最果ての少女は祈れない

ヤマナ

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終わる世界

識る

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レイド様の弟君、第二王子ロイド様との邂逅より数日の後。
あの日以降、ナナシの元には毎日のようにロイド様から、時には花や宝石が添えられて、手紙が送られてくるようになりました。 そしてその内容はどれも婉曲表現ではありますが、要は『兄上には内緒で、2人きりで会いたい』というものばかりです。

「ロイドめ。 ふざけた事を」

レイド様が不機嫌そうにそう言うと、紙を破る音がしてきました。
どうやらロイド様からの手紙は、ビリビリの紙切れになってしまったようです。 もっともそれも、ここ数日でいったい何通目の話かと言う事なのですが。
手紙には『レイド様には内緒で』と書かれていますが、しかし内緒と言っても、ナナシには目が無いから自分で手紙を読む事は出来ません。
ですから、代わりにナナシのお世話をして下さっているメイドさん達に読んでもらう事となるのですが、この方々はレイド様がナナシのために付けて下さった「信頼出来る者達」だそうでして。 なので当然、自然とロイド様からの手紙の内容は全て、レイド様にバレバレになってしまうのです。
そして手紙が届くとメイドさんからすぐにレイド様へと報告が行きますので、尚の事です。

「いいか、ナナシ。 ロイドには絶対に近付くな。 もし奴が強引に擦り寄って来たら、大声でも何でもいいから近くの人間に助けを求めるんだぞ。 間違っても、茶会だか菓子だかに釣られて付いて行かないようにな」

「ナナシは小さな子供ではありません! いい加減、レイド様はナナシを子供扱いするのをやめるべきかと思います!」

まあ、それでこのようにロイド様には関わるなと釘を刺される訳なのですが。 
それはそれとして、どうしてレイド様はこうもナナシを子供扱いするのでしょうか。 最近では、その傾向がより進行していっているように思います。
いい加減、レイド様にもナナシは立派なレディであるのだと理解していただきたいものです。

「真面目な話なんだぞ、ナナシ」

「ナナシは大真面目です。 だいたい、レイド様がナナシを子供扱いするのがいけないのですからね……まったく、もう。 心配には及びませんからご安心下さい、レイド様」

もっとも、そのように子を守る親の如く過保護なのも、レイド様がナナシの事を心底から大事に思って心配してくれているからこその事なのでしょう。
だからと言って子供扱いは許せませんが、その気持ち自体はとても嬉しく思います。
それに、最近はレイド様も多忙にされているようで、以前よりもナナシの元に訪れる事は少なくなりました。 であるにも関わらず、今のようにロイド様の手紙が届けば今のように飛んで来て、あとは朝と夜には必ず声をかけに来て下さるのです。
……まったく。 
お忙しいのでしょうに、まめなお方です……無理をしていなければよいのですが。
とにかく、レイド様は多忙なお方。 だから、用事が終わればすぐに帰って行かれます。
たまに『泥』の発生時、それを鎮めるためにナナシも共をする時だってありますけれど、それでも、きっとレイド様の苦労には及びません。
この国の生者達では死に至る『泥』はナナシの命を奪うに至らず、ただナナシは騎士様達の護衛の元に『泥』へと向かい、この身を『泥』が満足して消えるまで差し出すだけの事なのですから。 ほんの少しだけ怖くて苦痛ですが、ナナシは死なないのですからこれくらいはなんの事だってないのです。
でも、たかだかそんな事だってレイド様は労って下さる。
それは、彼らが『泥』の恐ろしさを知っているからこその賞賛です。
でも、ナナシがどれだけレイド様を心配しようと、きっとレイド様は「気にする事はない」と仰るのでしょう。 それは偏に、ナナシが彼らの状況、レイド様の苦労を知らないから。
それでも、やはりナナシにはお世話になっている人が大変そうなのにそれを無視している事など出来ません。
しかし、ナナシがレイド様の力になるには、ナナシはあまりにも無知です。 あまりにも、この生者の国の常識と事情を知らなさ過ぎる。
なので先ずは、識る事から始めました。
具体的には始めに、メイドさん達からの情報収集です。
レイド様の計らいでナナシには複数人のメイドさんが付けられているのですが、彼女達にこのお城の現状の知り得る限りを教えてもらっているのです。
日ごと代わるメイドさん達の話を聞くに、多くの思考、思想、価値観が交差し、それに伴う派閥同士の敵対関係や各派閥の暗躍などと、多種多様な思惑や謀略が絡み、混じり合っているという事が伺えます。 
その中でも特に顕著なのは、やはりレイド様とロイド様の対立のようです。 そして今は、お二人をそれぞれ取り巻く貴族達が水面下で代理戦争をしていると。
レイド様の陣営は王国騎士団を中心に。
ロイド様の陣営は高位の貴族の多くを。
片や国防の要を味方に、片や国政の重鎮を配下に、相争っている……と。

