように答えるのは、部屋の扉の真横で待機している、本日のナナシの護衛役であるグラウブ様です。

「聴取の結果では黒幕に関する確たる供述は出なかった訳なのでしょう? なんでも、依頼は代理人を介して行われたのだとか」

「ああ。 それも、その代理人も夜闇の裏路地に黒装束を身に纏って現れたとかで、依頼を受けるために接触したメイドもせいぜい声音が男のものであったという事くらいしか分からなかったそうだ。 だから現状、手掛かりは無いに等しい」

……なるほど。
治療期間中、此度の事件の進展について一切の情報が入ってこなかったナナシは、二人の話に今だナナシの膝元に顔を乗せているハンナさんの頭を撫でながら、話の内容に頷きます。
とは言っても、話を聞く限りでは真犯人は随分と用心深い人物である、というような事しか分かりませんでしたが。
まあ、そうした事は事件の捜査をしている方達のお仕事ですから、いくらナナシが事件の被害者であったとしても、とても預かり知れぬ事です。 犯人の考察も、貴族についてあまり知らないナナシには意味の無い事でしょうし。
しかし、それでも一つだけ気になっていた事はありました。

「あの、カルネ。 一つ、聞いてもいいでしょうか?」

「何かしら? とは言っても、事件の捜査に関してはわたくしも一般的に流布している事しか知らないから、ランド様に聞いた方がいいと思うけれど」

「俺に答えられる事なら、何なりとお答えします」

「ありがとうございます。 ……あの、メイドさん達はどうなりましたか? グラウブ様は以前、辺境の開拓地に送られるのではないかと仰っていましたが、彼女達は実際にはどのような罰を受けたのでしょう」

「……なぜ、そのような事を? 聖女様にあのような狼藉を働いた者どもの事など、お気になさらずとも」

「毒を盛られたと言っても、皆お世話になったメイドさん達ですから。 だから、どのような沙汰を下されたのか、どうしても気になってしまって」

罪の罰こそ、赦しへの第一歩。
なれば、その罰がどのような苦行であれ、どのような苦痛であれ、道の果てにやがて赦しへと辿り着く事は必定でしょう。
そして、それはナナシと同じ道の過程。
例えナナシに毒を盛ったとて、お世話になった一時の縁があった事には変わりありません。
だからこそ、その罪の罰を知って、せめてナナシが歩んでいるのと同じような苦しみの道をこれから行く事となる彼女達が歩き切れるよう、祈るくらいの事はしたいのです。
……それに生者は短いから、きっと支えとなってくれるでしょうし。
だから聞いてみたのですが、しかし、後には返答は無く。
代わりに、場には沈黙が降りました。
ナナシは、何かまずい事でも聞いてしまったのでしょうか……。

「お二人は知らないのかしら? ハンナは、お祖父様から聞いたから知っているわ」

少し重たい雰囲気の空気を変えようと、何かしら言った方がいいのだろうかと考えていると、さっきまでナナシの膝元でナナシに頭を撫でられていたハンナさんがそのように仰いました。

「ハンナさん、何かご存知なのですか?」

「うん、お祖父様が教えてくださったの。 そのメイド達はね」

「ちょっと、ハンナさん待ちなさ」

メイドさん達の顛末を知っていると言い、そしてそれを語ろうとするハンナさんを、なぜかカルネが止めようとしました。
けれど、その静止は間に合わず。
ハンナさんは、このように語ったのです。

「レイド殿下が直々に処刑したそうよ」 


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


あの後、ハンナさんの話を聞いて体調が悪くなってしまったナナシは、申し訳ないけれど二人には帰ってもらってから、横になって休みました。
そして目覚めてすぐ、グラウブ様にハンナさんの言っていた事について問い詰めると、グラウブ様の口から出たのはハンナさんの話が事実である事を肯定する言葉。
あのメイドさん達は皆、絞首刑に処されたのだそうです。
罪を犯した誰も、贖う事叶わぬままに死んだ。
……そういう事です。
そして、そんな話を聞いた影響でしょうか。
その日の夜に、ナナシは久し振りに『誰か』の夢を見ました。
幼いきょうだい2人を抱えながら、貧困生活から抜け出すために懸命に働いている『姉』たる女性の夢です。