「要するに俗に言う、王位継承争い、というものですね」

争いには、争うに足る理由が必要です。 
それが、人間の行いであるならば尚の事。
ならばと思って考えるに、滅びの脅威に晒されながらも人同士で争う問題の根幹とは、結局そういう事なのでしょう。 
つまりは、状況の生み出す一時的な軋轢です。
なら、解決法は簡単です。 ただ話し合って、争いではなく健全な方法で王位を巡って競い合えばよろしい。 
それだけの事でしょう。
……でも、現実はそうではありません。
そして、聞けば聞くほど、識れば識るほど、考えれば考えるほど、やっぱり理解からは遠く離れていってしまう感覚に苛まれるのです。
だって、無知なナナシでも少し考えれば分かる事を、この国の偉い方達が分からない筈ないのですから。 その上で争っているのであるならば、やはりナナシには争う理由なんて到底分かるわけがないでしょう。
根本的な所から致命的なまでにナナシの価値観と噛み合わないのでしょうか?
それとも、或いは……。

「……とにかく」

レイド様とロイド様の派閥同士の争い、野望に陰謀、そして権謀術数の応酬。
時に暴力を、時に謀を。 
ここは、そういう場所なのです。
さて。 では、そんな場所で無知なナナシはレイド様に報い、そして力になるためには何をどうすればよいのでしょうか?
そもそも、この王位継承争いの着地点は何処であるべきか……それはもちろん、生者の国シンルにおける次代の王様の決定である事は間違いありません。
お二人は、そのために争っているのですから。
でも、その方法が排除し合う事となっている。 それが、現状です。
では、その方法を排除、或いは避けるにはどうするべきか。
……そういえば、レイド様はロイド様の事をはっきりと敵視していらっしゃるようです。 
それは偏に、ロイド様の事をはっきり『悪』であると断じていらっしゃるから、でしょうか。 少なくとも、初めてロイド様と邂逅した時のレイド様の様子は、単純に政敵であるからというだけのものとは思えない程のものでしたが。
では、ロイド様が本当に『悪』である事に間違いは無いのでしょうか?
あと、ロイド様はレイド様の事をどのように思っていらっしゃるのでしょうか?
もしかしたら、何か擦れ違っているのではないでしょうか?
疑問の全て、今のところ答えはありません。
何せ、知らない事が多過ぎますから。
そうして、うんうんと唸り、悶々と考える事しばらく。
メイドさんが手紙を届けにやって来ました。
言わずもがな、差出人はロイド様です。

「どうか聖女様はお気になさらず。 この手紙は私めがレイド殿下の元へお届けいたしますので」

いつもであれば、このままメイドさんが手紙をレイド様の元へと持って行って、そしてレイド様がナナシのところに注意喚起に来て、一連の話は終わります。

「メイドさん、お待ちください! ナナシも、共に参ります」

でも、今日はそれで終わらせるわけにはいきません。
だって、レイド様の力となり、そしてお世話になっているご恩に報いるための方法を、ナナシはたった今思い付いたのですから。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……なんだと?」

えらく不機嫌そうに、レイド様は仰いました。
先のロイド様に向けたキツい言い方程ではありませんし、敵意もまた皆無ですが、それでもナナシの提案には思うところがあるようです。 
それも、あまり良くない方向に。