その女性は、元は貴族の令嬢であったというのに、早くに両親を亡くし、その遺産も二束三文程度しか遺されていなかったがために、それまでの貴族としての標準的な生活からきょうだい達と一緒に、一気に貧しい生活へと落とされました。
しかしそれでも、その時はまだ彼女は絶望などしていませんでした。 
なぜなら、彼女には『姉』として共に残された幼いきょうだい2人の面倒を見るという役目があったからです。
幸いにして、彼女には婚約者もおらず、故に王城にメイドとして奉公に出されていたので手に職はありました。 だから彼女は既に、自身ときょうだいの3人が食べていく最低限のお金だけは稼げていたのです。
けれど、きょうだい2人の将来の事も考えればそれだけでは到底足りません。
今は幼く小さい体のきょうだい2人ですが、子供の成長とは早いものですぐに大きく育っていきます。 
そして、そうなれば当然食べる量だって増えますし、裁縫だけでは賄いきれない衣服の買い替えや、その他にも必要なものは次から次へと上がってくるでしょう。
それに、彼女はきょうだい2人には学校に通ってもらいたいと考えていました。
そう考えたのは、財力的に自分が出たような貴族御用達の名門校とまではいかなくとも、せめて平民向けに開校されている学校くらいは卒業させて、2人が将来の選択肢を一つでも多く取れるようにさせてあげたいという姉心からだったのです。
しかし、いかに平民向けに開校されている学校と言えども慈善団体のボランティアじゃあるまいし、当然ながら学費は必要です。
となれば、今から学費を払うために貯蓄はしておきたい。
でも、今の稼ぎのままでは将来的には生活さえギリギリで、今から2人の学費の貯蓄を始めておく余裕も無い、というのが現実です。
まして、職場である王城は基本給が高くとも、秀でた所の無い凡な一介のメイドがそう易々と昇進できるような甘い環境であるような筈もなく。 
それでも数年間も必死に、それはもう懸命に働きました。
けれど、彼女はそこで行き詰まってしまったのです。
数年の努力の結果、昇給はしました。 
でも、きょうだい2人の学費を賄える程ではなく、かと言って他に割りの良い職業があるわけでもない。
そんな現実の壁に、ぶち当たってしまったのです。
そんな姉の苦悩を感じていたのでしょう。
きょうだい2人も姉の負担を減らそうと、それぞれ靴磨きや新聞配達やドブ浚いなどと働きに出てくれていました。
それでも、幼い2人に出来る仕事はそう多くはなく、そして当然ながら稼ぎも少なく。
故に、彼女の苦悩は晴れませんでした。
仕事を多くもらって、残業をして、多大な負荷を背負って……そうして、無理が祟って体調を崩して、休んで。 その分を取り返そうと更に躍起になって、もっと、もっとと働いて……。
悪循環の渦に囚われてしまったのです。
そんな、精神的にも肉体的にも自信を追い詰め続けるような日々を過ごしていた彼女の元に、ある時こんな話が舞い込んできました。

「ある貴族が、王太子殿下が囲っている平民を排斥するための手伝いを探しているんだって。 報酬も弾んでもらえるそうだ」

一もニも無く、その話を聞いた彼女は噂話へと飛び付きました。
そして、いざ件の依頼主の貴族の代理人を名乗る者へ仕事を受ける旨を伝えると即採用され、彼女はホッと胸を撫で下ろしました。 
この仕事さえ成功すれば、と。
そうして、依頼されたままにその『平民』の世話役メイドとして潜り込み、彼女と同じ仕事を受けた他のメイド達と一緒に『平民』の口を付ける物へ依頼主の貴族から受け取った薬品を混ぜ入れる。 
その中身が何かは依頼主の貴族から聞かされてはいなかったけれど、ただ『排斥』する事が目的だと聞かされていた彼女は、「たぶん下剤か何かなのだろう」と確信の無い当たりを付けていました。
だから、過労による疲労も相まって、思考停止して命じられたままに渡された薬品を『平民』の飲む茶に混ぜ入れたのです。
元貴族令嬢で、一時なれども社交界に出てこの陰惨な貴族社会の在り様を知っている普段の彼女であれば、その得体の知れない薬品の正体について多少なりとも訝しんだのでしょうに。
……そうして、彼女は罪を背負いました。
無自覚に、しかし確かに。
そんな彼女の結末は、無自覚に背負った罪業の清算。
罪を裁かれ、贖いの機会さえ与えられず。
ただ、与えられた償いのままに処刑され、その命を散らされた。
両親が亡くなり、家も無くなり、自身と共に取り残された大切なきょうだい達を、今度は自らが置き去りにしてーーー。


ーーーこれが、彼女の顛末です。
……こんな事が、あっていい筈がない。
罪とは、裁かれ、罰され、背負い贖い、やがて赦されるまでが一つ。
それを、赦しの無い罪の罰だなんて。
そして罪の赦しは、死では決して有り得ない。
犯した罪の罰を背負って贖う事こそ、真の赦しであるが故に。
それこそが道理ではないでしょうか。
そもそも、彼女の犯した行いがいかに罪深いものであったとて、そこに至るまでの過程には彼女なりのやむにやまれぬ理由があり、守りたいものがあり、願いと希望があったのです。
彼女はただ、そのための術を間違えてしまったというだけで……。
ただ、それだけの事だったのです。
それを、もし仮に彼女の行いがいかに罪深いものであったのだとしても、死でもって償いとするだなどと……そんなものは裁きではなく、罪を糾弾する者によるただの理不尽な私刑に過ぎません。
罪は罰されて然り、されど罪人はそれを贖っていつかは赦されるもまた然るべき事。 
いかに裁きを受けようと、どれだけ罰を背負おうと、いつかの最後には絶対に赦されなければならない。
その結末だけは、ずっと不変の理なのです。
……でないと、誰も、いつまでも、背負った咎と業の道の最果てでさえ、決して救われやしないのですから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

処理中です...