「でも、きっと必要な事なのです。 レイド様とロイド様のお二人が争っていては、きっとこの国を襲う『泥』という脅威に討ち勝つ事など出来ません」

「まあ、な。 ただでさえ騎士団だけでは手に負えず、被害だって甚大なものだ。 国が混乱していては、乗り越えられるものも乗り越えられまい」

「そうでしょう。 だから、ナナシがロイド様と話をしてきます。 お二人が仲良く、とまではいかなくとも、せめて争わずにいられるように頑張ってきます!」

「なぜ、いきなりそんなに話が飛躍する!? いったい、どういう事なんだ!」

ナナシの提案、というより思い付きに、レイド様は「意味が分からない」と憤慨なさってしまいました。
まあ、それも当然でしょう。 
だって、レイド様があれだけ「関わるな」と言っていた相手の誘いに乗って話をしてくると、ナナシは言っているのですから。 話を聞いてなかったのかとお怒りになるのはご尤もだと思います。
でも、これは必要な事なのだとナナシは思うのです。
レイド様はロイド様の事を「裁くべき悪」だと仰いました。
しかし、それはレイド様の客観的視点から見た一つの解釈に過ぎません。 
レイド様の仰る『悪』というものが、果たしてどのような尺度によって裁定されたものかはナナシには計り知れません。 だって、価値観とは人それぞれのものですから。
しかし、それは個人の中で確定された情報。
それが絶対だと認識してしまえば、後はそれまでになってしまうもの。 それも、言葉さえ満足に交わす機会を奪う程に。
そして、争いとは相互不理解がもたらすもの。 
今のままでは、きっと争いはその根源が無くなるまで続くでしょう。
だからこそのナナシなのです。
人同士の理解には言葉が不可欠。 レイド様はロイド様に敵意を持っていらっしゃるせいで、その基本を放棄している状態です。
なので、ナナシがレイド様の代わりにロイド様と言葉を交わしましょう。

「ナナシはロイド様と何の軋轢もありません。 それに、そもそもこの国の人間ですらない中立的な存在。 中立的立場であるからこそ、話せる事や受け入れられる事もあると思うのです」

「ナナシはあいつの悪事を知らないからそう言えるんだ。 貴族どもの税収を誤魔化す公文書偽装の疑い、騎士団の一部隊を私物化するための贈賄罪の疑い、殺人教唆の疑いと、限りなくクロに近い容疑は挙げればキリが無い!」

「でも全部、まだ確証があるものではないのでしょう? だったら、まだまだお話をする価値はある筈ではないですか!」

でも、レイド様にはそれは出来ない。 
だから、ナナシが代わりに話をするのです。 
例え、レイド様の持つ疑いが真実であり実際の事であったとしても、言葉も交わさず何も知らないという『零』の状態よりかは、事態は間違いなく進展するのですから。 
そして、その進展の先が最善となるよう、励むのです。

「それに、ナナシにも他に出来る事をしたいのです。 ただレイド様や騎士様達に守ってもらって『泥』を鎮めるだなんて達成の実感が無い事をするよりも、お世話になっている皆様のために、お力になりたいのです!」

「そうか、そうか……ナナシ、その心遣いに感謝する。 だが、ならばせめて俺の信頼する騎士を一人付けるから連れて行け。 そして忘れるな。 ロイドは俺を暗殺しようと頻繁に仕掛けてくる奴だ。 ナナシにも、何をするか分からないぞ」

「大丈夫です。 多少の事なら、ナナシはなんともありませんから。 そして、死にもしません!」

心配性なレイド様を安心させるために、冗談めかしてそのように口にします。
けれどレイド様には「馬鹿か」と怒られて、あとデコピンまでお見舞いされてしまいました。
当然、ほんの軽口のつもりだったのにそんな事をされたナナシは「なんでですか!」と頬を膨らませてレイド様に文句を言う、のですが…。
でも、そのすぐ後で少し前のように頭を撫でられながら「死ぬ死なないなんて簡単に言うな」と、いつものようなからかい混じりの戯れとは違った重みのある言葉をかけられてしまって、ナナシはほんの少し戸惑ってしまうのでした。
本当に心配性な人だなと、そう思いながら。

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